第202話・西堂丸君、船に乗る

side:久遠一馬


 食後はメロンの出番だ。


 この時代にもうりはある。ただ、元の世界でお馴染みのメロンは明治になり西洋から入ってきた物を日本で改良した物になる。


 今回植えたのはノーネットメロンだ。いわゆる編み目が表面になくツルツルしたメロンになる。


 ただメロンに限らず元の世界の品種って、手間とか肥料とか掛かるんだよね。ビニールハウスもない時代によく作れたね。


「どうぞ~」


「……これはまた甘いな」


「なんと。これほど甘い瓜があるとは……」


 手頃な大きさに切ったメロンをみんなでかぶりつく。


 うん。懐かしいメロンの甘さだ。元の世界だと比較的安価なメロンになるのかな? でも、信長さんや西堂丸君たちは驚いてくれたらしい。


「尾張にはこのような甘い瓜まであるのですか」


「これはここでしか作ってませんよ。試しに作っただけですから。大殿にもまだ献上してませんし。献上する前の味見ですよ。美味しくないものを大殿に献上するわけにはいきませんからね」


 ただ、西堂丸君が勘違いしそうだったので、あくまでも試験栽培であることを伝えとかないと。実際に普及させるのは当分は難しいだろうね。


 信秀さんに献上する前だと知ったからか、西堂丸君たちの顔色が少し悪くなる。大丈夫だよ。ウチではこれが普通だから。


「リリー。これは来年から増やせるか?」


「少し難しいですね~。手間が掛かって大変なんですよ? 作り手を育てないとダメですね~」


 信長さんはさっそく量産させたいみたいだけど。リリーが珍しく困った表情を見せた。多分作りやすい品種なんだろうけどね。


 それでもこの時代だと少し難易度が高いんだろう。




 メロンを食べたし、次は津島に船を見せに行こうか。


 青々と育つ稲を見ながらのんびりと移動する。オレたちは馬に乗るけど護衛は徒歩だからね。


 那古野・津島・熱田の街道整備ができたら馬車くらいは作りたいかも。移動時間が早くなるからね。


「あれが……南蛮船」


「おおっ! なんという大きさ。それに黒い船だとは……」


 津島では南蛮船から荷降ろしをしてる最中だった。ガレオン船から荷降ろしする人足たちで賑わってるね。


 その光景か船の大きさか分からないけど、西堂丸君たちは素直に驚きの声をあげていた。安宅船はこの時代にもあると思うんだけど。北条家も史実だと戦国時代末期には持ってたはず。まだないのかな?


「賑わいも凄まじい……」


 北条家の皆さんは賑わいに驚いているけど、桑名と関係を断ってから来る商人が増えたんだよね。受け入れ能力を超える商人が来てるから賑わいは確かに凄いけど。


「あれは動かせませんが、小さい方の船なら動かせますよ。少し乗ってみますか?」


「本当ですか!?」


 荷降ろし中のガレオン船は動かせないけど、移動用のキャラベル船なら乗せられる。ちょっと走らせて戦国風のクルージングでもしようか。


 津島の屋敷から船乗りの偽装ロボットを呼び、キャラベル船で出港だ!


「あっちの船よりは小さく見えますが、実際に乗るとこちらの船も大きいですね」


「近海だとこの船くらいの方が便利なんですよ。移動用に使っています」


 日ノ本にはない形の帆と動滑車にマストに張られた複数のロープを、西堂丸君たちは見上げたまま信じられないような顔してる。


 少し大袈裟に言えば、未来だとスペースシャトルにでも試乗する感じなのかもしれないね。




「報告! 前方にて船が転覆しております!」


「助けに行くぞ!」


「はっ!!」


 河川から伊勢湾に出て、はしゃぐ西堂丸君たちとのんびりとクルージングしていると、見張りから緊急の報告が。


 みんなで確認すると本当に商船が転覆していて、船乗りが沈みつつある船にしがみついてるよ。オレたちは信長さんの号令ですぐに急行して救助を始めた。




side:北条西堂丸


 尾張は驚きの連続だ。見たこともない物が数多あり、食べたことのない物もある。


 三郎殿が市井しせいの民のような姿で出迎えに来た時には、さすがの大叔父上も驚いていたと思う。


 ただ、尾張の人々は特に驚いた様子はなかった。町を歩けば領民に若様と気さくに声をかけられているし、大きな猪を担いだ男たちがわざわざ献上に来ていた。


 領民が税以外で献上することなど特別なことでもない限りあまりない。裕福な商人ならばともかく市井の領民は食べるので精いっぱいなのは私にも分かる。


 それに、大叔父上は気付いたであろうか。昨日、久遠殿の屋敷で大叔父上が見習えと言った、子供たちに笑顔を与えていた人物が三郎殿だということに。


 久遠殿は言われた。尾張では三郎殿はうつけ殿とも言われていると。確かに武士があのような服装で出歩くなど北条家では許されまい。


 されど領民や孤児院の子供たちに慕われる三郎殿が私は羨ましくて仕方なかった。


 北条家の跡継ぎとして家臣や領民に頭を下げられる事はあっても、あれほど慕ってくれる人が私には居ないかもしれない。




「私たちも手伝うぞ!」


 久遠殿の計らいで南蛮船に乗せてもらえた。聞けば織田家中でもまだ乗ったことのない人が大勢いるらしい。


 そんな折、船が転覆していたところに出くわす。


 三郎殿は自ら指揮をするばかりか、海に飛び込み助けに向かった。どこの船かも分からぬにもかかわらずに。


 ここで見ているだけでは北条家の名折れだ。私も家臣たちも皆に混じって海に漂う人や荷を引き揚げるのを手伝った。


「これでこぼすことなくみなおるか?」


「はっ、はい。この度は本当にありがとうございまする!」


「荷は駄目ですね。海水に浸かりましたから。洗えば食べられるかな?」


 助けたのはなんと桑名の商人だった。織田と絶縁したと聞く桑名の商人ということもあり、船には微妙な空気が流れる。


「よい。桑名まで送ってやる」


 転覆した船は沈んでしまった。引き揚げることができたのは人とわずかの荷だけ。桑名の商人は織田の南蛮船が助けたことで怯えているようにも見える。


 敵国とまでは言えないのだろうが、先の尾張での戦において桑名は織田と敵対していたところに肩入れして絶縁されたのは大叔父上にこの旅の道中で聞いたことだ。




「申し訳ありませんね。皆様方は桑名には上陸をさせられません」


「いえ、構いません」


 そのまま船は堂々と桑名に行くと、攻めてきたのかと騒ぎになる中を助けた人や荷を降ろして津島に帰ることになった。


 三郎殿や久遠殿は降りて桑名の者と話をしたようだが、北条家の者である私たちは上陸の許可ができないと謝罪された。


 ただ、久遠殿が私に声をかける前に奥方であるエル殿に上陸できないか聞いていたのは何故だろう? 敵地とまでは言わないようだが聞かなくても分かるのに。エル殿も困った表情をされていた。


「あの……三郎殿。何故わざわざ桑名まで送ったのですか? 織田と桑名は絶縁しているのでは?」


「絶縁というわけではない。商いの取り引きをしておらぬだけだ。それに恩を売るのは悪いことにはなるまい? 敵対したというだけで全てを根切りにするわけにもいかぬからな」


 ああ、確かに三郎殿の言うことにも一理ある。ただ闇雲に助けて桑名まで送り届けたわけではないのか。


 尾張では弾正忠殿は仏と呼ばれているとか。しかし、ただの仏ではない。少なくとも三郎殿は先のことまで考えている。




 私はこのような人たちと時には争い時には協力して、国を家を守らねばならぬのか。


 果たして私にできるのであろうか。



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