第297話・進化する職人たち

Side:久遠一馬


 美濃が騒がしくなってきたが、信秀さんは『捨て置け』の一言で終わった。せっかく色々考えて報告に行ったのにちょっと哀しい。


 戦の準備は普段からそれなりにしている。兵糧は秋の収穫で備蓄が多いし、火薬とか弓矢も備蓄があるんだ。


 織田としては道三とどうしても組みたいわけではない。犯人が美濃か今川かわからなくても、去年ならいざ知らず今年ならば防衛に大きな不安はないからね。


 まあ信秀さんも犯人は道三ではないのではと言っていたが。


「こいつはいいですぜ!」


 さて、この日は工業村に来ている。足踏み式旋盤の感想を聞きに来たんだけど、清兵衛さんに興奮したように感想を言われた。


「ここじゃ鉄がいくらでも使えるからな。こんなのでもない限りは仕事が追い付かん」


 旋盤を使って早くも足踏み式旋盤二号機の製作に入ったらしい。職人のひとりはここならではの道具だとも語る。


 この時代の鉄は貴重品だ。この時代だと、たたらを使って鉄を作っているが、生産量が全然違う。鉄の取り出しに炉を壊さなきゃならない時点で、手間暇がかかりすぎだよ。


 工業村では高炉で作った鉄を精錬する反射炉がすでに三基に増えていて、今も四基目と五基目を建造してる。


 工業村はその性質上、信用出来る職人でなければならないので、職人の数が簡単に増えないんだ。有り余る鉄をいかに効率的に、かつ、早く使うかを職人のみんなも考えているらしい。


 というか今気づいたんだけど、旋盤作りで分業してないか?


 この時代でも分業はある。鍛冶職人は刀身を打つが鞘なんかは作らないし、そもそも鉄は買ってくるから当然だ。


「これ部品ごとに違う人が作ってるの?」


「いけませんか? 同じものを作らせたほうが早いんですが」


「いや、構わないよ。驚いただけ」


 とはいえ同じ鍛冶作業で分業までしてるのは驚きだった。分業制までは教えてないんだけど。ここの職人たちは、自力で効率化を始めてるよ。


 もともと職人にはあまり細かく指示はしてない。彼らの試行錯誤や創意工夫を潰したくないからだ。十分な報酬と有り余る素材と最低限の知識を与えて自由にさせている。次から次へと仕事も与えてるけどね。ちょっとブラックに成りそうなとこはちゃんと抑えてるよ。エルたちが。


 とはいえ、まさかこの時点で分業までするとは思わなかった。


「ああ、新しいもの作ってほしいんだ。手が空いてからでいいから」


「これは……」


「鉄で荷車を作るので? しかも、棒切れの上を走らせるとは……」


 驚いてばかりもいられない。今日は新しいものづくりを頼みに来たんだ。それはトロッコだ。


 レールの上を走る鉄道の原点とも言えるだろう。歴史は古く、この時代でも欧州では一部で木製レールのトロッコはあるみたいだしね。


 メルティに頼んだ図面と完成予想図を職人のみんなに見せると、不思議そうにしつつもそれぞれが意見を口にしていく。


 工業村内では、鉄鉱石やコークスの運搬などに手間が掛かってるからね。動力まで今は教える気はないが、馬や牛を使えるトロッコは今後のためにも作って欲しい。まあ最初は人力からだけどね。手漕ぎや足漕ぎのトロッコが作れるくらいになったらオレも乗ってみたいかも。


「とりあえず、小さいやつを試しに作ってみるか」


「あの荷車も鉄で補強すればいいんじゃねえか?」


「確かにそうかも」


 図面は職人魂に火を付けたらしい。図面を囲み、オレなんてそっちのけで話をする職人たちを眺めつつ、そういえば藤吉郎君はどうしたんだろうかと探してみる。


 ああ、藤吉郎君は見習いたちと一緒に旋盤作りの手伝いをしてるよ。本気で職人になるんだろうか? それも人生だね。


 しかし、ここの職人たちは鉄をいかに有効に使うか考えてるね。荷車って大八車のことか? あんまり重量が増えると大変なんだが。


 まあ試行錯誤するのはいいことだ。頑張ってくれ。




「おのれ!」


「やるか!」


 工業村での用事も終ったし、村の外の銭湯町に足を延ばしてみる。


 すっかり宿場町のように店や宿屋が増えたのはいいが、血の気の多い人も集まるみたいで、また牢人が道の真ん中で喧嘩してるよ。


 まったく。仕方ないなぁ。


「ここは拙者が。その方ら、止めぬか!」


 警備兵もまだ来てないし止めようとしたが、そこで代わりにと出ていったのは滝川益氏さんだ。


 オレを見送りに来ていたんだよね。工業村の管理と間者対策を含めた警備は彼に任せている。


 基本的に管理職をしてもらい留守番役なんで派手な活躍の場はまだないけど、出来る男だ。


「これは我らの問題だ!」


「そうだ! 武士の沽券にかかわる問題だ!」


 止めに入った益氏さんにさすがに驚いた牢人たちだが、反発するように益氏さんにも怒鳴った。こいつら、多分以前に桑名が集めたけど、追放されて尾張に来た連中だな。


 一部は罪を犯して捕らえたりしたけど、今の尾張は仕事を選ばなければ働き口はたくさんあるんだ。用心棒とかで未だに残ってる者も多い。


 ただ、牢人たちも益氏さんには刀を抜いたり向けたりはしない。それをやればタダでは済まないことは知っているようだ。


 それなりに尾張のルールを守っているが、血の気が多いのか喧嘩は絶えないんだよね。


「その方ら仕事はなにをしておる?」


「昨日用心棒をくびになったんだ。こいつのせいでな!」


「なに? もとはと言えば、おのれが悪いんだろうが!」


 益氏さんはそんな血の気が多い連中にいちいち怒ることもなく、話を聞いていく。


 益氏さんって意外と、と言っては失礼かもしれないが、面倒見がいい。荒くれ者が多い若い衆をよく纏めてるんだよね。


「わかった。わかった。その方らに新しい職を紹介致すゆえ、真面目に働け」


「おおっ!」


「真でござるか!」


 どうするんだろうなって見ていると、益氏さんは仕方ないと言いたげに彼らに職を紹介すると言うと、喧嘩をしていたのが嘘のようにおとなしくなる。


「たいしたもんだね」


 益氏さんは牢人たちに多少の銭を渡すと、明日にでも銭湯町の警備兵の屯所に来るようにと言い、この場を収めていた。


「あの者たちも食うに困らねば、そうそう悪さは致しませぬ。ここの警備兵の助っ人として使いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「任せるよ」


 どうも銭湯町の警備兵の助っ人にしたいらしい。ここは中と違い秘密とかないしね。別に構わないだろう。実際問題、警備兵は需要が増えた分だけ人手不足なんだよね。


「しかし、人を使うの上手いね」


 なんというか文官とは違うが、荒くれ者とか上手く使う益氏さんは縁の下の力持ちと言った感じか。


「我らもほんの少し前までは似たような立場でございましたから。あの手の連中は荒事には慣れております。ここのようなよそ者が多い場所では、逆にあの手の連中のほうが役に立ちます」


 益氏さんは戦国時代っぽい人だね。ただウチのルールを理解して、それに合わせることが出来るのが何気に凄い。


 史実の滝川一益が織田四天王とまで言われた理由がわかる。一益個人の能力だけで四天王になれるほど世の中甘くはない。当然、有能な親族や側近に部下が大勢いたはずだ。益氏さんも元の世界の戦国ではその内の一人なんだろう。


「頼むよ。工業村とここは織田領の中でも特に大事だから。儀太夫殿にも次の戦では活躍する機会を与えるからさ」


「ありがとうございます!」


 関東で慶次が思わぬ活躍しちゃったしね。益氏さんにも活躍の機会をあげないとな。


 禄は当然益氏さんのほうが慶次より高いんだけどね。


 武士である以上は、やっぱり戦で活躍したいよね。武功がないと軽くみられる風潮があるし。あまり自己主張しない益氏さんが嬉しそうに笑った。


 工業村に手が掛からないのは益氏さんのおかげなんだよね。一応虫型偵察機は配備してるけど、出入りする人の監視とか問題なくやっていて隙はない。


 次の戦が、いつになるかわからないけどね。その時は、活躍してもらおう。




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