第448話・評定の改革

Side:久遠一馬


 結婚式が終わると暦は二月となっていた。暦は旧暦なため、すでに春の気配がしている。


 本願寺からの使者はいまだに来ていない。結婚式の時に話した願証寺の僧も少し困った様子だった。出来れば早く決めたいのがみんなの本音だろう。


 理由は虫型偵察機が掴んでいる。


 揉めているのだ。本願寺内部で。本願寺側の一番の理想は寺院と寺領の維持だろう。ただ、事実上の人質である元本證寺の玄海上人など、最後に捕らえられた学僧たちの引き渡しの問題もある。


 解決には莫大な銭が必要であり、また織田はすでに幾つかの条件を付けている。


 『織田領にやってきた領民は返還しない』『一向宗の信徒を外部から連れてこない』など、本證寺寺院跡を始めとした諸々もろもろの引き渡しに条件が当然ある。


 オレとしては玄海上人たちを正式に処罰したい気持ちが強いが、身分や血筋に守られてる坊さんは処分が難しい。


 苦労して友好関係を構築した石山本願寺を、この時点で敵に回すことはできれば避けたいのが本音だ。


 三河の様子は願証寺や一部の三河一向宗の僧が本願寺にいって説明しているが、引き渡されても再建には莫大な費用がかかるうえ、すでに三河では一向宗の支持は薄れ始めているんだ。


 三河の寺院は維持したいが、そこまで金をかけてやる意味があるのか?ということが問題になっている。石山本願寺の僧たちは、信徒や末端の寺の生活になんか興味はない。


 ただ、自分たちの既得権を放棄するのに抵抗があるだけだ。加賀の一件もあるので、石山本願寺が直接人を送り再建する案や、願証寺に丸投げしてしまう案などで揉めているのだ。


 三好長慶と細川晴元の争いも終わったわけでもなく畿内が相変わらず不安定な今、織田を田舎者だと馬鹿にしても敵に回していいとは思っていない。


 妥協点を探る必要があるが、どうも石山本願寺の内部にもいろいろな問題があるみたいなんだよね。




「では、ここに我らの屋敷を建てるのですな」


「あくまでも暫定の素案です。皆様のご意見とご希望を話し合ってから決めますので」


 この日、清洲城の広間には織田一族と重臣でもある評定衆が集まっていた。


 ウチからはオレとエル、ジュリア、セレスに医師として参加するケティの五人である。今回の議題になっているのは清洲の町割りだ。


 説明しているのは、この件の事実上の責任者であるエルだ。


 何度か説明しているが、この時代では武士は自分の領地にある城や屋敷に住んでいる。ただし、すでに大名クラスで城下に家臣を集めて住まわせることを実施している家もある。


 織田家も清洲城下に屋敷を与えて、家臣が集まるようにするための話し合いだ。


 清洲の拡張はかなり進んでいて、以前からの町も道路整備などで移転や移住が始まっている。


 基本的に城に近い場所には織田一族や重臣の屋敷を建てる予定であり移住や移転を進めているが、具体的に誰の屋敷をどこに置くかは評定で決めてもらうことにした。


 ちなみにウチは屋敷が那古野にあり清洲に近いことから、屋敷は作らないことにした。必要とあれば城に寝泊まりすればいいと信長さんと信秀さんが言ってくれたしね。猶子になった以上は、実家である信秀さんの屋敷に泊まることはなんの問題もないし、それが普通の対応らしい。


 蟹江にも屋敷を置くので、清洲は要らないだろうということになった。


 現在の清洲は五条川を挟んで対岸にも町があるが、拡張した城を囲むように町を広げている。町の規模は当初の構想・計画よりも更に広がっている。特に庶民の長屋などのある地域は防災の観点から余裕をもった町割りになっている。


「しかし、清洲も那古野も大きくなりますな」


「信じられん。まだ大きくするのか」


 重臣の皆さんは清洲の町の完成予想図を見て驚いているね。城も町も以前の数倍に広がる。


 政治の中心地を清洲、学問と新技術の中心地を那古野。そして経済の中心地を蟹江と、役割を分けることにしたんだ。


 これは尾張一国だけではなく、今後も広がる織田領の中心にするという目的もある。


「実はこれを機に、評定を定例に開くむねと統治の仕組みを変えたいと考えております。皆さんのご意見等を聞きたいと思いまして」


 新しい屋敷をもらえるということにみんな楽しそうだね。ついでに今後の方針も少しお知らせしておこう。


 城下に屋敷を与え定期的に評定を開くことで、事実上の参勤交代のように定期的に清洲に集まる。また、定期の評定がない時でも、持ち回りで一定数の重臣は必ず清洲に滞在しているようにする。


 現状は信秀さんが呼んだ時にだけ清洲に集まるんだ。それを変えて織田一族と重臣にはもっと織田の統治に参加してもらうのが狙いだ。


「うむ。よいのではないか。懸命にやっておる久遠殿には申し訳ないが、新しきことばかりで付いていけん者もおるのだ」


 信秀さんと信長さんはさっきから口を開いてない。エルが説明してオレが話を持ちかけて進めていたが、苦言とも取れることを口にしたのは伊勢守家の信安さんだった。


 日頃はあまり出しゃばらないようにと気を使っているが、本質は文官タイプなんだろう。ウチのやることにも協力してくれている。


 ただ付いていけないとはっきり言われるのは久々だ。政秀さんや大橋さんなど付き合いの長い人も同じ心配をしてくれるが、自分の恥を晒すような言葉は口にしない人も多い。


 話の流れや信秀さんの意向を考慮して言葉にしてくれたんだろう。やっぱり、俺や久遠家が何を考えているのかをもっと積極的に重臣の人たちに伝えていく必要があるんだろうな。以前は信長さんが何を考えているのかが分からない時があったと言われていたが、今では、久遠家が何を考えているのかが分からないと言われているのかな?


「まあ、我らはまだ久遠殿を知るからいいが、知らぬ者からすると益々理解は出来まいな。美濃衆と三河衆も、今後は必要に応じて呼んでやらねばならんのかもしれん」


「確かに、戦で勝っておるうちはいい。だが一旦負けたら美濃と三河はいかがなるかわからんからな。織田のやり方を説明して、取り込んでいくのは必要であろう」


 評定のメンバーは信安さんを筆頭に増えてはいるが、基本は弾正忠家に以前から仕えている人たちだ。


 彼らも彼らなりに現状の問題と対策は考えていたのだろう。信安さんの発言をきっかけにあちこちで意見を口にする光景が見られる。


「久遠殿。三河はいかがするのですかな? 賦役はいいが、ちょっと負担が大きい気がするのだが」


「実は木綿を三河で量産したいと考えております。日ノ本では数が足りず明から買っているほどですから。畿内から関東まで確実に売れます」


 しばらく議論が続いた頃に三河の問題を口にしたのは水野さんだった。三河が赤字なのをよく知っている人だからね。自身も三河に領地があるし、今後が不安なんだろう。


「なるほど。木綿か。確かに三河には以前から木綿がありましたな」


「当家の知恵で質を上げ、量を増やせないかと思いまして。昨年、牧場村で試していましたが、上手くいきましたので」


 まだ本決まりではないんだよね。三河の木綿は。ただ試験栽培はうまくいったし、ここで議論してもらうことは構わないだろう。


「裏切らせぬために、あえて食えぬものを広めるのですな?」


「それもあります。ただし今後は米以外も増やしたいのが本音です。絹も今年から試す予定です」


「おおっ! 絹も作れるのか!?」


「確かに尾張にも蚕はおるが、明の絹と比べると使い物にならんぞ」


 ついでだ。絹の件も話しておこう。


 高級品として、ウチの生糸や絹織物は今や人気商品だ。評定に参加している皆さんもそんな絹を尾張で作るという話にリアクションが大きい。


 ただ、この時代の日ノ本でも蚕が絶滅しているわけではないので絹はある。ただし質が明らかに劣るんだよね。それを心配する声もある。


「そこはウチで、明から新しい蚕と技を得ておりますので、明の絹に負けぬ質の良い絹を作れると考えております」


 明からというのは嘘だが、新技術は遠くないうちに導入したいんだよね。


 皆さんの議論は続く。


 うん。今後は定期的にこうやって重臣の皆さんとも話し合うのがいいだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る