第1105話・困難な改革

Side:蒲生定秀


 わしは北近江の直轄地の代官となった。織田のやり方を一番知るのはわしだという自負もある。さらに抵抗する者が未だおる故に、相応の者でなくば抑えられぬからな。


「とにかく田畑にて食えるものを植えろか。もっともなことだ」


 まずは北近江の戦で青田刈りをされた田んぼと畑にて、かぶや尾張で昨年あたりから評判らしい大根を植えることにした。


 未だにこちらに抵抗したりする者も多いが、兵を出して力ずくでやらせておる。とにかく食えるものを作らねば飢えるのだ。かぶや大根ならば尾張で買って米や雑穀を売ってくれるとも言われておる。


「されど、やはり難しゅうございます」


 とはいえあまり上手くいっておらぬ。


 厄介なことは、北近江の民にとって我らは余所者であり敵であることか。民が飢えぬためにと我らがこれほど苦労をしておるというのに、民は我らを憎み、さらに奪うのではと疑うてばかりおる。


「我らは仏ではないからな」


 仏の弾正忠。その名がいかに民を従えるのに役に立つのか、我らは身を以って知った。情けを掛けることにも大きな意味があったのだ。


 北近江の者らは六角家を憎み、織田が来なかったことを今も嘆いておる。国人や土豪ばかりでないのだ。民もまた織田を待っておった。


 特に北近江の民は京極、浅井と敗れてばかりの者らに嫌気がさしておったのだろう。どうせ負けるなら織田がよかった。そう噂しておる者もおるとか。


 今でも民は僅かばかりの願いを持って織田領に逃げていき、武士や坊主ですら自ら所領を差し出してでも織田に臣従を願う者がおろう。


 恐ろしい。心底そう思う。一向衆や一揆を相手にするより恐ろしゅうて敵わぬ。


 織田を敵に回せば少なくとも三万の兵が攻めてくるかと思うておったが、敵が死を恐れず織田のために命を懸ける三万以上の兵など、もはや戦にもならぬ。


「やはり先代様は偉大だな」


 新たな世が来る。困り果てたら内匠頭殿を頼れ。先代様の御遺言だ。あの一言がなくば六角は御家存亡の機を招いておったのやもしれぬ。


 久遠殿はこうも言うておったな。『根気強くやることが必要です。民とよく話をして、飢えぬように共に励むと伝えねばなりません』とな。


 急いては事を仕損じるということか。久遠殿など僅か数年前に尾張に来た身であれほど皆に信じられておるのだ。相応に苦労もあったのであろう。


 わしも負けてはおられん。




Side:久遠一馬


 八月も残り僅かとなった。もちろん太陰暦の八月なので秋が日に日に深まる季節だ。先日には、この時代では珍しくない松茸を筆頭にきのこや山菜といった山の幸を頂いた。


 鍋物にすると出汁が出て本当に美味い。


 現在栽培しているきのこは椎茸とマッシュルームだけだ。マッシュルームは今のところ織田家とウチで食べる分に、孤児院や八屋などで食べるだけで売っていないけどね。


 今後山間部での生産を増やしたら流通させるつもりだ。


 山間部の植林と炭焼き技術に関しては、山の村のみんなを派遣して複数の村で教えている。ただ、形になって成果が出るにはもう少し時間がかかるだろう。


 技術秘匿のために技術を知る者が多くない。幾つか拠点の村を決めて、そこに周囲の領民を集めて教えるという形をとっているが、慣れるまでは失敗もあるだろうしね。ここは焦らず頑張ってほしい。


 それと美濃に造っている牧場は、今年中に完成すると報告を受けている。餌となる牧草を貯蔵するサイロは一足先に完成しているので、今年中には少数の馬や牛から飼育を始める予定だ。


 もっとも東美濃と北美濃なんかは検地と人口調査に現状把握だけで精いっぱいで、改革はこれからというところだけど。


 当該地域の評判はいい。夏場は賦役として街道の下草を刈ってくれたし、現地の話を聞いて出来る範囲から街道整備もしている。ただし冬場はやはり移動そのものが困難で危険な地域もある。


 食料の輸送と冬場の内職の手配もすでにしている。藁や竹を使った細工物や木工製品など、尾張や西美濃辺りだと内職よりも賦役で働くので、農村の内職で作るような品は庶民も買うようになっていて需要がある。


 広がった領地は当然ながら些細な問題はいろいろとある。伊勢の高田派の本山である無量寿院はとうとう門主の実家である飛鳥井家を呼んだらしい。先日には無量寿院に到着したようで、こちらにも挨拶に来ると文が届いた。


 どうするんだろ。飛鳥井家の面目は潰せない。とはいえ安易な妥協が無理なのは飛鳥井家も知っているはず。困るだろうなぁ。末寺が戻る気がないところがどんどん増えていることもあるしさ。


 米に関しては平年並み。農業改革と新品種の成果を考えると、オレたちが来る前ならば大豊作だと言えるだろう。昨年は野分と一揆の対処でかなり備蓄を吐き出したので、今年は少し多めに備蓄に回せる。


 新たに臣従した伊勢の水軍衆は大人しいものだ。正直、もっとルーズでこちらの命令無視や勝手な行動が多いかと思ったんだけどね。無論、悪い奴や勝手な奴はいるが、主要な家の者は大人しく従っている。


 俸禄で暮らしが安定したことと、仕事がたくさんあるということが原因だろう。


 畿内から来る船は当然ながら伊勢湾の案内が必要だし、この時代だと目を離すとなにをするかわからないので監視もいる。漁業改革も始めたし、一部では久遠船の操船訓練を始めたこともある。


 このあたりは佐治さんがいろいろと考えて動いている。オレも協力しているが、久遠船の操船訓練は従順なところから始めるべきだと報告があったので評定で許可を取った。


 水軍の組織化と戦力化は一朝一夕では出来ないからね。


「エル、どう?」


「ええ、もう使えますよ」


 屋敷の一番広い部屋。お客さんが来ると謁見の間にもなるし、宴も出来れば、年末年始にはみんなで寝泊まりも出来る部屋があるんだが、そこに一台のパイプオルガンが設置されていた。


 アンドロイドのみんなはそれぞれに得意な楽器があって、特にエルはピアノが得意でよく弾いていたんだよね。せっかくだから新しい屋敷にも一つ置くことにしたんだ。もちろん大聖堂にあるような大きなものではないけどね。


 エルが調律をして最後の確認をしている。


 慶次とソフィアさんの婚礼の儀。本来は滝川家で行うべきなんだが、ウチの流儀を取り入れてみんなでお祝いすることになった。


 ならばと、エルは慶次たちに祝いの曲を弾いてあげようとしているんだ。この時代の音楽は貴重なものだからね。


「いいね。みんなで音楽とかもさ」


 ちなみにウチだと、元の世界の歌が故郷の歌になっている。すずとチェリーとかが鼻歌で歌ったりするのをみんなが覚えて、宴とかで一緒に歌っているんだ。


 アニソンもあればポップスとか演歌もある。演歌があるのは時代劇が好きなすずとチェリーの影響だろう。


 河原者という芸能で生活している人の一部には、そんなウチの故郷の歌が知られていて歌っているらしいけど。


 慶次が連れてきて一緒に宴をしたこともあるからな。そのせいだろう。


 若干、カオスになりつつあるが、みんなが楽しめているならいいかなって思っている。パイプオルガンもみんなが喜んでくれるといいけど。


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