第380話・戦国式キャンプ・その三

Side:久遠一馬


 西の空がオレンジ色に染まる頃、みんなで夕食の時間となる。


 子供たちはご飯が炊ける様子を見ることも初めてだったようで、噴きこぼれそうなダッチオーブンを驚きながら見守っていたね。


 たき火を焚くと、一気にキャンプらしくなるね。日が暮れた時のためにかがり火の準備をしたし、船で使ってるカンテラも用意してるけどカンテラはゲルの内部で使うくらいだろう。


「いただきます」


 ゲルを建てることから釣りに散歩までいろいろやったんで、みんな腹ペコらしい。


 肉が焼けてタレが焦げる香ばしい匂いに誘われるように、ちょうどよく焼けた肉を箸で取ると、ご飯にワンバウンドさせて一緒に頬張る、これがやっぱり美味い!


 ちょっと濃いタレの味付けがご飯の甘さと相まって最高なんだよね。


 醤油ダレにニンニクや生姜などの薬味や香辛料の味が、適度な歯ごたえの肉をより美味しくしてくれる。


「このタレがまた絶品だな! 市助、美味いだろう!」


「はい。父上、美味しいです」


 反応が一番よかったのは信光さんと息子の信成君だ。信長さんは以前にもウチの焼き肉をタレけで食べたことがあるしね。子供たちと信光さんは初めてだけど、先に反応したのは信光さんたちだった。


「おいちい」


 お市ちゃんはまだ幼いから、焼き肉のタレが大丈夫か不安だったけど大丈夫みたい。肉はあんまり固くないところ選んであげてるしね。食べさせるのは乳母さんが付いて食べさせてあげてる。


 着物を汚さないように前掛けを掛けて食べる姿はキャンプにあまり見えないけどね。


「いいねぇ。葡萄酒がよく合う」


「確かに合いますね」


 今日の酒はワインと麦酒だ。鹿肉には少し渋めの赤ワインがよく合うらしい。ジュリアとセレスが石舟斎さんを交えて早くもお酒にシフトしている。


 ワインに関してはウチで飲む分と織田家に献上する分は尾張に持ってきてるけど、販売はしてないんだよね。


「もつ煮も美味い」


「本当だ。おいしい~!」


 ケティとパメラは鹿のもつ煮に笑みを見せてる。スープは味噌ベースで臭み消しにニンニクや香辛料が入ってるやつだ。子供たちもいるからあんまり刺激が強くないけど。


 これもご飯と一緒がまた美味い。スープをご飯にかけても美味そうだ。締めはおじやかな?


「わふわふ」


 ああ、ロボとブランカも夕食として鹿肉と内臓の一部を食べてご機嫌な様子だ。


 この日は護衛とか近習に侍女さんとか乳母さんとか、とにかく人が多いが、基本的にはウチのルールとしてみんな同じものを食べることにしてる。


 護衛のみんなも鹿を狩ったようなんで、エルとケティたちが捌いて一緒に料理していたからね。ただ信光さんが狩ってきた小鹿は肉が柔らかいんで、子供たち向けにしてるけど。


「若君や姫様たちと野営を致されると聞いて、いまひとつ理解出来ませんでしたが。なかなか楽しいものですな」


 予定外なのは山内パパか。様子見に来たので、そのまま夕食に誘ったら残ってくれた。


 やっぱりキャンプを理解してなかったか。この時代は主家とはいえ人様の領地に行くのは警戒されたりするからね。


 さすがに今の伊勢守家と弾正忠家の関係は警戒するほど悪くない。ただ自分の領地で野営したいと頼まれても、なにしに来たのかと首を傾げていたんだろう。


「海とか山とかで遊ぶのがウチの習慣なんですよ」


「なかなかいいものですなぁ」


 お酒も入って少し気分がよくなっているんだろう。山内パパはご機嫌だ。


 気が付くと日が暮れていて、たき火やかがり火の炎が光源となる。ユラユラと揺れる炎の明かりはこの時代では決して珍しくない。


 行燈や蝋燭にかがり火はよく使うものなんだ。


 それでもいつもとは違う場所で、和気あいあいとした雰囲気での炎の明かりは別格だと思う。


「おかわりー!」


 おっ、お市ちゃんはもつ煮をお代わりか。エルもみんなが喜んで食べているから嬉しそうにお市ちゃんにお代わりを渡している。


 史実では決して幸せとは言えない人生だったんだよね。お市の方は。


 頬っぺたにご飯粒を付けてるお市ちゃんを見ていると。なんとなくそのことを考えてしまう。まあこの世界でお市ちゃんが浅井に嫁ぐことはないだろうが。畿内とか京の都の価値が史実とこの世界では違うし織田の力も格段に違う。


 ウチと商いの力を考えると、すでに史実の尾張と美濃を制した織田家を超えているだろう。


 北条家は本気で同盟を考えているし、切っ掛けがあれば同盟に発展すると思う。三河はまだ西側までしか織田の力が及ばないが。美濃は斎藤家と織田家とは中立となっていて強固な反織田勢力は表向きは多くない。


 腹の中まではわからないけどね。


 それにウチが新しい技術と知識に、今までは西方先進地頼りだった欲しい商品を用意出来るから、織田にとって畿内の価値は史実より圧倒的に低いと言える。


 信秀さんの現在の戦略は、織田にしか出来ない国を作って周辺諸国を飲み込んでいくものだろう。


 無理に戦で領地を広げなくても、経済で取り込めてるからね。


 無論、畿内の経済力や技術力などの力は侮れない。問題は畿内にはそれ以上に厄介ごとというリスクが付きまとうことだ。


 朝廷・寺社・幕府・堺などの商人たち、武家以外でも厄介な存在に事欠かない。しかも昔から日ノ本の中心だったという誇りや権威、伝統がある。


 いずれは史実のような戦で決着を付けねば収まらぬ敵と対峙する日が来るだろう。


 お市ちゃんたち姉妹を見ていて思う。他家より織田家中に嫁がせたほうがいいんじゃないかな? 斎藤家くらいの関係なら構わないと思うけど、浅井、朝倉、六角に今川、武田は止めたほうがいいだろう。


 仮に養女でも婚姻外交は要らない気がする。主筋の家が格下の家の娘を養女にして他国に送り込む。名誉なことだと教え込まれているらしい。でもオレには人身御供ひとみごくうの一種にしか見えないし、人質がいなければ維持できない関係など必要ないだろう。


 彼らが大人しく織田に臣従するようには思えないし。


 それにどうせ足利家や旧体制は完全に破壊する必要がある。史実の徳川慶喜のように無血開城と大政奉還なんて選べる人は足利家にはいないだろうしね。


 まあ史実の幕末は外国からの脅威のレベルが今と桁違いなので比較は難しいけど、徳川慶喜自体も評価が難しい人なんだけどね。


 現状の織田家はわざわざ姫様たちを国外に嫁がせてまで血縁外交をしなくても、取れる策はいくらでもある。


 なんというかこうしてよく遊んだりしてると情が移って、ろくでもないところに嫁に出すのはかわいそうなんだよなぁ。


 オレにはそれを変えられるだけの発言権と力がある。守ってやりたいんだ。周囲の子供たちの未来くらいは。


「かじゅま~? どうしたの?」


「なんでもありませんよ」


 少し考え込んでいたら、心配そうな表情のお市ちゃんがオレを覗きこんでいた。


 お腹でも痛いのかと心配したらしい。


 よく見ると信行君や竹千代君とかほかの子も同じく心配そうにオレを見ている。みんないい子たちだなぁ。


 守ってやろう。この世界を生きる、大人として。武士として。




「あとで南蛮から伝わった星のお話でもしましょうか。今日は星空が綺麗ですし」


「わーい! かじゅまのおはなしすき!!」


 見上げると落ちてきそうなほどの満天の星が広がっていた。


 エルたちもこちらを少し気にしていたが、オレの表情から大丈夫だと判断したらしく特に心配はしていない。


 キャンプとくれば肝試しなんだけど、この時代だとリアルに神仏とか物の怪とか信じられてるからなぁ。余興ではなくガチになっちゃうだろう。


 星空を見ながら星座の話でもしようかね。悲しい話や泥ドロの色恋の話を除けば、何があったかな? まぁ、なんとかなるだろう。


 いつかこの空の向こうに連れていってあげたい気もするな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る