第1082話・夏だ! 戦だ! 

Side:エル


 まさか、あれほど悩まれておられたとは。


 いずれくるべき悩み。いえ、すでに考えておられるとは思いましたが、切羽詰まるほど悩まれておられるとは思いませんでした。


「夢と現実か」


 司令が馬車の外を見ながらそう呟かれました。


 夢は管領や将軍となり天下を差配することでしょうか。現実はリアルに考えた先行きでしょうか。守護様は天下を狙えるだけの才と経験があります。ですが……。


 過去、武家が政権を得たと言えるのは平清盛を含めると三名。平家は源氏に敗れて主立った一族は滅びました。その平家を打ち破った源氏とて、頼朝公の血は三代で途絶えた。


 そういう意味では守護様がおっしゃられた足利尊氏公は、十三代まで血脈を維持したのです。時代背景を考えるとただただ評価するしかありません。


 ただ、その尊氏公でさえも裏切り裏切られる世に苦労を重ねました。


 『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』、司令の元の世界の偉人が遺した言葉です。守護様は歴史に学んでおられます。私たちの影響もあるのでしょうが、残念ながら守護様が天下を目指せば、少なくない確率で苦労をします。


 斯波家は名門、それ故、足利家に近く血縁や関わりが既存の勢力に多すぎるのです。疎かにするどころか、厚遇しないと恨まれ反乱を起こす時代。仮に多くの血を流して統一しても名君と呼ばれるのは死後のことでしょう。


 恨みは残ります。末代まで。地元では名君と呼ばれる武将でさえ、攻め獲られた隣国では数百年後でも嫌われているなんて話は司令から聞いたことがあります。


「難しいですね。私たちが余所者の臣下であることに変わりはありません。私たちから言い出すわけにはいかなかった。救いはこのタイミングで話し合おうとしていただいたことでしょうか」


 すでに尾張の人々には受け入れられております。それでも私たちは外国人なのです。ここでは。その恩恵を未だ受ける間は、そのリスクも背負わなくてはなりません。


 ゆっくりと進めていた改革の意味が活かされたとも言えますが、話し合うべき環境を整えてくれたのは大殿と守護様になります。


 これで、望まぬ対立に至る可能性がグッと低くなった。さすがは史実の偉人たちというところでしょうか。




「お帰りなさいませ!」


 屋敷に戻ると、いつもより嬉しそうなお清殿が出迎えてくれました。なにかあったのでしょうか。


「実は……、アーシャ様が懐妊されたとケティ様が申しており、至急お知らせに戻りました」


「アーシャが妊娠したのか。そっか。学校のこと代わりに頼む人がいるなぁ」


 司令は驚いていますが、私も驚きました。


 先ほどの守護様の子や孫たちのことを思い浮かべたのでしょう。司令は素直に喜びつつも空を見上げて考え込んでいます。


「なにかございましたか?」


「あとで教えるわ」


 お清殿は司令の様子に少し心配してしまいました。急遽清洲城に呼ばれたと知っているのでしょう。


 私たちアンドロイドとお清殿と千代女殿は、情報の共有をしても構わないでしょう。守護様もその程度のことは承知のこと。


「ワン! ワン!」


 屋敷の玄関には比翼連理の四匹が待っていました。彼らはすでに躾を始めています。ちゃんと玄関で待っていたことを褒めてあげると嬉しそうに尻尾が揺れます。


「一緒に考えていくしかないか」


「そうだと思います」


 比翼連理の四匹を見た司令は、覚悟を決めたような顔をされました。


 押し付けの改革や統治体制など害悪にしかなりません。それは私たちもこの世界で学んだこと。


 いつの時代も、どの世界も共に考えるという方法以上のベターな選択肢はないのかもしれません。


 でも、それが生きるということだと思います。




Side:とある北近江の国人


「織田は動かぬな」


「あそこはいつ動くかわからぬ。北伊勢でもまったくその気がない様子だったというのに、即座に万を超える兵が押し寄せたと聞く。籠城をしておる間に来るはずだ」


 昨年から密かに支度をしておったのだ。すでに戦の支度はほぼ整いつつある。管領様の命もある。公方様をお助けするという大義名分もな。


 あとは機が熟せば挙兵するのみ。


 ところがここにきて上手くいかぬことが幾つかある。


 ひとつは浅井久政が臆病風に吹かれたのか挙兵せぬと言うておることだ。あのような愚物でも北近江では力もあり従う者もおる。おかげで幾つかの国人は我らに同調はせぬと言っておる。


 朝倉も駄目だ。北近江の一部を切り取るつもりで兵を出してくれればと期待したのだが、あそこは織田が恐いらしい。


 近淡海の湖賊も織田が動けば助力するというが、先に動くことはせぬという。


「なあ、本当に織田は来るのか?」


「来る! 北近江三郡は要所だ。管領様の許しも大義もある。斯波武衛様が次の管領となるにはこの機会をおいて他にはないのだ!」


 味方の士気が高くならぬ。織田は密約どころか、こちらの使者と会おうとせぬことで本当に来るのかと疑念が出ておるのだ。


 されど三好如きにいつまでも都を押さえられておっては、管領様ばかりか諸国の者らも面白うないはずだ。


 上洛した織田と管領様で次は争うのであろうが、そのようなことわしの知ったことではないわ。


「案ずるな。織田が兵を出せば六角はまた逃げ出す。ここは六角にとって所詮は属領だからな」


 戦もせずに逃げ出すという大恥を晒した六角になど従えぬわ。あとは織田が六角や管領様と勝手に戦ってくれる。戦に参陣して武功を稼げば褒美も思うままだ。


 噂では織田は本領以外の領地を召し上げると聞く。多少領地は減らされようが、銭での禄の払いはいいらしい。面白くないことだが六角や三好、そして管領様と争い疲弊して尾張に逃げ帰ったら取り戻せばいいのだ。


「臆病者から北近江を取り戻すぞ!」


「おお!!」


 慎重な者も説き伏せた。あまり刻を掛けて、また六角に謀でもされたら困る。


 さっさと挙兵して織田を呼び込むのが先決だ。


 今挙兵すれば秋の稲刈りの前に織田は来るだろう。仮に来ずとも籠城すれば六角とて一旦は退くはず。


 今をおいて機はないのだ!




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