第346話・お花見の始まり
Side:久遠一馬
お花見二日目は大お花見会になる。
ウチの家臣や忍び衆はもちろんのこと、牧場の領民や孤児院の子供たちに工業村や農業試験村や山の村の領民。それと太田さんの領民や警備兵とその家族など、総勢四千名ほどの大お花見会になるんだ。
半分以上はウチの領民ではないが、ウチがお世話になっている人たちということで集めたんだ。まあ中には工業村の高炉の職人や警備兵のように仕事が休めなくて来られなかった人、子供が産まれたばかりとかで大事をとった人などもいる。
そんな人たちには後で金色酒やご馳走のお弁当を届ける予定だ。
「ほんとうにきれいだね~」
ちなみに今日はゲストがいる。信長さんがお市ちゃんや信行君たち弟妹を連れてきたんだ。
お市ちゃんは、ロボとブランカと並んで満開の桜を見上げて喜んでいる。
「凄い人ですね。兄上」
「これだけの人数が集められるのは親父を除けば、尾張ではかずくらいであろうな」
ただ信行君は桜より集まった人の数に驚いているね。信長さんもそんな大げさに言わなくても。確かにこんな人数を集められるのは資金的に織田家かウチだけだろうが。
実は当初はもっと少ない人数のはずだったんだ。ただエルとメルティがどうせなら呼べるだけ呼んだほうがいいって言うからさ。
人を集め、動員出来る数は、それだけで武家としての力の指標と見られるし、今回は資金的にも尾張の内外にウチの力を見せつける意味もあるらしい。
普通はこんなことしないらしいけどね。主君を差し置いて、こんなに人を集めると危険だと見られるから。ただ派手なことが好きな信長さんが乗り気なんだよね。
「おい、八屋がいるぞ!?」
「そりゃいるだろう。八屋の店主は久遠様の家臣だろ?」
今日は八屋の八五郎夫妻たちを始め、八屋のみんなが駆けつけてくれた。数千の人に出す料理を作る手伝いを買って出てくれたんだ。集まったみなさんの中には八五郎さんたちに驚いてる人もいるけど。
厳密には家臣じゃないけど、巷ではそんな認識があるらしい。滝川家の一族だし、ウチが支援しているのは周知の事実だからね。ウチと関係がある店であるのは確かだ。
お酒は金色酒・麦酒・濁り酒と用意して、飲み放題とまではいかないが、みんなが満足するくらいには用意した。
オレとエルたちは、工業村で少し前に試作してもらった五つの大鍋で、大量の海鮮鍋やぼたん鍋を作っているところだ。
ほかにもリリーと孤児院の子たちが作ってくれたお菓子とか、みんなが料理やお酒を持ち寄ってくれたんで、それでお花見会になる。
「姫様。中をご覧になりたいのですか?」
「うん」
オレとエルは先ほどから一緒に味噌味の海鮮鍋を作っているが、ロボとブランカのリードを握ったお市ちゃんはオレとエルの間に来ていて、ぴょんぴょんとジャンプして中を覗こうとしている。
危ないからって乳母さんに止められているが、大きな鍋の中が見たくて仕方ないらしい。
大鍋自体が珍しいんだよね。この大鍋は工業村の鉄で職人たちに苦労して作ってもらった特製の大鍋だ。歴史では人を茹でたほどの釜なんてあるが、尾張にはすくなくとも今まではなかった。元の世界でも大鍋での芋煮とかは珍しいからなぁ。
見物人がたくさん周りにいるんだ。
「では、私がご覧になれる様に、してさしあげますよ」
ほかは家族が抱きかかえて見せてるけど、危ないから乳母さんは見せていいかわからないみたい。
一生懸命ジャンプすると余計に危なそうなんで、クスッと笑ったエルが抱きかかえてお市ちゃんに中を見せてあげることにしていた。
「うわぁ」
大鍋でグツグツと煮える美味しそうな海鮮鍋に、お市ちゃんは満面の笑みで驚きの声を上げた。
こういう光景ってなかなかないからね。
「わたしもやる!」
「一緒にまぜる、と致しましょうね」
鍋は大きなお
なんとも微笑ましい光景だ。
ちなみに今日はとりや猪の唐揚げとかほかの料理もたくさん振舞われている。あちこちでそんな料理を肴に酒盛りをして、どんちゃん騒ぎになってるね。
いよいよ鍋が完成すると、みんなに振舞っていくが、気のせいか人が増えているような。
「なんか人が増えてないか?」
「どうも清洲の町人も集まってきているようです。いかがなさいますか?」
ウチのお花見なのに、祭りと勘違いして人が集まってきてるらしい。
「うーん。このままでいいよ。なるようになるだろ」
今日も助手として働いてくれてる千代女さんが確認しに来たが、どうも関係ない人が集まってきちゃったみたい。ただ追い返すのも良くないよね。
「まったく、お前のやることはいつも派手だな。よし、誰か。清洲の城から酒や食い物を貰ってこい。あとで返すからといえばいい」
「はっ!!」
食べ物が足りるかなとエルと相談してたら、先に動いたのは呆れたようにしつつも楽しそうな信長さんだった。
相変わらず決断が早いね。
「おおっ!」
「殿だ!! 守護様もおられるぞ!」
どんどん混雑していく会場でオレは急遽、ウチとしては異例だが、代金後払いで懇意にしている清洲の商家からもお酒や米などの食材を運ばせている。醤油や食用油などはウチの屋敷などにしか在庫がないので、ちょっと時間が掛かるから、塩味、味噌味を中心に片っ端から調理する。
騒ぎが大きくなったことで寺のお坊さんたちも手伝ってくれて、米を炊いたり料理を作ったりとみんなで盛り上げていると、信秀さんと斯波義統さんがやってきて周囲が騒然となった。
「酒と飯を持ってきたぞ。皆の者、好きなだけ食べるがいい」
「うおっ!? さすがは仏の殿様だ!!」
あぁ、信長さんがお酒と食べ物を追加で頼んだから、信秀さんたちまで来ちゃったよ。
しかも周りの人たちに振舞うと堂々と宣言したことで、会場のボルテージが一気に上がっていく。
ただそれだけではなかった。塩や味噌などの調味料に魚に干物など、いろんなものが清洲の商人たちからも差し入れされてきた。これも後で
会場も寺だけではなく周囲の道路や近隣の寺も巻き込んで、すっかりお祭り騒ぎとなっていく。
信秀さんも義統さんも領民に混ざってお酒を飲んで、昨日も来ていた笛や太鼓などを演奏する人やそれに合わせて踊る人たちの様子を楽しそうに見ている。
「エル、ここまで予想してた?」
「いえ、さすがにこれは……」
みんなが料理を手伝ったり酒を運んだりと、もう誰が誰だか。ぐちゃぐちゃになっている。
ふと気になったのはエルがこれを予想していたかだが、さすがにこんな事態は予想してなかったみたい。
「でも……、楽しいですね。こんなになるなんて」
エルが笑っている。想像もしてなかったことが起きたことを楽しんでいるように。
いったいどれだけの人が来て、そしてこれから来るんだろう。
想像もしなかったハプニングを心底楽しむようなエルの笑顔が見られて嬉しい。
「来年からは領民が参加出来るお花見にしようか」
「いいですね。みんなでこうして楽しめるのが本当に楽しいです」
資清さんは人が増え過ぎたんで、オレたちや信秀さんたちに護衛を配置するように手配している。結局ウチのみんなを働かせちゃうことになることが少し申し訳ない。
今度ゆっくり労ってやらないとな。
でもお花見はいいね。花見というより騒いでいるだけの人も多いけど、それも含めてお花見の醍醐味だろう。
無邪気な笑顔を見せるエルと来年のことを相談しながら、オレたちもこの楽しい時間を満喫することにしよう。
誰もが殺伐とした世の中を望んでるわけじゃない。みんなこうして楽しむことを望んでるんだって改めて感じさせられた。
ん? あっちで慶次が腕相撲をしている。この時代にもあるんだなぁ。
吹き抜ける風に桜の枝が揺れている。
桜の木も賑やかなお花見を楽しんでいるのかな。
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