第149話・嵐の前の……

side:久遠一馬


「一向宗か。面倒なことになったな」


「願証寺では僧兵を出してでも服部友貞を捕らえろと、息巻いておる者も数多のようですな」


 翌日はやはり海は荒れていた。


 佐治水軍の海上封鎖は続いているけど、今度は外野であるはずの一向宗が騒ぎだした。


 破門された者が勝手に一向宗と願証寺の名を使うのは何事だと、怒り心頭な人も多いらしい。


 過激な意見と穏和な意見で割れてるとか。


「しばらく放っておいた方が面白そうですけどね」


 今は津島で待機中で、信秀さんは大橋さんの屋敷に滞在して信長さんはウチに滞在してる。信長さんの重臣、直臣の人たちも一緒だ。


 服部友貞と戦するのはそう難しくない。問題は願証寺の混乱をこちらがどう見てどう判断するかだ。


「言いたいことは分かるが、兵を集めた以上は何もせぬまま見ておれば臆したと思われるぞ」


 信長さん以下重臣たちの機嫌はあまり良くない。


 一向宗の内輪揉めに巻き込まれたくないのはみんな同じだが、挙兵した以上は戦果を挙げねば収まらない。


「討ってしまって構わぬでしょう。それより服部友貞の首なり身柄を願証寺に渡して、戦後に責任の問題を話した方が有益です。先に挙兵したのは我々なのですから」


「市江島を正式に織田領と認めさせ、そこから何を得るかですな?」


「はい。表向きは願証寺を立てつつ、こちらは実利を頂くべきです。それに河内一帯の一向宗の影響力を落とすには、織田の力を見せねばなりません」


 オレは放っておいた方がいいと思うんだが、意外なことにエルは主戦派らしい。


 周りの信長さんの重臣たちはエルの好戦的な発言に驚いているが、政秀さんだけはその意図を見抜いていた。


 確かに願証寺を分裂させるには、服部友貞では弱いか。


「しかし、一向宗の一揆が相手となると少々厄介では?」


「服部友貞にそこまでの力はないと思います。願証寺の方でもだいぶ動いているようですから」


 そしてもう一つの懸念を口にしたのは佐久間信盛さんだ。一揆が相手だと敵が死に物狂いになる可能性があることを危惧しているらしい。


 ただ戦場は市江島だけだし、願証寺が服部友貞の破門を市江島の領民に伝えてるからね。よほど領民に慕われた人ならともかく、そうでないなら影響は限定的だろう。


「そういえば服部友貞って領民の評判どうなの?」


「良うありませぬ。冬の流行り病の時も織田領では治療をしておりましたのに、服部友貞は祈祷をすると称して領民から税を集めただけでございましたので、不満が出ておりましたからな」


「つまり自分の名では戦えぬ故に、一向宗の名を使っておると?」


「はっ。そのようでございまする」


 肝心の服部友貞の評判は、資清さんいわく駄目らしい。


 津島に近いからね。隣というか近隣の織田領では手厚い治療をしたのに、服部領では船の通行税が取れぬ代わりを領民から取ったみたいなんだから当然だろう。


 三河ほど酷くないが、長島方面からも少し流民が来ていたはずだし噂は知られてるみたいだね。


「それでは予定通り戦は明日か」


「海の方はほぼ封鎖できてますから、海が穏やかになれば」


 海上封鎖の方はほぼ完璧だ。ウチのガレオン船とキャラベル船も監視と洋上基地として使ってるし、一部の伊勢志摩の水軍には怪しい船を知らせ次第報酬を出している。


 この混乱でウチの荷を運ぶ仕事がなくなって困っているみたいだったから、情報提供の要請を出したら協力してくれた人たちが居るんだよね。


 後は忍び衆とレーダーなんかの情報を少し混ぜると、市江島周辺の情報は全て把握できる。


 ガレオン船には望月さんとセレスを常駐させて、情報の取りまとめを頼んでいるしね。


 この時代では最高レベルの海上封鎖をしているだろう。


 佐治水軍の出動が間に合わなくて兵糧を運ばれることもあるが、その辺りは今後の課題だろうね。




side:望月出雲守


「出雲守殿。船酔いは大丈夫ですか?」


「御方様に薬を頂きだいぶ楽になりました。面目次第もございませぬ」


 南蛮船はまるで海上の城だ。南蛮船に各地から入る知らせを集めて指示を出し、簡単な煮炊きもできるので水軍衆への食事も提供しておる。


 問題は海に慣れぬ者は船の揺れに弱いことか。まさかワシまで船の揺れで気持ちが悪くなるとは。情けない限りだ。


「いや、御立派ですよ。初めての海でこの揺れは厳しいですからな。我らも何度も何度も船に乗り克服したのです。仕事をなされておるだけでも、たいしたものですよ」


 船にはセレス様とパメラ様が何故か同行されておられて、他には船乗りと佐治水軍の佐治殿もおられる。


 久遠家ではお方様たちや船乗りの方が船に慣れておられるから仕方ないが、忍び衆の半分は船に酔ってしまった。これは今後の課題だな。



「そろそろ痺れを切らす頃ですね」


「ですな。南蛮船は目立ちまする。しかも織田の旗を掲げておるのです。織田嫌いの服部友貞がいつまでも大人しくしてはおりますまい」


 この場の大将は佐治殿だ。我らは佐治水軍の支援のために南蛮船を出しておる。


 とはいえ忍び衆は久遠家配下であるし、伊勢志摩の水軍衆は佐治水軍との繋がりから知らせを寄越す。佐治殿もその辺りを理解してこちらに気を使っておる様子。


 ワシは残念ながら海での戦はよく分からぬ。セレス様と佐治殿が事実上決めておるが、意見の対立がないのは少し驚く。


 セレス様が凄いのか佐治殿が凄いのかワシには分からぬが。


「来るとすれば今夜でしょう。海は荒れていて月明かりも今日は期待できない」


「狙いはこの南蛮船ですな。しかし南蛮船を囮にするようなことをしてよろしいので?」


「構いません。火矢程度では沈みませんので」


 どうやらセレス様と佐治殿は、服部水軍を迎え撃つ策を用いる様子。


 南蛮船を囮にして佐治水軍の船で包囲して殲滅か。確かに服部友貞は南蛮船を酷く憎み罵っておるとの噂だ。


 隙を見せれば南蛮船を狙うであろうな。今や南蛮船は織田の象徴的な船だ。これを沈めれば戦の流れすら変わるやもしれぬ。


 まあ、沈められればの話だがな。




「はーい、皆さん。お昼ですよ~!」


「おお、パメラ殿。これはかたじけない」


「たくさん。食べてくださいね」


 パメラ様だけはよく分からぬ。医師としての腕は確かなのだが、わらべのように振る舞うのは何故であろうか?


 それに食事の支度など他の者にやらせればいいと思うのだが。久遠家のお方様たちは御自分で食事の支度をするからな。


「じゃあ、他の船のみんなに届けてくるね!」


 昼飯は握り飯と漬け物に味噌汁か。真っ当に考えたら戦場らしい豪華な食事になるのだが、久遠家だと普段が普段だからな。質素な食事になるのが何とも不思議な感じだ。


 まあ船の上で鯛やら出されても、食べにくくて困るのだが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る