第125話・新たに来た者達
side:久遠一馬
織田家は相変わらず忙しい。分国法を作りながら、三河の一向衆の寺領など一部例外はあるが、検地と人口調査に取り掛かってるためだ。
今回の検地は旧清洲領で検地の経験を積んだ人たちが中心に行っていて、オレたちは直接は行っていない。報告書は確認してるけどね。
エルいわく多少の間違いはあるらしいが、大きな間違いでない以上は修正はしなくてもいいようだ。
他にも清洲の普請と那古野の町の拡張とかも行っている。
「今回は近隣の領民を総動員か」
「冬は直轄領と一部の者しか参加できなくて、不満が出てましたから」
「また取り上げるたわけ者が出るだけだが……。それも狙いか」
「それもありますね。分国法の制定前に見せしめは必要ですから」
冬の工業村や牧場の普請は直轄領とか信光さんとか一部の領民しか集めなかったけど、今回は近隣の領民を総動員した。
季節的にも田畑の世話も必要だし、人を集める範囲を増やさざるを得なかったのもある。
加えて旧清洲方のお馬鹿さんたちを大々的に処分する口実もほしい。エルと相談したんだけど、分国法の制定前に旧清洲方を処分するべきだと考えてる。
その方が分国法に逆らう人も減るだろう。乱暴なやり方だけど力で従えるのが一番みんなに分かりやすい。
旧清洲方のお馬鹿さんたちは、領民が手にした銭や食べ物を取り上げずにいられるかな? そこを我慢したら領地持ちのままで居られるかもしれないんだが。
「クーン?」
そんなこの日だけど、ロボのお嫁さん候補が来た。同じ柴犬の牝犬だ。歳は同じくらいみたい。
ウチと取引がある津島の商家が連れてきたんだ。どこからかロボのお嫁さんを探してると噂を聞いたらしい。
あんまり警戒心なく小首を傾げるロボに、牝犬は警戒した様子だな。ウチの屋敷はロボのテリトリーだからなぁ。
信長さんを筆頭にみんなでロボと牝犬のお見合いを見てるけど、みんな暇じゃないでしょうに。
「グルルッ!」
「クーン……」
お友達が来たと嬉しそうにロボが駆け寄ると、牝犬は威嚇してロボを近づけない。あーあ、そんなに威嚇しなくても。ロボが悲しそうじゃないか。
「駄目かな?」
「すぐに仲良うなるであろう」
「そうですね。様子を見ましょう」
「名前はどうする?」
「ブランカ。もう決めてる」
とりあえず後は若い者同士ということにして、名前を考えようとしたらケティがすでに決めてた。
ロボとブランカって、未来の偉い学者さんが困りそうな気もするが……。まあ、いいか。
新しい家族ができた。二匹のためにも頑張らないとな。
梅雨が明ける前に望月一族と郎党が百人ほどでやってきた。本当に来たんだな。
千代女さんは意外に早くウチに順応して、すでに働いてる。礼儀作法とか得意みたいで、ウチの家臣に礼儀作法を教えるのをやらせてるらしい。
他には尾張見物にも行かせたけど、午後のお菓子を取っておいてほしいと親しくなった人に頼んでいたとか。
それはいいんだが、オレの妾になれないかと期待してるのは諦めてほしい。千代女さんを妾にすると滝川家からも貰わないといけなくなるし、あちこちから話が来そうで困る。
オレとしては一益さんか益氏さん、意表を突いて慶次とかもお勧めなんだが。
「屋敷はまだできてないんで、那古野と津島と牧場に分かれて住んでもらうけどいいかな」
「ハッ」
「出雲守殿には、とりあえず三百貫の禄を出します。食べ物とかウチで扱う酒は別途支給するから」
まあ千代女さんはいいとして望月家の待遇だけど、三百貫から始めることにした。滝川家も最初はそんなもんだったしね。
米とか調味料とか酒とかは支給するから、生活には困らないだろう。
「あんまり無理しなくていいから。とりあえずウチのやり方に慣れることから始めて」
「ははっ」
なんか固いな。もっとこう慶次みたいな人、望月家には居ないのかな? まあ、あとは資清さんにお任せでいいか。
side:望月出雲守
無事に久遠家に仕官できたか。
置いていった千代女が気になっておったが、どうやら上手くやっておる様子。殿に呼ばれることはなかったらしいが。滝川家を見てもそうだと思っておったので問題はない。
近江では氏素性の怪しき久遠家に、望月家が臣従すると噂になっておった。六角家に近い三雲家などは、甲賀衆の品格を下げると文句を言っておったらしいが知ったことか。
所領を維持する人手はあるのだ。文句を言われる筋合いはない。我らは三雲家に臣従した覚えはないのだからな。
「父上。本当に来たのですね」
「当然だ。六角家に付き従っても望月家に先はないからな。御屋形様はもう年だ。世継の四郎様ではどうなるか分からぬしな」
「良かったですわ。父上が来なければ私が尾張望月家を興すつもりでしたから」
「ほう。気に入ったか」
「何もかもが違います。私はもう甲賀の貧しい暮らしには戻りたくありません」
少し見ぬ間に千代女が変わったような。顔色も良うなったか? しかも貧しいか。確かに裕福とは言えぬが貧しいとまで言い切るとはな。
「八郎殿。本当によろしいのか?」
「今更疑っても仕方あるまい。なるべく家中に争いの種を残したくはない。出雲守殿とて今更近江には帰れぬであろう」
久遠家での暮らしは確かに何もかもが違った。
毎日米や魚が食べられて酒も飲める。しかも我らばかりではなく下働きの者までだ。道理で誰も裏切らぬはずだ。
どこぞの間者が久遠家の下働きの者に、銭で内情を聞かんとして断られたとの話は聞いたことがある。忠義以前に損得勘定で割に合わぬのだから口を開くわけがないか。
尾張に来て数日が過ぎた頃に八郎殿に呼ばれた。用件は久遠家の領地をワシに任せたいとのことだ。さすがに信じられなく驚いてしまった。
望月家の名があるが新参者だぞ。
「望月家は昔から馬の世話が得意であろう? あそこは優秀な馬や牛に子を産ませて育てる場所。望月家の方が上手くやれるはずだ。他にも日ノ本にはない野菜など育てておって大変だが、やり甲斐はある」
「確かにそうではあるが……」
「殿は工業村の代官でな。滝川家だけで、牧場村、工業村の両方を守るのは大変なのだ。金色酒や金色砲の秘密を探る者があちこちに来ておるからな」
「分かった。しかしそこまで大変ならば、滝川家と望月家の忍びを一つにするのを急がねばならぬな」
「ワシは元々はただの土豪でしかない。本音を言えばワシが出雲守殿に、仕えてもいいくらいなのだがな」
「八郎殿に先見の明があったのは確かであろう。そう心配なさるな。ワシの方で滝川家を立てて上手く準備をしよう。甲賀からはこの先も人が来るであろうからな。我らがつまらぬ争いをしておっては付け入る隙を与えてしまう」
確かに我が望月家は代々馬の世話をしておるが。
なるほど。八郎殿が殿や織田の若様に気に入られておるのは、つまらぬことを考えず久遠家に尽くしておるからか。地位があがれば
久遠家はこの先更に注目を集め、秘密を探る者が増えよう。望月家と滝川家の忍びを一つにして、外からの忍びに対処せねば大変なことになるな。
「無茶はしなくてよい。殿はそこまで望んでおられぬ。捕まって殺される前に逃げて戻れと仰せになるお人なのだ」
「それはまた……素破にそこまで言う方は初めてだぞ」
「だから甲賀から人が集まるのであろうがな」
やはり久遠家は何もかもが違うな。素破・乱破と
やることは山ほどあるな。家臣とは別に忍びの組を作り、八郎殿を頂点として一本化しなくては。
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