第853話・お市ちゃん、にらめっこする

Side:望月出雲守


「金色砲に恐れをなしたらしいな。あちこちから命乞いが来ておるわ。今更命乞いをするくらいならば、初めから大人しく従っておればいいものを」


 安祥城に戻ると三郎五郎様が疲れた様子でおられた。あちこちから助命嘆願や減刑嘆願がされておるらしい。


「一度の戦ですべてを失うなど、誰も考えなかったのでございましょう。それ故、争いがなくなりませぬ。我が殿はそれを変えたいと申しておりましたな」


 あまり親しくもないわしに愚痴をこぼすのだ。よほどお疲れのご様子。


「久遠殿らしい。三河衆の中には久遠殿が恐ろしいと言う者も多いが、わしはむしろ慈悲深いと思う。ただの一度の金色砲でつまらぬ戦を無くしたのだからな。後になってみると、戦で死する者や不幸になる者は少なかろう」


 ああ、このお方は我が殿のことをよくご理解されておる。さすがに三河を任されておるだけのことはあるな。


 少なくない援助もしておるのだ。分かっておらねば困るが。


「所領のほうは逃亡して誰もおらぬところもありました。されど明け渡しに抵抗する者もおり、討ち取った者もおります」


「構わぬ。首は晒さずともよい。人を送り、秋までに治めることを急がねばならん」


 安祥城の周囲には、以前にはなかったとされる町が出来ておる。そこの町外れに謀叛人の首を晒しておるが、首が多過ぎて晒さずに埋葬した者も多い。


 尾張では首を晒すこと自体、あまりやらなくなった。ケティ様が疫病の元になりかねんと懸念を示されたためだ。大殿も首を晒すより普請場で死ぬまで働かせろとお考えのようで、死罪となる者が減った。


 とはいえここは三河だ。首を晒さねばまた勘違いする愚か者が出よう。三郎五郎様も大変な御立場だ。


「それと今川は謀叛人を引き渡すように命じたとのことでございます」


「ほう、あの今川がな」


 話を変えるべきかと今川に潜入しておる草からの知らせを教えると、ようやく喜びのお顔をされた。


「このままでは東三河、遠江を奪われると理解しておるのでございましょう」


 此度の戦でようやく西三河から今川との繋がりを排除出来る。西三河の国人衆の中には今川方と血縁を持った者もおるが、離縁するなどしておるところがいくつかあるからな。


 今川にこちらを攻める余裕があるとは思えんが、備えは必要だ。


「岡崎城は建て直さねばならんとか。松平ではいつになるのやら」


「岡崎城は織田の手で建て直すことになるやもしれませぬ。いつまでも放置しては守りが手薄になりまする」


 そうそう、岡崎城はほぼ全焼してしまい、戻った松平殿が肩を落としておったとか。幸い一族に犠牲が出なかったらしいが、蔵にあった銭や米はすべてなくなっており、城の普請も当分ままならぬ様子。


 恐らくあそこは織田の手で再建されよう。西三河に織田の力を見せるにはちょうどいい。そうなれば松平ではなく、織田の城となるが、それも時勢というもの。それに安祥から岡崎までを後方に出来れば、ここらは更に繁栄するはずだ。


 わしはその前に尾張に戻りたいがな。




Side:久遠一馬


「つれないね」


 今日は蟹江にいる。お市ちゃんやすずとチェリーと一緒に海釣りに来たんだが、あまり釣れない。お市ちゃんは早くも飽きてきたらしい。


「じっと待つことも必要ですよ」


 教育を受けていることやウチに出入りしていることから、同年代と比較すると利発なお市ちゃんだが、落ち着きという面ではいまひとつなところもある。


「じゃんけん、ほい。あっちむいてほい!」


「うわ! 負けたのです」


 うん。すずとチェリー。君たちも落ち着きを持ちたまえ。高性能アンドロイドの名が泣くぞ。お市ちゃんがすかさず一緒に遊ぼうと仲間に加わった。


 オレたちが乗っているのは久遠船だ。ガレオン船とキャラベル船はあいにくと出払っていてね。


 少し離れたところを蟹江の港に出入りする船が何艘も通り過ぎていく。見渡せば造船途中の久遠船も見える。ここも活気がある町になったなと思う。


 戦から五日を過ぎたが、望月さんたちはまだ帰らない。帰れないんだそうだ。先日には願証寺の関係者が三河入りをした。織田は守護使不入という特権をすでに領内で認めていない。


 西三河に多い一向宗の寺は、本證寺消滅後は願証寺の傘下にある。今回新しく領地となる松平宗家の領内などの寺とは新たに条件などを話す必要があるので、その取り纏めに入った。


 それをしないと、また賦役に参加出来ないとか医者に診てもらえないとか、不満が寺領の領民から出て騒動となる。頑張ってほしい。


「すず、そういえば、火消し隊どう? 最近報告上がってこないけど」


 ふと考え込んでいると、チェリーとお市ちゃんはにらめっこの最中だった。お市ちゃんの後ろから援護するように変顔をしているすずに、気になったことを聞いてみる。



「上手くいっているでござるよ」


 火消し隊。清洲の町の拡大に合わせて創設したが、少し前まで警備兵が兼任していたんだ。現在も警備奉行であるセレスの下にある組織だが、最近になり清洲と那古野と蟹江では人員を専属に出来ている。


 火消し隊が警備兵から独立して以降の報告がなかったので気になっていたが、問題なかったか。良かった。


「ただ、広域隊はまだ一緒でござるな。人員不足でござる」


 火消し隊もベースは警備兵になる。それぞれの町に置いて、広域で活動する隊を創設する予定なんだが、領地がどんどん広がっているので、広域隊は警備兵もまだ人材不足だからなぁ。


 領内には国人に土豪に寺社の所領がある。広域隊はそんなところにも行って活動するので相応の身分と武功がある人が必要になるんだ。現在ではすずとチェリーに小豆坂の七本槍の佐々兄弟なんかが役目についている。


 佐々兄弟は史実の佐々成政の兄たちになるが、先日の三河の謀叛人との戦にも参戦しなかったくらいに警備兵で出世している。実は彼ら、最初は興味本位で小銭稼ぎに参加してくれただけなんだけどね。


 警備兵も元の世界の警察のように、そこまで厳密な規則があるわけじゃない。臨機応変に基本的な方針を守ればいいくらいだ。出来る男たちは本当に出世が早い。


「西三河と北美濃と東美濃にも広域隊がほしいね。セレスと相談して誰を将とするか検討してみて」


「了解でござる」


 うん。すずの援護を受けたお市ちゃんがにらめっこに勝利した。すずはオレと会話をしながらも変顔をやめてなかったからね。


 お市ちゃんの乳母さんが控え目に笑いを堪えている姿が何気に面白かった。


 この人もまあウチに慣れているよね。そこまで堅苦しい態度をオレが好まないのを知っていてさりげなくいてくれる。


「あっ! なんばんせんだ!」


 楽しげなお市ちゃんたちに、ついついオレまで笑ってしまったが、そんなお市ちゃんは遠くに見えたウチの船を見つけた。


 あれは石山に公家さんたちを送り届けた船団だな。移動は早いが、積み荷や補給の荷役とかに時間がかかるので帰還が今日になったらしい。当然帰りも積み荷を満載だ。五隻のガレオン船の積み荷だ。集めるのも大変だったろう。石山本願寺が用意したらしいが。


 お市ちゃんが手を振ると向こうの船乗りのみんなも手を振っていた。一益さんのお帰りだ。港に戻って出迎えてあげようかな。



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