第257話・武芸大会・その八
side:久遠一馬
二日目も武芸大会は大盛況だった。
馬術のあとには槍の試合が行われたが、こちらは現状の戦場で一番使われてる武器と言っても過言ではなく、その分だけ盛り上がったね。
森可成さんに柴田勝家さんとか、他には小豆坂の七本槍と言われる人たちなんかが頑張ってた。
そして今夜も石舟斎さんと出場した家臣の健闘を称えて、うちでは宴会だ。清洲城でも大湊とか願証寺から招いたお客さんとの宴があるが、信秀さんからは出なくてもいいと言われている。
最初に出たいかと聞かれたので、できれば出たくないって言ったんだよね。お堅い宴と気楽な宴会、当然だよね。
「これはまた美味いですな。さすがは八郎殿の奥方だ」
「いや、お恥ずかしい限り」
今夜のメニューはきのこと猪肉の鍋だ。昨日と同じく資清さんの奥さんの手料理だけど美味しい。
他の家臣もみんな褒めていて、資清さんは少し照れたような表情を見せている。
季節の新鮮なきのこと野菜に猪肉を鍋にした物だけど、下拵えもちゃんとしたようで灰汁もない。
天然物のきのこは栽培された物と違い味が濃い。その分ダシもよく出るからちゃんと調理すれば美味しいんだよね。
今日の料理は特に炊きたての白いご飯によく合う。少し行儀が悪いけど、きのこと猪肉をご飯に乗せてダシの出てる汁をかけて一気に掻き込むと最高だ。
ご飯の甘みがうま味に変わるね。
あと鯛のお刺身もある。石舟斎さんのお祝いも意識したのかな? 新鮮だから身がコリコリしてていい。
飲んべえたちはお酒と料理を楽しみながら盛り上がってる。オレは少し嗜む程度しか飲まないけど。
「それにしても土岐家はなにを考えておるのだ? 他国のしかも和睦の場で酒に酔って狼藉を働くとは」
「なにも考えておらぬのであろう」
ご飯を二杯お代わりしてお腹も膨れてくる頃になると、望月さんが昼間の土岐家の家臣の騒ぎについて口にする。しかし資清さんはあきれ果ててか一言で切り捨てちゃったよ。
噂が伝わるのは早い。特に今回みたいに大勢の人が集まれば尚更だ。
武芸大会の市は織田領の領民以外は無税ではないが、美濃や伊勢の商人も集まって商いをしているんだ。すぐに周辺諸国に伝わり、下手すれば京の都にも伝わるだろう。
「殿。美濃に派遣する忍び衆を増やすべきでは?」
「そうだね。任せるよ。ただし、土岐家を刺激しないようにしてね」
「心得ております」
望月さんは美濃がこのまま土岐頼芸の下で纏まるとは思っていないんだろう。情報収集をしてる忍び衆の増員をとの進言があったので任せることにする。
どうも聞く話だと土岐頼芸は、家臣の失態を守護様に指摘されて不満げにしていたとか。あまり刺激して馬鹿な行動をされても困る。
「メルティ。今日の騒ぎを題材にした紙芝居を頼むよ」
「うふふ。任せて」
ただしこの機会を利用しない手はない。紙芝居で織田領内には土岐家家臣の暴挙を知らしめないと。小さな子供とリリーに刀を向けた奴らを許す気なんて全くない。
古い権威にしがみつくだけの土岐家には早めに退場してもらうほうがいいだろう。
ああ、土岐家家臣相手に頑張った警備兵には、後日信秀さんから褒美を与えてもらえるように頼むつもりだ。オレが褒美をあげるより喜んでくれるだろう。
side:織田信秀
「お見事でございましたな」
「憐れよの。せっかく和睦を御膳立てしてやったものを」
城にて招いた客人を歓迎する宴も終わり、わしは守護様の下を訪れておる。昼間の件と今後のことを話しておかねばならぬからな。
昼間の土岐頼芸との話は本当に見事だった。長年大和守家が傀儡にしておったせいか斯波家は侮られがちだったが、それも変わるかもしれぬ。
しかし守護様は、それを喜ぶでもなく頼芸を憐れむとは。
「運もありませんでしたな」
「和睦のために来たものが、朝から酒など飲む方が悪いわ」
確かに和睦の場で朝から酒など飲むほうも悪い。されど運もなかった。警備兵に見つからねばそれで終わった話であろう。
警備兵は一馬の子飼いのようなもの。守護家の権威より
今宵の宴でも頼芸が気分が優れぬとすぐに下がったせいか、童を守った警備兵とリリーの話題で持ちきりであったほどだ。
力を見せて権威を守るのを否定はせぬが、むやみに刀を抜き人を傷付けるよりも慈悲深い者が尊ばれるのは世の常なのだ。
「美濃は攻めぬのか?」
「尾張を纏めて日が浅い現状では時期尚早でございます。それに攻めるならば大垣周辺の国人衆を固めて、美濃国内への調略も必要でございましょう」
「
「上手くゆかぬ時を考えればこそ、今はその時ではないと思いまする」
「慎重じゃの」
問題は家中かもしれぬ。守護様でさえ美濃を攻めるのかと考えたほどだ。他の者などすっかりその気になっておる者が多くて
だが美濃を取るのは時期尚早だ。蝮は手強いし、今美濃と事を構えれば美濃が纏まるかもしれぬ。美濃を取る労で、尾張を疲弊させては駄目なのだ。
いかにせよ頼芸は我慢できなくなり、また動き出すであろうからな。蝮とわしのいずれに先に矛を向けるかは知らぬが。
「そういえば宴に久遠家の者を呼ばなかったの。他国の者に会わせたくないのか?」
「本人たちが望みませんでしたので。元々日ノ本の外に住む者。権威も坊主もあまり興味がない様子」
「わしにはそなたが我が子を案じるようにも見えるの。そなたと久遠家の関係は面白う思える」
皆が一馬に会いたがっておるのは理解しておるが、一馬にその気はないからな。堅苦しいのを好まぬし、名を売るのもあまりしたがらぬ男だ。その割には目立っておるがな。
それにしても我が子か。
少しそう感じる
他の者は一馬を恐ろしいとすら感じる者もおるようだが、わしには三郎と同じく危なげな童に見える時があるからな。
「一馬は某の猶子とするつもりでございます」
「ほう。嫁入りではないのか?」
「あの聡明な奥方たちを敵に回すのは避けたいので」
「確かにそれは気になるの」
武家とは面倒なものだな。わしは必ずしも正妻とせずともよいと思うが、それをやれば一馬がわしを軽く見ておると言われかねぬ。
やはり猶子あたりが適当であろう。先のことは分からぬが一馬とわしや三郎ならば猶子でも十分なはずだ。
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