第1098話・再起を狙う者

Side:三木直頼


 一心不乱に握り飯を食う目の前の男らに、家臣らも訝しげにしておるわ。


 突然、城に現れて京極家の高吉様を名乗る者らだ。わずか十数名の小汚い牢人にしか見えなかったが、家伝の言い伝えと同じ証言をしておることで、満更偽者とも言い切れぬ故に城に入れたのだが。


 我が三木家は、もとは京極家の被官家臣であった。だが、すでに飛騨に京極家はおらず、姉小路家に仕えておる。はっきり言えば、ここに来られても困るのだが。


「六角め! 目にもの見せてくれるわ!! まずは飛騨の地を我がものとする! そなたには働いてもらうぞ」


 飯を食い終わると腹も膨れたようで、仔細を話してくれたが、城に入れたことを後悔した。


 北近江で騒動があったとの知らせは清洲におる家臣から届いておる。姉小路家が清洲に屋敷を構えた折にこちらも家臣を出したからな。


 その騒動に京極家が加担しておったとの知らせもあったが、まさか目の前の御仁が将として若狭から出てきた御方だったとは。


 敗軍の将ではないか。


「ひとまずお休みくだされ。酒も用意いたしましょう」


 六角への憎しみと、援軍を寄越さぬ織田への恨み事を語る京極様にまずいと思い、酒と女で時を稼ぐことにした。


「父上、いかがされるので?」


「すぐに姉小路家に使いを出せ。そのまま清洲に知らせるべきだ。三木家が公方様と管領様の争いに巻き込まれては困る」


 家臣の中には飛騨を統一する好機ではと安易なことを口にする者もおるが、これはそう容易いことではない。公方様と管領様の争いに巻き込まれてしまう。


 わしが京極様に加担すれば、姉小路家は織田に助けを求めるだろう。勝ち目はない。こんな時のために姉小路家がおるのだ。責めは姉小路家に負わせればよい。いずれにせよ飛騨を三木家が統一することは出来ぬのだ。


「よいか、酒と食いもので機嫌をとっておけ。決して悟られるな」


「はっ」


 かつての主家だ。我が手で始末などしとうない。清洲の武衛様と内匠頭様はいかがするであろうか? 情け深いという仏の弾正忠だ。我らを見捨てることはあるまい。追放するにしてもお伺いを立てて損はないからな。




Side:久遠一馬


 数日を要した引っ越しも一通り終わり、昨夜は引っ越しを手伝ってくれたみんなで宴を開いて新築祝いをした。


 信長さんと帰蝶さんも来てくれて楽しい宴だった。


 資清さんとは、慶次とソフィアさんの婚礼の儀をどうするかと相談している。この時代では本来は滝川家で行うものだが、ウチの島の流儀を取り入れてみんなで祝う形にしたいそうだ。


 こちらはあまり口を出す気はなかったが、相談されたのでエルたちも含めて一緒に詳細を話している。


 本領と尾張の今後とかいろいろ考えてくれているようだ。


「いいんじゃないかな」


 リースルから商人組合について報告があった。最初は主要な町の商人の代表を集めて情報の共有をすることになる。


 情報は織田家とウチでまずは提供して、注意事項などから話し合うしかない。


「まずは互いの疑心暗鬼をなくすことから始めるべきです。あと未だにこちらのやり方を理解していない商人もおります。問題のない範囲で指導していく必要があります」


 この問題、リースルに丸投げしちゃったけど。さすがだね。短期間で形にしてきた。


「まあ、長年のやり方を変えるのはなかなか難しいよね」


 命令には逆らわないが、抜け道を探したりグレーゾーンで商いをする商人はそれなりにいる。これって、そもそも商いに対する価値観も違うし、今までの世の中のやり方としては彼らのやり方が当然だからね。


 もちろん今までも指導はしている。ただね。対等でまっとうな商いなんてまず存在しないのがこの時代なんだよね。


 商人だけが悪いわけではない。悪いというなら、武士も寺社も農民も等しくずる賢く悪い。


「次回の評定で許しを得ることになっているから頼むよ」


 ウチが仕切っている現状より問題が出る可能性もあるが、何事もやってみないと成長しないからね。




Side:ギーゼラ


「文化祭でございますか?」


「そうよ。みんなの父上や母上に尾張の皆に見せるの。学校で学んだ日頃の成果を。みんなでどんなことをしたいか考えてみて」


 講堂に集めた学徒たちが、ざわざわと騒めいたわね。


 なにかを学ぶことだけでも、なかなか出来ない時代に、学んだことを披露するというのはしたことがない時代だもの。当然ね。


 知識や技は一子相伝であったり、選ばれた身分や弟子にのみ伝えるのが普通。不特定多数に披露するなんてこと自体がそもそもない。他人は敵でしかない。一歩村を出るとそんな世の中がつい最近まであった。


 助かるのは武芸大会がすでにあることで、多少なりともイメージは出来ることか。書画や和歌に工芸品のお披露目もしているものね。


「お方様、あっしらもでございますか?」


「ええ、もちろんよ。職人衆は己の技を披露するのでもいいわ。自慢の一品があるなら展示もしようかしら? それ以外でも盛り上がることなら大歓迎よ」


 アーシャは子供たちが中心となるように計画していたので、それが中心になる。でもね。私は文字の読み書きを学ぶ職人衆や、書画を学ぶ年配の者たちにも積極的に参加してほしい。


「祭りだというなら山車とかもあったら面白いな。熱田と津島には大きな祭りがあるが、那古野にはねえ」


「蟹江は冬に海の祭りを始めたしな。那古野でもなんかやりてえな」


 子供たちからは蹴鞠のお披露目や武芸の披露をしてはという意見が上がるが、職人衆の話は少し私も予想しない方向になっていた。


 元より城と村があった程度の那古野には大きな寺社はなく、領内から集まるような祭りもない。そもそも祭りとは地元と近隣だけのものだったが、今の尾張だと三河や美濃からも当たり前のように見物人がくる。


 職人衆は文化祭を那古野の祭りにしてはと考えたみたい。


「だけど山車まで作るお許しが出るのか?」


「おまつりやるの?」


「若武衛様!」


 山車という言葉に子供たちの瞳が輝いた。


「ふむ、許しは出ると思うぞ。のうギーゼラ」


「はい。費用の心配も無用でございます」


 文化祭というもののイメージが、私たちとこの時代の人では違ったのね。若武衛様も賛同をされたし、面白いかもしれないわ。


「こいつは面白いことになるぞ!」


「津島や熱田に負けん祭りにしたいのう」


 老若男女も身分も問わず、様々な意見が出る。アーシャがここをいかに大切に育てていたかが分かるわね。


 教育と文化が確実に育ちつつある。燃えるわね。どうせなら歴史に残るお祭りにしたいわ!



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