第1153話・秋の終わりに

Side:久遠一馬


 文化祭は大成功に終わったけど、一番喜んでいたのは那古野神社の皆さんだった。


「変わりゆく町に不安だったのかもしれないね。配慮していたつもりだったんだけど」


 学校の神事を任されたことで面目が保たれたと喜んでいたんだ。織田家やウチと那古野神社の関係は良好だ。とはいえ熱田神社や津島と比べて存在感があるかと言えば正直無いんだよね。元々は津島神社を総本山とする天王社のひとつだったこともあって、そこまで権威のある神社じゃないのも理由だろう。


 とはいえ那古野では古くからある神社だ。僅か数年で変わりゆく那古野の中で神職の皆さんは不安だったのかもしれない。


 でもそれなりに寄進はしているし、配慮もしたんだけどなぁ。神事を任せるようなことがなかったからだろうか。今後は気を付けよう。


「学校に通わせたいという人が増えて良かったわ」


 産休中のアーシャはいろいろと気になっていたようで、大成功に終わってホッとしている。ジュリアもそうだが、産休を早く取ると手持ち無沙汰になるらしくもどかしかったみたい。


 ただ上の身分の者が率先して休まないと下の身分の者は休めないからなぁ。こればっかりは仕方ない。元の世界の日本でもその習慣は抜けきれなかったから、この時代なら尚更だろうね。


 アーシャも喜んでいる通り、文化祭のおかげで学校に通いたいという希望者が何人もいる。寮があるからそこに入れば遠方の人でもすぐに学校に通えるけど、身分の高い家は体裁とか気にして屋敷がほしい人もいるようだ。


 清洲は町を拡大した時にかつての数倍に広げているんだけど、それでも広い敷地を持つ武家屋敷の数には限りがある。領地の拡大スピードが早すぎるんだよね。郊外に新たに屋敷の地域を造る必要がありそうだな。学校に通うことも考えると、清洲と那古野の間くらいでもいいかもしれないな。


 これは評定で検討してもらう必要があるな。



「くーん」


 そろそろ冬になるのでこたつを出したら、ロボとブランカがよく入っている。ロボの子たちはまだ元気に走り回っているんだけどね。


 わしゃわしゃと撫でてやりつつ、ロボとブランカと遊んでやることもオレの日課だ。


「そういえば無量寿院は動かないね」


「当然でしょう。米や塩などは私たちが来る前の水準に戻っただけです。飢饉並みの水準になっていますが」


 気持ち良さげにしているロボとブランカがウトウトし始めたので、オレは仕事に戻る。


 無量寿院だけど、織田領との取引禁止にした影響で怒鳴り込んでくるかとも思ったけど、表向きは冷静に対処している。エルが指摘する通り、ウチが関わらない商品は昔の価格に戻っただけとも言える。


 織田家は無量寿院とは特に関わりを持ってはいなかったけど、この時代の人が寺社に配慮するのはある意味当然のことだった。オレたちが口を挟まなかったこともあって、みんな当たり前に配慮をしていたんだよね。


 ところが無量寿院のほうは配慮を当然と思っていたみたいだけどさ。


 無量寿院に関しては、北畠、大湊、六角、それと安濃津の商人も、例の飛鳥井さんに文を届けた人などを使って、ウチのお酒や向こうが欲しがる品をぼったくり価格で売る手筈で動いている。


「向こうが自分たちの権威をみんなが恐れていると勝手に勘違いするとはね。意外に単純だね」


「向こうはこちらの統治をあまり知らないようですから」


「これまでの常識を疑うなんてしないのでしょう。私たちも気を付けないと駄目ね」


 エルとアーシャと一緒に苦笑いをした。こちらが無量寿院の資金を奪う策として始めた迂回販売のことを、向こうは北畠や六角が織田の意思に反して隠れて品物を融通してくれるのだと勘違いしたんだよね。


 誼を深めているように見えて、みんな織田に不満があるのだと自分たちに都合よく勘違いして喜んでいるみたいなんだ。滑稽にも思えるが、それが当然の時代だ。


 ちなみに無量寿院の内情がこちらに流れているのは、向こうの内部がバラバラだからだ。ごく一部は織田に通じて生き残りを図ろうとしているみたい。


「まあ、あとは放っておこう。こっちはやることがいくらでもあるからね」


 無量寿院は調子に乗って観音寺城の義藤さんにも使者を出したらしいけど、無量寿院と幕府との縁は切れてしまったので真面に取り合ってはもらえないだろう。一応、織田と無量寿院の争いが解決した経緯は義藤さんにも伝えてあるからね。


 北伊勢にある無量寿院の末寺は、領民の移動が終わったところからさっさと明け渡しをすることになった。野盗とかが入り込まないように警備するのにも余計な費用が掛かるからね。


 実は冗談抜きに無人になった寺と寺領があるんだよね。末寺と領民の結束が強いところは末寺の意思に領民が従うところもあるんだ。末寺からまとまって一緒に暮らしたいという嘆願があったので、それを了承したら本当に無人になってしまったんだよね。


 無量寿院はきっと驚くだろうなぁ。余計な争いにならないといいけど。




Side:北伊勢の僧侶


「和尚様」


 仏像を運び出した本堂は広く感じた。再建途中だった新しい宿坊は解体して材木もすべて運び出した。最後に仏像のない本堂でお勤めをしていた和尚様と共に寺から退去する。


 皆で散々話し合った。特に和尚様は先代から御寺を継いで守ってこられたのだ。ひとりでも残ると言うておられたが、皆で説得した。


「罪深いことよ。されどそれが人というものであろう」


 和尚様の御顔は優れぬ。やはり御寺を捨てることはお嫌なのだろう。


 数年と経たずに戻れるやもしれぬし、二度と戻れぬやもしれぬ。とはいえ織田の治める地に行けば信仰も村の者も守れる。和尚様もそれで納得してくださった。


 織田の国がよいのか我らには分からぬ。されど飢えぬようにと知恵を絞っておるのは確かだ。従う寺を変えろとも言われぬし、出ていけとも言われぬ。されどあれこれと命じるだけの無量寿院よりましなのは確かであろう。


 御寺を離れると、泣いておる者もおる。出家して以降、御寺が我らの家であり帰るべき住処だったのだから当然だ。


 そんな我らの御寺を捨てねばならぬ己の不甲斐なさに泣いておるのであろう。


「高僧とは言うても所詮は俗世の身分と銭次第よ。出家が聞いて呆れるわ」


「それが世の習いというものなのであろう。叡山や高野山ですら堕落しておると聞き及ぶわ」


 和尚様はなにもおっしゃられぬが、若い者は口を開けば無量寿院の文句ばかりだ。心情はわかるが、あまり褒められたことではない。


「皆の衆、大変であったな。疲れたであろう。まずは腹いっぱい飯を食うてくだされ」


 寺の者と領民で一緒に寺領を出て、急遽置かれた織田方の関所にて事情を話すと、織田方の者らは温かく迎えてくれた。


 まさか武士に飯を施されるとはな。織田の武士は仏の化身と噂の弾正忠様のご家来だ。驚くことではないのやもしれぬが。


「ひとまずは桑名へ行ってくだされ。その後はいずこに向かうことになるかは某には分からぬが、飢えることだけはないゆえご安心くだされ」


 織田方の武士の命で我らは桑名へ向かう。伊勢からは出ねばならぬらしい。伊勢に残ったところで無量寿院にどんな嫌がらせをされるか分からぬ。ならば無量寿院の手の届かぬところに逃がしておるのであろう。


 慈悲のなき寺と慈悲深き武士。これが末世の流れというものか。


 愚僧にはなんとも分からぬものよ。


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