第1069話・久遠諸島の結婚式・その二

Side:久遠一馬


 婚礼の宴。島の場合は会場をウチの屋敷でやっているそうだ。一応、島には集会所のような島民が集まれる建物が幾つかあるが、特別な婚礼だけはウチの本邸と言える屋敷でやっているみたい。


「懐かしいな。この服」


 正装について、オレはてっきり武士らしい正装かと思ったが違うらしい。ギャラクシー・オブ・プラネット時代の軍服。それを正装としていたみたい。それは着替える段階になって初めて知ったよ。


「みんなで相談したんだけどね。私たちの原点をひとつくらい形に残してみたくて」


 感慨深げに見ていると、アイムも少し懐かしそうに窓から空を見上げた。


 白を基調としてそれぞれにアレンジを加えたものであったが、これもオレとみんなで考えたんだよな。統一された衣装が欲しくて。


 ギャラクシー・オブ・プラネットのオーバーテクノロジーはなるべく形に残さないようにと今までしてきた。ただ、ここで生きていくと決めた以上、残したいものも出てくるんだよね。


 まあいいか。それもまたありだろう。


「慶次とソフィアさんの衣装は?」


「慶次は司令と同じ軍服を少しグレードダウンしたものよ。ソフィアは白いドレスね」


 うわぁ。これを着せたのか。慶次なら割と喜んで着そうではあるけど。


 オレだけじゃない。アイムとかメルティたちとか参列する妻たちは、みんなかつて着ていた軍服に着替えていた。


 懐かしいな。ほんと。あっという間だったが、意外に時が過ぎていたんだと痛感する。


「殿、よろしゅうございますか?」


「あら、出雲守殿。似合っているじゃないの」


 着替えが終わる頃になると望月さんが姿を見せたが、同じく白い軍服に着替えていた。アイムが素直な意見を口にすると望月さんは少し落ち着かない顔を見せた。照れているようだね。


 アイムがウチの家臣たちみんなに着せたらしい。


「白い装束か。なかなかよいの。そなたの祖先に神職でもおったのやもしれんな」


 信秀さんたちは武士としての正装だった。彼らはあくまでも武士としてここにいるからね。白い軍服を見た信秀さんは神社の神職を思い出したみたい。


 驚かれないのがウチの現状なんだろうなぁ。島だと普通に洋服で生活している人もいる。ソフィアさんも日常は洋服だしね。




 会場の広間にはすでに多くの関係者が集まっていた。織田家とウチの島の領民などそれぞれに正装している。領民は着物での正装の人と、洋服の正装の双方がいる。


 お市ちゃん、普段よりも豪華なよそ行きっぽいドレスを着ている。着物よりも動きやすいからなぁ。島にいる時は洋服が多いんだ。


 あまり形式を気にする宴じゃない。双方の一族が集まって婚礼を祝う宴だ。慶次とソフィアさんが誓いの盃をかわすと、すぐに宴となる。


 料理はウミガメをメインにしていて、刺身、唐揚げ、煮込みがある。あとは鯨や魚料理に肉料理もある。ああ、以前に久遠家の祝いの料理ということにしたパエリアもあるね。


「けいきだ!」


 中でも目立つのはケーキだった。運ばれてくると、お市ちゃんが嬉しそうな声を上げた。


「本当は、あれ。最初に食べるという決まりはないんですけどね」


「そうなのですか?」


 尾張だとすっかり祝いのケイキは宴の最初に食べることになっているが、あれって生ものであるケイキを宴会の最初から出したら、自然とそうなっただけなんだ。


 それを打ち明けるとお市ちゃんや織田家の皆さんが普通に驚いている。


「この島ではお好きな時に食べて構わないんですよ」


 言うならこのタイミングしかない。別に最初に食べてもいいんだけどね。元の世界の感覚からかケーキはデザートとして食べたい。


「これが亀か」


 郷に入っては郷に従えというわけではないだろうが、織田家の皆さんもケイキを最初に食べずに料理から箸を付ける人がいた。


 信秀さんは興味深げにウミガメの刺身を口にする。


「これは美味いな」


 どれ、オレも。ああ、確かに美味しい。もっと癖があるかと思ったけど、普通に美味しいね。ほんと馬肉の刺身みたい。


 肉のような魚の赤身のような、そんな感じに思える。唐揚げは味がしっかりついているのでこれも美味しいね。煮込みはほんのわずかだが、独特の風味がある。


 ただ、気にする人はいないだろう。はっきり言うと、この時代でこの程度の風味なんて当たり前と言っていい。


「まだ知らぬ酒があったとはの」


 一方、義統さんは果実酒に驚いている。島の特産であるパッションフルーツやパイナップルの果実酒だ。割と島の中では普及しているので、職人衆なんかは島の職人と一緒に宴をして先に飲んだらしいが。


「殿、そろそろ例の件、皆に伝えませんと」


 和やかな雰囲気の中、メルティに指摘されてみんなに声をかける。


「そうだね。……皆様。この度、私は守護様と大殿と誓紙を交わすことになりました。私たちの本領と各地の開拓地の扱いです。日ノ本の外の領地は、すべて日ノ本の力の及ばぬ地であり、久遠家が単独で所有する領地であると認めていただきました。さらに戦の際には兵も出していただけるそうです」


 何事だと和やかな宴が静まり返った中、この発表をするとすぐに祝いの言葉が聞かれ、喜ぶみんなで賑やかとなった。


 これ、ついさっき聞いた話なんだよね。先日にはウチの海外領を説明して、最終的には日ノ本と統一したいと言ったことに対する信秀さんと義統さんの策だ。


 時が来るまでは日ノ本の外だと明確にして、久遠家の領地だと認めることで余計な勢力の口出しを防ぐ狙いがある。それと猶子の時になかったのが、派兵の約束だ。南蛮船を織田家で建造が出来た今、そこを追加してくれた。


 ウチの船が織田家の戦に参加しているからね。信秀さんとしては当然のことだったようだけど。


「守護様、お言葉をお願いいたします」


「わしも内匠頭も久遠家の領地や利を奪う気はない。共に足りぬものを補い生きていければよいと思うておる。皆様方、よしなにお頼み申し上げる」


 和やかな雰囲気だし、義統さんにも一言お願いするが。なんと義統さんが挨拶の最後に頭を下げたことで、中には驚き戸惑う人までいた。


 椅子とテーブルなので軽く会釈する程度だったが、身分を考慮するとあまりに驚きで、オレも僅かな瞬間、固まってしまったかもしれない。




◆◆


 天文二十二年、六月九日。斯波義統と織田信秀と久遠一馬は、久遠家の領地に関する扱いを定めた誓紙を交わした。


 この当時、日本の領土として認識されていた本州、四国、九州以外にある久遠家の領地について、この日、正式に久遠家の領地であると斯波家と織田家が認めた。


 一馬は織田の猶子となる際にも、互いに領地や家督には手を出さないという誓紙を交わしているが、久遠家が開拓した領地は完全に久遠家の単独のものであると明確に認めたのはこの日が初めてである。


 義統と信秀はそれまでも一馬を事実上の同盟相手として認めていたが、これにより名実ともに同盟相手となったと言える出来事である。


 もっとも一馬は久遠家で国を興す気などまったくなかったようで、あくまでも日本の統一と海外領の日本への編入を考えていたことは、『久遠家記』や『資清日記』や太田牛一の残した資料からも明らかである。


 なお、三者はこの時点で日本の統一をすることで一致していたとも言われていて、この誓紙も後に久遠家の海外領の帰属問題が出てくるまでは、ほぼ日の目を見ることはなかった。


 余談だが、「もし久遠一馬が久遠家で国を興していたら?」という仮想戦記が一時期ブームとなったきっかけはこの誓紙がクローズアップされたからである。


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