第1225話・面倒なこと

Side:斯波義統


「立身出世も難しきことよの」


 倅の上洛を控えていろいろと案じてしまう。わしが家督を継いだ頃は斯波武衛家の権威は地に落ちておった。守護代の織田ですらわしのめいなど従わなんだ。誰もわしを利用しようとすら思わぬ故に気楽であったのだと今にして思う。


 あの頃はそのようには思えなんだがの。


「まことでございますな」


 内匠頭とこうして茶を飲みつつ、互いに本音とも愚痴とも取れることを語ることが増えた。領地が増えて家臣が増えると迂闊に愚痴もこぼせぬようになってしもうたからの。


 もうこの辺りでよいと言えれば、いかほど楽になるであろうか。天下を敵に回す覚悟はある。されど願わくは争いを避けたいのが本音じゃからの。


「皆で海の向こうに移り住むか?」


「それも面白うございますな。尾張美濃の民を連れてゆけば出来るやもしれませぬ」


 戯言だ。さようなことが出来るはずもないのは百も承知なれど、一馬らと共におるとそれもまたよいのではと思うてしまう。


 家を残し立身出世させていく。誰もが願うことだ。されどな。そのようなことをせずとも家を残し、食うに困らぬやもしれぬと知ると、畿内など途端に面倒事としか思えなくなった。


 今の我らならば一から国を興すことも出来るのではあるまいかと思える。無論、それがいかに困難かは言わずと知れたことじゃがの。


「一馬に上洛の供を頼むしかないか」


「それが一番ようございます。一馬の本領が日ノ本の外にあることは公家衆も承知のこと。無理難題を言いますまい。また断るにしても上手く断りましょう」


 本人はあまり喜ばぬであろうな。上洛しても町を見物出来なんだと愚痴をこぼしておったほどじゃ。されど無用な血縁もなく、日ノ本の外に領地がある一馬が別格であることを近衛殿下がお認めになったことも大きい。


 本人のやる気はともかく公家衆を相手にする力量も不足ない。


「そういえば公家衆の扱いはいかがする気じゃ?」


「それは公方様が来られた時に話さねばなりますまい。一馬らは朝廷の在り方から考え直したほうがよいと申しておりまするが、いささか難しきことと存じます」


 一馬らと今後のことをあれこれと話すようになって、考えるようになったことのひとつに公家衆と朝廷の在り方もある。


 頼朝公が鎌倉で政を始めて以降、朝廷と武士の対立は幾度もあった。尊氏公が日ノ本をまとめる前には朝廷が自ら政をしようとしたこともある。そろそろ朝廷の在り方も考える時ではと言われるとそうとも言えよう。今のままでは内裏すら修繕出来ぬのだ。


 一馬も朝廷に取って代わろうなどと思うておらぬようじゃからの。ただ、まずは代々の朝廷が出した勅令は見直すべきじゃというのはその通りであろう。無量寿院の勅願寺など百害あって一利なしじゃからの。


 公家衆にしてもあまり力を付けさせると、いかに動くか分からんと懸念はある。


 されど寺社の件もある。叡山を筆頭に我らの政と相容れぬ寺社はそれなりにあろう。公方様がお味方だというのに前途多難じゃの。


 今は倅の上洛を恙なく終わらせることが先か。




Side:久遠一馬


 はなのお婿さんとふうのお嫁さんがやってきた。うちの躾はまだしていないけど、一気に賑やかになるなぁ。


 名前はたねみのりで、種がオスで実がメスになるらしい。ブランカの時は特に名前がなかったのでオレたちで考えたけど、今回は元の飼い主さんの付けた名前があるのでそのままにすることにした。


 元気に仲良く暮らしてくれれば、それでいい。


 領内はすっかり春だ。春の作付けに向けて領民が頑張っている。織田家では飛騨の検地と人口調査を本格的に始めることになる。まあ直に火山の噴火であっちは大変になるんだけど。


 新領地では東三河もある。落ち着くまでは気が抜けないんだよね。あっちの視察に行っていた春たちが戻ったけど、すぐに騒動は起きないだろうとは言っていた。


 ただし、今川領との暮らしの格差は要注意だとも言っていたけど。遠江も今のところ安定はしている。あっちはすでに今川の領地として安定しているからね。これだけでも今川家が有能なのが分かる。


 駿河、遠江は甲斐と信濃も含めて、どこかで不測の事態が起きると騒乱になりかねない土壌がある。


 渥美半島なんて領民が逃亡し過ぎて、無人となった廃村がいくつもあるらしいし。爆弾は何処にでもある。


 ただ、オレの懸念は他にある。


「うーん……」


 思わず渋い顔をしてしまっただろう。義信君の上洛。どうやらオレも行かないと駄目っぽいね。オレは前回上洛したけど都見物も出来なかったし、今回は面倒事も多そうなのであまり気が進まないんだよね。


 ただ、義信君が同行してほしいと非公式だけど言っているんだ。公家衆とかの相手を義信君だけだと厳しいと本人が言っている。信安さんも同行予定だけど、オレに同行してほしいらしい。


「私は行くべきだと思うわ。私たちの誰かが行かないと面倒事を押しつけられてしまいかねないわ」


 同じ懸念を抱くがゆえに、メルティは行くべきだと考えるか。


 荒れ果てているとはいえ今も都が日ノ本の中心であることに変わりはない。朝廷はもとより公家衆や寺社勢力もいるし、幕府勢力も健在だ。朝廷を重んじる姿勢を見せつつ、深入りしないためにはそれなりの力と経験が要る。


 義信君だとちょっと荷が重いのは確かだ。義統さんか信秀さんクラスの経験と力がいる。信長さんでもいいかもしれないけど、織田家の嫡男がなにかを断るとしこりが残りかねない。


 尾張だと義統さんと信秀さんが許さないから、そこまで義信君に取り入ろうとかする人いないからなぁ。


 名門斯波家ということであちこちに縁があったりする。安請け合いはしないだろうけど、頼まれると断るにはコツがいる。相手は長い歴史と伝統がある強かな公家衆だ。警戒して損はない。


 そもそも、陳情やお願いなんて今でも山ほどあるんだ。オレたちにだってある。ウチは資清さんが主に捌いてくれているし、斯波家では義統さんが上手く捌いているけど、あれも簡単じゃないからなぁ。


「子供たちと一緒にいたいんだけどなぁ」


 大武丸と希美と輝と武尊丸。子供たちの成長を見るのが日々の楽しみなのに。


「子供たちの明日の為にも行かないと駄目よ」


 義統さんと信秀さんは、久遠家を対等な同盟相手だと見てくれている。だからこそデリケートな案件を信頼して任せてくれているんだ。これだけ逃げるわけにいかないのはわかっているんだけどね。


 いろいろと難しいね。頑張ろう。



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