第384話・困る雪斎と困る一馬
Side:太原雪斎
幾度目であろうな。ため息が出るのは。
武田を密かに調べさせてはみたが、結論は攻める価値があまりないということ。甲斐は豊かで米も多く取れる尾張とは対極の土地だ。
金が採れるという利点はあるし、貫高も遠江並みではあるが、食べ物に困る甲斐など獲っても苦労ばかりでいいことなどない。
そもそも武田もまた弱くはないのだ。山国ゆえに街道は難所も多くあり、武田から甲斐を奪うのに
信濃と連携すれば獲れなくもないが、信濃は纏まりがないうえに関東管領の上杉家は甲斐と信濃で争えば、武田の信濃進攻の時と同じように信濃にまた首を突き込んでくるやもしれぬ。
北条と連携でも出来ればよいのだが、果たして北条が乗ってくるか?
それに信濃は美濃からは織田が、越後からは長尾が来ることも考えねばならん。甲斐を獲れたにしても信濃を織田や長尾に獲られては
上野に進むという道筋もあるが、関東に行けば北条と争うことになろう。それこそ織田と北条に三河から駿河まで獲られてしまうわ。
南蛮人を駿河に招くのも頓挫した。御屋形様はこの策には当初から乗り気ではあられなんだが、堺が駿河に南蛮との商いを盗られると勘違いしたようで邪魔をされた。もっとも南蛮人といえどもただの商人では久遠家に抗うことは出来ぬし、南蛮人の素行にも問題がある。野盗の如き連中も多いのだ。
こちらの調べでは久遠家に抗うことの出来るような南蛮人はおらぬようだ。元々抗うに見合う利も用意出来ぬしの。
ここの
わしと同じく花火の時に尾張に参った公家たちが新しき茶などを土産で持ち帰り、御屋形様にも献上したが、それもあまり面白うないようだ。
無論、公家の連中もそこまで尾張を褒めておるわけではない。御屋形様には十分に配慮しておるが人の口に戸は立てられぬ。
それに京の都より着の身着のままで逃げてきたような公家たちに気を使われておること自体が面白うないのであろう。
「進むも地獄、退くも地獄か」
まあ連中のことは
いっそ織田が畿内に介入してくれればこちらとしては打てる手が増えるのだが。畿内では三好が謀叛を起こして京の都を制したと聞く。畿内に介入するならば好機なはずだ。
だが、織田が畿内に介入することはあまり期待出来まい。織田はもともと畿内への介入には慎重だ。
商いで莫大な利を得て尾張・美濃・三河と勢力を伸ばしておるのだ。無理に畿内に関わる利がない。商いの利で言えば、我が今川家を降し、北条家と直に取引したほうが利があるだろう。
戦のない世を作るなど、正気に有らず狂気や
まあ織田よりも先に今川家の方針だ。
やはり甲斐しかないな。織田も北条も甲斐など欲しくはあるまい。それゆえ我ら今川が甲斐に侵攻してもすぐには敵対するまではいかぬはず。
あとは御屋形様のご決断と家中を納得させられるかだ。それと大義名分と好機がいつ訪れるかも考えねばならんか……。
わしの生があるうちに、なんとしても織田との関係は改善しなくてはならぬ。最悪は三河をくれてやっても和睦する必要があるだろう。織田にとって必要なのは領内を掌握する時なのだ。数年間の和睦程度なら受けてくれるかもしれん。
いつの間にか、吉良家のように過去の栄華など関係ないほど落ちぶれてしまっては、長年信じてくださった御屋形様に申し訳がたたぬ。
Side:久遠一馬
今年の米は平年よりやや豊作くらいらしい。昨年ほど豊作ではないが大きな天災もなく順調というところだろう。無論この時期は台風が来る可能性があるので、まだ油断出来ないが。
尾張では第二回武芸大会の準備が進んでいる。昨年の開催は大成功だった反面で課題も多かったので、そこは今回改善することになる。
もっとも昨年の課題のひとつであった土岐家はもういない。今年はその分余裕があるけどね。
「へー、願証寺が本当に参加してくれるのかぁ」
そうそう今年は長島の願証寺が参加してくれる。去年から参加したいという話はあったが、夏の大茶会で話した時に正式に参加したいと言われたんだ。
本当に参加するつもりらしく、書や水墨画や短歌、連歌なんかを展示する予定で何点か送られてきたと資清さんが報告に来た。俳句はないのと聞いたら変な顔をされた。どうやらこの時代にはまだないらしい。
今年は尾張と美濃全域と三河の織田領に長島が参加地域だ。美濃は中立を含めて参加を呼び掛けたからどれだけ来るか楽しみだね。
ああ、新顔としては北畠
親父さんはもともと急激な拡大をした織田を警戒していたが、具教さんが説得したらしい。北畠家と織田家が領地を接してないことや、中伊勢の長野家など北畠家が敵対している相手と織田が繋がるのを懸念してという意味も多少あるようだが。
多少の友好を結ぶくらいならと容認したのかな。
「加賀を見ると気は許せませんが、敵対するよりはいいでしょう」
この日はお市ちゃんと姉妹たちがウチに来ていて、エルと一緒に積み木で遊んでる。エルはお市ちゃんの相手をしながら武芸大会の報告を聞いていたが、願証寺の扱いはこのまま懐柔していく方針のようだ。
余談だが信行君たち男の子は学校に行くことが多いが、姫様たちはウチに来ることが多い。武芸の講座や実技講習が有るから、ある程度の男女の差違が出るのは仕方ない。特にお市ちゃんはまだ学校に通うのが早いからね。姉妹のみんなが学校に勉強に行っても、彼女だけはウチで遊んでることがほとんどなんだ。
「うーんとね。うーんとね……」
「ここに置いてはいかがです?」
「うん!」
積み木は山の村で作ってもらったのだ。いろんな形にして危なくないように角をとってる。木材にならない木とか切れ端とかあるから、それの有効活用にいいかなって。
お市ちゃんたちの様子をみると悪くないようだ。お市ちゃんはエルと一緒になにかを作ってる。城だろうか? 積み木の置く位置が悩むようでうーんと唸って考え込んでは、エルに助けを求めて一緒に置く位置を決めている。
ああ、山の村といえばあそこも完全に落ち着いたんで、
この炭団は炭焼きの際に出る炭の欠片や粉を団子状に成形して使う燃料みたい。オレ自身は見たことないが、元の世界でも近代まで割と使われていたとのこと。
利点は燃焼時間が長いこと。欠点は火力が弱いことだ。
ただ、もとが商品にならないクズ炭なので経済的だ。それにこたつや火鉢での暖房用燃料として使うなら燃焼時間が長いので便利らしい。
燃料問題は今後の大きな課題だ。少しでも効率がいい燃料を増やさないとね。
「待った!」
「
「ここは戦場ではないだろう。そうだ。今度オレの秘蔵の刀をみせてやる」
「仕方ないのです。これが最後なのですよ」
一方同じ部屋でも縁側では信光さんとチェリーが、何故か源平碁と名付けられたリバーシを使って勝負をしている。
信光さんは何度か待ったをしながら四苦八苦してるけどさ。チェリーもアンドロイドだから強いんだよね。当然だけどさ。
何手先まで読んでいるか知らないが、真剣勝負だと本気のチェリーに人間が勝てるはずがないんだけどな。
「くーん」
「わんわん!」
オレ? オレはロボとブランカのブラッシングをしながらいろんな報告を受けてるよ。
ふたりとも甘えん坊だから、あんまり一匹だけに集中すると怒るんだよね。
さっきからブランカのブラッシングをしているが、うとうととしながら気持ちよさげなブランカの姿に、そろそろ代わってとでも言いたげなロボが騒ぎだしたよ。
困ったねぇ。
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