第1063話・とある男の年貢の納め時

Side:久遠一馬


 久遠諸島滞在も中盤だ。牧場見学は大好評で今夜の宴は大賑わいとなった。それはいいんだけど……。


「さて、明日だな」


 部屋には一益さんと益氏さん、それと望月さんにメルティたちがいる。今日は一つの相談事があって集まっている。


「申し訳ございませぬ」


 少し困った様子の一益さんがそう答えると、益氏さんはため息をこぼした。別に一益さんが悪いことをしたわけじゃない。


「稀におりますな。あのような男が。型に嵌めようとすると上手くいかぬ男。されど家中でも慕われておりまする」


 望月さんはこの件に直接関わりはない。とはいえ今やウチの次席家老としての立場もある。一応言葉を選んでいるのは、滝川家への配慮だろう。


 今日、話し合っているのは、慶次の結婚についてだ。


 慶次という男は、人の縁談をまとめるのが上手い。慶次がまとめた縁談が幾つもある。


 もともと武士でない家臣や甲賀衆に、警備兵の縁談まで時にはまとめている。資清さんや望月さんも当然動いているが、末端のことを知っているという意味では慶次のほうが知っていて、時には資清さんまで担ぎ出してまとめる。


 この時代の縁組は家と家の問題だが、ウチの関係者や警備兵には代々の身分と違う人がゴロゴロしているからね。結構大変なんだ。


 ところがだ。いざ自分の結婚となると本人があまり乗り気ではない。


 無論、あちこちから縁組の話はくる。今弁慶という異名もあり武功もある。滝川家と血縁がほしいところはいくらでもあるからね。


 ただ慶次はそんな縁組をのらりくらりと断ってしまう。もともと尾張でも変人扱いされている部分もあって、特に問題にはなっていないけど。


「メルティ、上手くいきそうか?」


「ええ、大丈夫よ」


 正直、オレは無理に結婚させることにあまり賛成ではないのだが、資清さんを筆頭に一益さんたちばかりか、家中の者たちが心配しているんだ。この時代だと結婚して当たり前だからね。特に慶次くらいの歳と身分になると。


 ただ慶次、史実では普通に結婚していたはずなんだけど。オレが悪いのかなぁ。勝手気ままなことを好むようになったのは。


 もっともメルティいわく慶次が結婚しないのは、一益さんやウチへの配慮もあるみたい。三河の奥平さんのところじゃないが、弟や甥にあまり名が知れて武功があると疎まれることもあるし、面倒になることもある。


 本人の問題じゃないんだよね。この場合、嫁の実家やその一族が騒ぐ可能性もある。まあウチでそんなことをさせる気はないが、もともと結婚に消極的な慶次はそんな理由もあり後回しにしているのではとメルティはみているんだ。


 家中の女衆から見つけてくれればいいんだが、人の世話ばっかりするからさ。


 そんなわけで、この件で尾張を出る前に資清さんたちと話をして決めたことがある。


 慶次と本領の女性との縁組だ。


 ウチは武家ではないので身分はないと言ってあるが、それでも本領と尾張の家臣の血縁に関して、資清さんと望月さんから良ければ血縁をもってはどうかと進言は前々からあった。


 ふたりは自分たちのあとの世代を心配していて、本領と尾張の交流をもっと緊密にしたいと願っていたんだ。


 そこで抜擢されたのが慶次だ。文化や風習の異なる久遠諸島から嫁をもらう。それを喜びそうだし、ストレスに感じないくらいに順応性もある。


「相手は誰がいいかわかった?」


「ソフィアがいいと思うわ」


 縁組の相手の選定はメルティに任せた。純粋な人間であることと、慶次と女性の相性と互いに好意を持っているか。正直、後者はオレにはわからない。


 慶次には世話係として島に来て以降、候補の女性を付けていたが。でもまさかソフィアだとは。


「大丈夫? 彼女で」


 ソフィアはロシア系の西洋人だ。オレも今回来てから聞いたが、島の住人はすでにかなりの割合で普通の人間で、日ノ本出身以外の住民も本物の人間が結構いるらしい。


 みんな、世界各地で死にかけていた人を密かに助けて、治療と一部記憶の改ざんをして島民とした者たちだ。


 ソフィアに関しては表向きとして、ロシアから東に逃亡してきた者の生き残りで天涯孤独の身の上だという設定になっている。


 オレとすると美的感覚も生活習慣も違う西洋人でいいのか不安なんだが。


「気は合うと思うわ」


 一益さんたちは口を開かない。どう言っていいのかわからないんだろう。


 ただ、メルティの話に驚いた。慶次はソフィアと気が合うようで、暇があれば日ノ本の外の話や島の暮らしなどを聞いたりして楽しげに話しているらしい。


「彦右衛門殿、任せてもらっていいかな?」


「もちろんでございます」


 本来は滝川家の問題だ。資清さんがいないので最終確認を一益さんにする。


 さて、慶次とソフィアはなんというのか。オレ、他人の仲人とかあまり得意じゃないんだけどなぁ。




Side:滝川秀益


 朝を迎えた。今日はいずこに行くのかと楽しみにしておると、殿に呼ばれた。


「実はね、慶次の縁組の話なんだ。そろそろどう?」


 なにやら言いにくそうな殿の様子に何事かと思うたが、その話か。嫌なわけではない。されど妻を娶るのはあまり気が進まぬというのが本音だ。


 己の家を持つということが、あまり好まぬと言うほうがいいか。


「みんな案じているのよ。それでね。貴方にはここ本領の者から候補を選んだわ。今日は一日その者と一緒にいて話してみて。その姿を見てこちらでも考えるわ」


 メルティ様にそう言われると断れぬな。


「ソフィアでございます」


 誰が来るのかと待っておると、予想外の者が来た。


 本領では新参者だと聞いた。幼い頃に親と共に故郷を逃げたところを御家の者に助けられて、今は学問を学ぶために本領におる者だと聞いた。


 天涯孤独の身の上で医師となりたいと笑っておったところが気に入り、本領の様子や日ノ本の外のことを話していた相手だ。


「してやられたな。初めからそのつもりだったか」


「はい、そのようでございます。数人の者を付けて、合うか試していたようでございます」


 本領に来て数日、オレのところには未婚の妙齢の女が世話にと付いていたのは、そんなわけか。


 殿のお考えではあるまいな。メルティ様であろう。人を見る目が尋常ではない御方だ。


「すまぬな」


「私では不服でございますか?」


「いや、されど。オレは日ノ本の生まれだ。さらに家を構えることにあまり気が乗らん」


「構わないではありませんか。私にも守るべき家も一族もありません、共に生き、共に死ねるだけで十分でございます」


 如何にして断るかと思案していると、目の前の女にその道を潰された。


 変わった女だ。互いに信じ合い、共に生きる御方様らとも違う。強く孤独を生きる女。それ故に少し興味を惹かれて話しておったのだが。


 オレと女の様子を見ている殿の顔が驚きに変わった。殿もこんな女だと知らなかったということか?


 やれやれ。オレもそろそろ逃げられぬということか。





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