第105話・久遠家の一幕
side:久遠一馬
「何を考えているんだか……」
岩倉が割れたのか。弾正忠家への臣従に反対する者が岩倉から離反して反旗を翻したらしい。
「戦わずして降るのが嫌なのでございましょう。それに伊勢守家が弾正忠家に降れば、その家臣は弾正忠家の陪臣になりまする。立場も下がりますからな。連中の理想は大殿に認められて、 弾正忠家の直臣になることかと」
「そこの感覚が理解できないんだよね。勝ち負けも読めずに命令にも従わない人なのに、戦が終われば許されて臣従できると思ってるのが不思議だ」
「ご自分の家柄や力量に自信でもあるのでございましょう。降伏して臣従することで直臣になることもありますので」
岩倉は弾正忠家からの援軍も断り、家中の問題だからと自力で解決するつもりみたい。
まあ岩倉の動きは分からなくもないが、離反した人たちの考えは理解できない。そんな戦馬鹿を信秀さんが必要としていると思っているのかな?
一益さんはそれなりに気持ちを理解するらしいが、オレにはやっぱり理解できない。
こんなことばっかしてるから、戦国時代が終わらない気がしてならない。
「殿とは合わないでしょうな」
「そうだね。ウチには要らない人だ」
と言うかまだ田植えも、終わってない時期なんだよ。離反した者を戦で鎮圧するらしいけど、知らせが届いて一週間。まだ戦は始まってない。
さっさとやれよ。と思うのはオレだけ?
「それにしても、また子供が増えたね?」
「甲賀の里より、また人が来ましたので」
「人質か。本当はあんまり好きじゃないんだけどね。そういうの」
まあ岩倉はいいや。早いとこ片付けて山の村を作りたいけど。口出ししたら面倒なことになりそうだし。
それより気になるのは、最近知らない子供が増えたことか。ウチの家臣とかその配下とか、とにかくウチに仕えてる人の子供たちには教育を受けさせるために、集めて勉強や武芸を教えている。
その子供の数が最近また増えてるんだよね。
どうも滝川家で使ってる忍者の家族らしい。人質とか取るの嫌なんだけどね。滝川家の問題だから、口出しはしてないけど。
「人質と見るか、養っていると見るか、保護していると見るか。見方はそれぞれかと。殿のお考えもありますので、待遇はかなり良いですし」
「まあ、養ってるといえばそうもなるのか。だけど教育を受けさせないと困るだろ。ウチは土地もないしね」
「それでも他ではあり得ませぬ。
素波と呼ばれる忍者もなぁ。創作物に出てくるほど、優秀でも忠実でもないんだよな。一言で言えば野盗や賊と大差のないモラルと仕事らしい。
そもそもが武士ですら乱取りや刈田狼藉が当たり前な時代だ。元の世界では、実力で他人の物を奪い取るなど強盗以外の何物でもない。それを統治者である武士が平然とやってるんだからね。日陰者の忍者にモラルなんかあるはずがない。
「うーん。ちゃんと働く人には、表の身分を与えないと駄目だね。禄も固定の禄と任務の報酬を、きちんと決めた方がいいかも。あと引退後の仕事も世話しないと駄目か」
「……何故そこまでなさるのでございますか?」
「働きには正当な評価が必要でしょ。それに身分や暮らしが安定すれば、余程の阿呆以外は簡単に裏切らないんじゃない?」
ただ忍者にモラルを求めるなら、その前に待遇面の改善が必要不可欠だと思うんだよな。単純な報酬だけじゃなくて、身分とか引退後の生活の保障とかさ。
別に自由と平等なんて概念を、この時代で言うつもりはない。ただ最低限の衣食住を保障すれば、神様の如く拝まれるのがこの時代なんだよね。
忍者というより諜報員と考えれば、待遇はもっと良くてもいいはずだ。
「それはそうと、次々と尾張に人が来てるけど、六角家から文句が来ないかな?」
「特に文句が来ることはないでしょう。素波がどこに行こうと、興味などありますまい。食えねば身内の領内ですら荒らしますからな」
「そうか。なら八郎殿とも話して、ちゃんと働く人で問題なさげな人から待遇を改善しよう」
忍者の運用は滝川一族にお任せだ。ウチとしてはお金とバックアップをして、忍者をそれなりの組織にする手助けがいいだろうね。
河原者とかもそうだけど、何かといえば身分やなんかで区別するからな。この時代は。ウチはそんな人材を上手く使わないと。
戦で首を取ることしか考えないアホは、ウチには要らんからね。
side:太田牛一
「おお、又助殿か。如何した?」
「実は少々困っておりまして」
久遠家は某の予想を遥かに超えておった。武家とは言えず商家とも言えぬ。南蛮流なのかは知らぬがな。
仕事は山ほどある。久遠家は多くの役目を持っておるが、それを担う家臣がまだ多くない。某に向くような仕事が多く働き甲斐はあるが。
「旧大和守家の家臣から、一族の子弟を久遠家に仕官させてほしいと頼まれてしまいましてな」
「またか。実はワシのところにも来ておるのだ」
ただ問題は久遠家が弾正忠家に次ぐ財力があるのを、尾張の者たちが気付き始めたことであろう。
元々守護様の家臣だった者たちは守護様が口利きをして弾正忠家に仕えたが、元大和守家の家臣たちは冷遇されておる。
理由は幾つかある。弾正忠家が清洲を落した直後に久遠家が流行り病対策に乗り出したのだが、お方様が指揮を取るのを不服として従わなかった者が出たことが一つ。
それと旧大和守家の領内で行われた検地で、非協力的な者が居たこともある。
おかげで織田の大殿は、旧大和守家の家臣を役職から解いて冷遇しておるのだ。所領の安堵はしており、文句を言うのは筋違いのはずなのだがな。
しかし領主が代わり役職を解かれた者など、商人は見向きもしなくなる。何かと贅沢をしておった者は不満を感じるが、できるのはせいぜい愚痴を溢して、一族の子弟を弾正忠家の有力な家に送ることくらいだ。
ただ、久遠家は尾張の者とはあまり繋がりがないので、某のように顔を知る程度の者にまで、久遠家への仕官の取り次ぎを頼む始末だ。
「やはりそうでしたか」
「申し訳ないが旧大和守家の者は、今のところ受け入れておらん。最初の数人は殿が会われたのだがな。家柄を笠に着たたわけ者が居てな。以降は会わなくなられた」
「なんと愚かな」
「殿は元商人でワシは土豪。家柄を自慢するような者は邪魔にしかならぬ。それに当家は秘密が多いからな。中途半端に血筋や縁戚が複雑な武士よりは、農民の子の方がまだ使いやすい」
まあ取り次ぎをしてやる義理もないが、話だけは通しておこうとしたが、すでに問題を起こしておったとは。道理で新参者のワシにまで話が来るわけだ。
「又助殿は守護様の感状もあったし、家柄を自慢するような真似はしなかったからの」
「では無理だと断っておきまする」
「そうしておくといい。ああ、銭や何やらと半ば無理やりに貰っておるなら、殿に報告だけはしておけ。返せとも寄越せとも言われぬが一応な」
滝川殿は近江から来た新参者。端から見ても久遠家は人が足りぬように見えるのだろう。今ならば久遠家で重用されると勘違いしたのであろうが。愚かな。
殿も織田の若様も滝川殿を信頼されておる。恐らく誰が来ても滝川殿の下にしか置かれまい。
実際滝川殿は殿にそして久遠の家にも、よく尽くしておる。代わりはそうそう見つかるまいがな。
現状の久遠家では人手は足りぬが、安易に家臣も増やせぬと。
人は増やしておるが、家柄を自慢するような者は素直によそ者には従わぬしな。旧大和守家の者たちは戦で手柄を立てるか、このまま没落するか。
こうして見ると守護様が、家臣を弾正忠家に仕えさせたのは正解かもしれぬな。
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