第254話・武芸大会・その五
side:ジュリア
本当に気分が悪いね。酒に酔って刀を抜く馬鹿が後を絶たないなんて。
武芸大会での乱暴狼藉は許さないと告知もした。禁止したんだけど。馬鹿に酒と刃物は駄目だってことかね。
関東の件もあってアタシが前に出ても止められなくなったから、前よりはいいんだけどね。黙って守られてるのは性に合わないよ。
「お方様。牢人が暴れているとのこと!」
「またかい。行くよ。付いといで!」
「はっ」
また問題を起こした馬鹿が出たか。
報告に来た者に案内させて精鋭と共に現場へ急ぐ。怪我人が出てたらタダじゃおかないよ!
「……あいつ何者だい?」
現場に到着すると十数人の牢人に二人の警備兵が囲まれていたが、牢人が刀で斬りかかると助けに入った連中がいる。
中心人物は結構な歳だ。五十代かね? 動きに無駄がない。
そいつらはアタシの目の前で、あっさりと牢人を叩きのめしてるじゃないか。
見てる場合じゃないね。礼を言わないと。
アタシが警備兵を率いて近寄ると、一党の頭とおぼしき男はじっとこちらを見てくる。アタシを見極めようとしてるのがわかるね。
「助太刀ありがとうございます。私は久遠ジュリア。この者たちの世話をしております。よろしければお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「某は塚原新右衛門卜伝。旅の途中で面白い祭りがあると聞き立ち寄った者じゃよ」
礼を言うついでに名を聞いたら周りがざわめいた。塚原卜伝って剣聖じゃないの!? 足利義輝なんかにも剣を教えたって歴史にあるはず。
「現在、ここでは武芸大会を行っております。よろしければご観覧されませんか?」
「そのつもりで来たのじゃが、凄い賑わいじゃの」
「席を用意致します。こちらにどうぞ」
このまま帰すわけにいかないね。信秀に知らせを出して会わせないと駄目か。石舟斎と違ってすでに諸国に名が轟いてる塚原卜伝だ。このまま尾張を素通りされたら困るよ。
「そなた強いの。見ただけで震えるような相手は久々じゃ」
「塚原様にそう言っていただけるとは光栄の極み」
身分の高い奴の相手は、エルかメルティに任せたいんだけどね。これも巡り合わせか。
アタシのこと一瞬で見抜くとはさすがは伝説の剣聖。周りの連中は弟子か。師である卜伝がアタシを褒めたことに驚いてる奴と驚いてない奴がいる。
戦ってみたい。伝説の『一の太刀』を見てみたい。
でも塚原卜伝の人生を、アンドロイドのアタシが傷をつけるわけにはいかないね。
石舟斎のように若くまだまだ修行中の身であれば、また違ったんだろうけど。
さて、剣聖殿は尾張になにをもたらすんだろうね。
side:久遠一馬
さて、武芸大会のほうは外野の騒動など関係なく盛り上がっている。
「美濃と三河のみなさんの気合いも凄いね」
「ここで名と顔を売れば、立身出世も夢ではありませぬからな。他ならぬ殿が重用されておられることで、新参でも立身出世が夢ではないと思えるのでしょう」
盛り上がりはどの出場者も同じだけど、意外なことに三河勢と美濃勢の気合いも凄い。昨日の弓で優勝した大島さんもそうだけど、他にも本気で勝ちに来てる人が結構いる。
何でかなと少し考えていたけど、資清さんいわくオレが原因らしい。史実の秀吉みたいな感じか?
「それに三男以降はここで活躍して、仕官の口を得て禄を貰わぬと、生涯、
なんというか資清さんは少し遠くを見るような様子で、出場者の気持ちを代弁してくれた。みんな必死なのは見てればわかる。
正直やりすぎだと感じるのは、オレがこの時代の人間ではないことや恵まれているからだろうね。
「もしかして滝川一族からも他に出たい人がいたのかな?」
「いえ、おりませんでした。我が一族は恵まれております。たとえ三男以降でも働きさえすれば禄が戴けますので」
ウチの家中で出たのって、一益さんと太田さんに信長さんの悪友だった尾張の若い家臣だけなんだよね。他の滝川一族と望月一族に忍び衆からは出場者がいない。
大会期間中に仕事を頼んだのもあるけどさ。
終わったらみんなに褒美も必要かな。ちゃんと働きに応じた評価も必要だしね。
「申し上げます! 鹿島新當流の塚原新右衛門様がお見えになられました!」
「はい?」
「鹿島新當流の塚原殿と言えば、天下に名を轟かせておる武芸者でございますな」
石舟斎さんを応援しながら剣の試合を見てると、慌てた警備兵が突然驚くような報告をもたらした。耳を疑い思わず聞き返したら、知らないと思われたのか資清さんが説明をしてくれたけど。
いや、知ってるよ。剣聖でしょ。まさか大会に参加しに来たの?
「誰が応対してるの?」
「今巴の方様でございます! そのまま大殿の下にご案内されるとのこと!」
「わかった。無礼のないようにね」
応対してるのはジュリアかぁ。大丈夫か? 勝負とか挑んでないだろうな。
塚原卜伝に勝っちゃったら騒ぎになるぞ。
うーん。塚原卜伝の経歴って知らんけど、尾張に来たとかいう話あったかな?
ない気もする。ただ北畠とか足利義輝には会ってるはず。途中で尾張を通過しても不思議じゃないか。
まあ歴史自体かなり変わってるしね。歴史にない訪問でもおかしくないけど。
「ああ、塚原殿と一行の皆さんを泊める用意をするように城に連絡して。もし清洲が無理なら那古野城、最悪ウチの屋敷でも」
「はっ。すぐに」
どんな人なんだろう。武芸者にもいろんなタイプいるんだよね。それはそうと塚原さんたちを泊める支度をしてもらわないと。
資清さんに清洲城まで行ってもらうか。
誰かが知らせて支度するだろうけど、みんながそう考えて連絡が遅れたら目も当てられないし。
石舟斎さんに会わせてあげたいな。あとで頼んでみようか。
どうなるか楽しみだ。
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