第865話・広がる差

Side:久遠一馬


 七十二時間はとっくに過ぎているが、行方不明者の捜索は続けている。


 川の水位が通常に戻りつつあるので堤防の修復に優先的に人員を割いているが、田畑を諦めた分だけ人命救助は続けている。


 それというのも、未だに行方知れずの家族を探す人がいるんだ。年老いた親を捨てたり子供を売ったりする時代だけど、肉親の情がないわけではない。


 幸いだったのは雨などで二次被害が出なかったことか。


 オレも本陣を信友さんに任せて現場で行方不明者の捜索にあたった。災害対応のことはリアルな元の世界でも常識として知っていたし、ギャラクシー・オブ・プラネットでもそんなイベントがあったので迅速に対応するように頑張ったが、戦国時代という状況から出来なかったことも多い。


「見つかったぞ!」


 昨日あたりからは御遺体が見つかることが増えた。人を発見して喜ぶも、息をしていないと確認するとみんなでがっくりしながら冥福を祈る。


「あとはお任せを」


「お願い致します」


 御遺体は探しに来ている家族に見せて確認するが、確認出来ない状態も増えている。季節柄そこまで神経質になる気はないが、早めに埋葬するべく近隣のお寺から集まったお坊さんたちが供養をしていく。


 国人や土豪の末端は命令に拒否をした者もいるが、寺社はほぼすべてで命令に従って動いてくれている。ありがたい限りだ。


「殿、目通りを願う者が参っておりますが……」


「因幡守殿に任せる」


 尾張と美濃からの人員も到着し始めていて働いてくれているが、そんな中でオレに面会を求めてくる空気の読めない者たちは、春に反発して命令に従わなかった武士の本家や親戚縁者だ。


 事情を知り慌てて動いているらしいね。


 今のところオレは誰にも会っていない。随分と春に失礼なことを言った者もいたようで連座で罰を受けるのではと慌てているようだが、尾張や美濃から来てくれた人たちが人命救助をしているのに、自家の都合でご機嫌伺いに来るような連中に会う気はない。


 彼らだって故郷の村が台風被害にあった人もいるんだよ。それでも命令だからと取るものも取らず駆け付けてくれた。


「三河衆は未だにわかっておらぬ様子でございますね」


 みんな忙しいのでオレの護衛にと残っているのは金さんたち若い衆だ。特に金さんはオレの護衛を任されるくらいに出世している。


 謝罪は早いに越したことはないのは理解する。とはいえ尾張や美濃から来たみんなが夜通しで頑張っているのに、自分たちの都合で謝罪に来る者たちにオレが怒りを感じていることをみんな理解している。


「放っておく。曲がりなりにも臣従したなら、仕置きは清洲の殿のご裁量が全てのことだし」


 そんな暇があるのなら一緒に行方不明者の捜索をしろと言いたいが、彼らは命じることはしても自分で泥に塗れて捜索に加わるなんてしない。


「三河者は驚いておるのだとか。何故、尾張と美濃の者らがこれほど集まり人を探すのかと」


 金さんが現地の人たちの噂を集めてきたようで教えてくれる。尾張と美濃は他国だ。そんな認識が未だに強いらしいね。さらに田んぼの稲を放置して、人を探して堤防の復旧を急ぐことも理解出来ないと語る人がいるんだとか。


 言い分は理解する。少しでも米を得ないと飢えるしかなくなるのがこの時代だ。また土地を治める武士や寺社も税を免除するということはまずしない。どんな手段を使っても最低値として定めた分は納めろというのが当然だ。


 でもね。織田家では飢えさせないようにするよと約束していて、吉良家の領地なんかには昨年の冬場に少なくない支援して実行したはずなんだ。にもかかわらず吉良家では従っていない家臣が相応にいる。支援は何処に消えたのか…。


 本当、嫌になるね。




Side:滝川資清


 野分から数日。各地から入る知らせが揃いつつある。田んぼの稲が水に浸かってしまったというところはそれなりにある。とはいえ近隣の村が助けを出すなどして、水に浸かった稲を早急に刈り取るなど各々の村で動いておる。


 流行り病の時に力を合わせたことや、武芸大会や花火大会見物に来る際に助け合って留守を守ることが普及したおかげであろう。


 己の土地は己で守る。それを織田の治世に従いながらも続けているのだ。頼もしい限りだ。それに引き換え……。


「弁明はすべて清洲に参ってせよと伝えろ。わしの書状に逆らったのだ。弁明はわしが聞く」


「はっ」


 忍び衆を含めた各地からの知らせを清洲の大殿に報告に来たが、あまりご機嫌が良くない。尾張と美濃と三河の矢作川西岸では皆がよくやった分だけ、吉良などの矢作川東岸の不始末が目立つ。


 田んぼの稲よりも人命を救えという春様の決断に従わぬ者が幾人もおった。それが大殿の逆鱗に触れたらしい。


 乾かしても食えるかわからぬ僅かな米よりも、人命を助け民の心を掴むこと。なによりこれ以上の被害を出さぬために、氾濫した水を食い止めるべきだと判断した春様のお考えは正しかろう。


 さらに春様が随分と軽んじられたことも大殿はお怒りのようだ。自ら前線に出て泥に塗れて人を助けておるというのに何様だとお怒りになっておられる。


「愚か者はともかく、川が氾濫した時に如何に動くか。一馬殿にはまだまだ学ぶべきことは多うございますな」


「ふふふ、皆、顔を青くしておったな」


 わしがお叱りを受けておるわけではないのだが、背筋に冷たいものが走る。その時、助けを出してくださったのは平手様であった。


 殿が初めて独断とも言えるほどの決断をなされた。そのことが清洲城で話題になっておる。ジュリア様のような強さがないと陰で揶揄されることもあると聞く故か、大殿はそれを聞いて人一倍お喜びになったと聞いておる。


 勝手をしてと怒るでもなく喜ぶとは、まことの我が子のように思われておられるのだと改めて感じる。


 評判もよい。武辺者は殿を見直したと言っておるようで、文官はまだまだ己の未熟を悟ったという。人の話をよく聞いて決断される殿の良さはわしが一番理解しておるが、己が先陣を切るような強さが殿にはなかった。それを示したのは大きかろう。


「しかし、これだけの被害がありながら失ったものが僅かとは……」


 一方、若様は今回の被害の概算を記した報告書を見て首を傾げておられる。領内の各地で被害が出て三河の矢作川東岸では被害が大きかったにもかかわらず、領内に大きな損失はないのだ。


 まるで物の怪に騙されたような気になると文官のひとりは申しておったな。確かに米の収穫は減る。さらに米の値は例年と比べると上がると思われるが、それはむしろ他国の米の値が一気に上がると思われることが原因としてある。


 殿は米作りの新たな取り組みの成果が吹き飛ぶと嘆いておられたが、飢えるどころか米の相場値次第では織田家が儲かると知ると誰もが驚く。


 米は、近年は毎年備蓄する量を増やしておるが、今年は古い米を新しい米と入れ替えるくらいで済ませると織田領としての問題はほぼない。それどころか北畠や北条次第では、米の援助も出来るというほどだ。


 他国からすると織田は妖術でも使うておるのかと思うのも無理はない。


 もっともすべては我が殿が進言して、数年前から米を大量に備蓄しておったおかげなのだがな。


 あと北伊勢は梅戸家や神戸家に桑名などは、こちらの忠告を聞いて被害を抑えたらしいが、被害が大きいところもあるようだ。近江や東三河も相応に野分の被害があったと聞く。


 北伊勢では生きていけないと、尾張に来ようとする者が増えるのであろうな。ひと騒動あるか。如何になるのやら。予断を許さぬな。



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