第123話・後始末の状況と人質千代女
side:久遠一馬
「食料をすぐに取り寄せますので、領民に分けてください。できれば村と田畑の再建をする賦役の報酬として、分けてください」
梅雨の中休みのような天気のこの日、オレは信秀さんの命令で上四郡の岩倉領に来ている。
目的は上四郡の視察と山の村の建設候補地の選定だ。しかし先日の内戦の跡地も酷いと滝川忍軍から報告があったので、来てみると田畑と村は荒らされ、唯一残された小さな寺で村人が肩身を寄せ合いながら困窮していた。
「はっ。しかし、よろしいのですか?」
「殿にはオレから話します。ただし、ちゃんと領民に分けること。中抜きして取り上げるのは、絶対にしないようにお願いします」
滝川忍軍の報告通りだな。案内役には山内さんが付いた。どうもあの山内一豊の親父さんらしい。他にも村の土豪領主も姿を見せていたが、誰も村の再建をやろうともしてなかった。
岩倉も守護代家でなくなり、領地を名目上あった上四郡から実質的な分に減らされて大変なのは理解する。独立領や弾正忠家と双方に臣従していた者は、弾正忠家の直臣になったからね。影響力は確実に落ちてる。
でもこれでは岩倉領内でまた問題が起きるぞ。信秀さんからは、これ以上岩倉の騒動は不要だと言われている。
オレで判断できることはやっていいとの許可も、当然もらってるからね。
「では近隣から先に運ばせましょう。しかし今年の米はもう間に合わぬかもしれませぬな」
「大豆ならば間に合うのでは? 大豆だけだと苦しいでしょうが、ウチで多少色を付けて買い取りますよ」
当地の領主は駄目だな。何故、村の一つや二つをわざわざ再建せねばならないんだって顔をしている。
ただ山内さんは概ねオレの意図を理解してるみたいで、率先して動いてくれそうだ。ここで動かないと影響力がまた落ちるからね。山内さんも真剣だ。
「ケティ。どう?」
「みんな弱ってる。時期的に食中毒も起きてるから、治療が必要。それと野晒しの亡骸は埋葬しないと駄目」
「亡骸でござるか?」
「疫病のもとになる。とくにこれからの季節は危険。埋葬して」
「はっ。すぐに手配致します」
状況は事前に知ってたからね。ケティと助手として滝川家の女衆を連れてきたけど、あんまり良くないらしい。
戦場の跡地には服や武具を剥ぎ取られ、放置された遺体がまだある。地元の人は片付けるどころじゃないからなぁ。
山内さんは大忙しだ。ちなみにオレたちは伊勢守家に頼むしかできない。織田一族だし命令権までは明確には多分ないはず。
ただ信安さんには信秀さんの書状を届けたから、実質オレの頼みは信秀さんの命令に近いのかもしれないが。
「このようなことまでするとは、思いませんでしたな」
「三河や美濃の領地では昨年からやってますよ。最低限ですが食べさせることをしてれば、領地は安定しますから」
山内さんはやはり優秀だ。近隣の土豪に雑穀の兵糧を借り受けることで、数時間で炊き出しができることになった。
エルとケティに侍女のみんなで、雑炊を作って食べさせていく。その間に近隣の土豪が寄越した人たちで野晒しの遺体を埋葬して、当地の村の和尚さんが供養している。
山内さんウチに欲しいな。でも、無理かな。山内さんが居なくなったら岩倉が傾きそうだ。
「大殿が仏と言われる由縁はそこですか」
「食料は諸国の中から安いところを探して買ってます。代金はウチが稼いでますしね」
山内さんはいいが、下手に借りを作れば後が怖いと考えて、こちらのやり方を否定する土豪も居るんだよね。
三河や美濃でもそんな人が居たらしい。尤も周りの領地の領民と自分の領地の領民の生活に明確な差が出ると、このままでは大変なことになると理解して頭を下げてきたけど。
本当独立意識の強い人が多くて大変だね。
side:望月千代女
久遠家は本当に変ですわ。人質としての慎ましい暮らしを送るはずが、下女のような仕事をする羽目になるとは。
でも文句は言えません。久遠家では殿やお方様たちですら働いてますから。掃除も殿やお方様たちが自ら参加なさいます。人が居るのですから任せればいいと思うのですが。
ただ禄はいいです。私だけではなく連れてきた侍女のせつにまで禄が出ます。それと久遠家は食事が普通ではありません。
大事なことなのでもう一度言います。食事が普通ではありません!!
甲賀では我が家ですら、魚など祝いの日にしか食べられないのに、久遠家では毎日魚が食べられます!
それと一日の食事は三度。朝は玄米を食べて、昼は麦やそばの粉を使った料理、夜はなんと白い米が毎日食べられるのです!!
昨夜は魚の味噌漬けを焼いたものでしたが、あれほど美味しくご飯に合うとは初めて知りました。人質なので粗末な雑炊かと思っていたのですが。さすがは南蛮の船を持つ久遠家です。
話に聞いたところによると、久遠家では日々の料理に砂糖を使うとか。高価で私ですら口にしたことがなかったのに。
「姫様! 姫様! 今日の菓子を頂いて参りました!」
「これは……何でしょう?」
「えーと。かすてらと申す菓子だとか。何でも
いつの間にか菓子の時間ですか。侍女のせつが私の分と自分の分の菓子を頂いてきました。
久遠家ではお方様たちから下男下女まで、毎日菓子を食べます! 噂で聞いた六角家の御屋形様のところよりも、多分凄い菓子を毎日です!
「ああ……。美味しい」
「この紅茶という明のお茶も合いますね!」
「人質のはずが、こんな美味しい物が頂けるなんて……」
「誰も逃げ出さないはずですね。ここから逃げ出せば、また味のない雑炊の暮らしに逆戻りです」
こんな柔らかく甘い菓子は初めてです。そもそも甲賀で菓子など食べたのは、いつのことだったでしょうか。
我が望月家は、甲賀では名の知れた家のはずなのですが。久遠家の下男下女より貧しい暮らしだったとは……。
恐るべし織田家。恐るべし久遠家。
「父上たちはいつ来るのでしょうか? まあ来なければ来ないでこのまま私たちだけでも、久遠家に仕えてもいい気がしてきました」
「来ますよ。必ず。殿は久遠家のことを、慎重に調べていましたから」
仕事は様々です。商いの仕事から殿が代官をなされてる領地に関する文官のような仕事、家中の者に礼儀作法を教えることまで。
これでも私は甲賀望月家の娘。六角家の御屋形様にもお目通りしたことがあります。礼儀作法ならば得意です。
八郎様の奥方様は家中の取り纏めで御忙しいようなので、家中の者たちの礼儀作法を任せてもらえそうです。
殿は人質に価値をあまり見出してないご様子ですから、父上の気が変わって尾張に来なくなっても私が甲賀に戻らなくていいように、久遠家に私の居場所を作らねば。
甲賀に帰るように言われるのは嫌です。どうせ帰っても、貧しい土豪に嫁がされるに決まってるんですから。
「せつ。このあとの予定は?」
「牧場村に行って、孤児たちに字を教えてほしいそうです」
「分かりました。参りましょう」
夜伽ができぬ以上は働いてお役に立たねば。
聞いたところによると、殿にはお方様が百人以上居るとか。それほど女好きならば、私も妾にしてくれればいいのに。容姿には自信があっただけに残念です。
でも、まだ機会はありますわよね?
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