第91話・工業村の内情と……
side:久遠一馬
工業村の方も順調に稼働している。もちろんこちらも専門のアンドロイドが来て指導している。
現状では製鉄・精錬・鋳造という三つの作業を主にしているけど、織田弾正忠家の領地に専門の職人が居なかったこともあるし、鋳造以外はこの時代の日本にはない方法なだけに、鍛冶職人などから集めた人を育てないといけない。
もちろん機密保持と引き抜き防止のために、今後に期待して結構な報酬を払ってるから、下手な武士より高給だろう。
「酒場に風呂屋に飯屋か。何でもあるな」
「遊女屋も建てますよ。なるべく外に出なくてもいいようにね」
ただ今日はこっちの居住区に視察しに来た信長さんも驚くほど、中もいろいろな施設がある。
職人たちには少し前から技術指導してたし、彼らの意見を聞きながら高炉の排熱を利用した風呂屋を筆頭に、酒場や飯屋など造った。今は遊女屋を建ててる。
「遊女屋か」
「遊女の環境が悪すぎる。この機会に環境を改善するべき。それに秘密が漏れるのは女からの可能性が高い」
信長さんは遊女屋と聞き、チラリと一緒に居るエルとケティを見た。あまり女性に聞かせる話じゃないしね。
恐らく信長さんクラスになると、下手な女とは遊ぶなと言われてるんだろう。暗殺や毒殺に病気とか、立場的に気を付けなきゃダメだからな。
ぶっちゃけこの時代は、貞操観念とか未来と全く違うから、巫女や尼さんですら普通に身体を売る。なんでもありと言えばなんでもありな時代だからね。
ちなみに工業村に遊女屋を作る案は、ケティが言い出した。どうも、遊女の病気調査をこっそりしたらしく環境改善をしたいらしいね。
清潔で健全な遊女屋を作れば、遊女の環境改善のテストになるし、秘密保持になり一石二鳥になると。
遊女も尾張内から仕事として女性を集めるようで、報酬も一般的な遊女より良くして、定期的な健康診断なんかもするらしい。
「うむ。まあ良いのではないか」
女性のケティが遊女の問題を訴えると、信長さんは少し困った表情を見せつつ曖昧な返事をした。
さすがに戦国時代の人間には今一つ理解できないんだろう。やりたいならやればいい、という程度に考えてるのかもしれない。
まあ職人には高給を出すからね。その銭を工業村の中から回して、やがては尾張に回していくのは必要だろう。
どのみちこの時代の人間は、戦でもない限りは村や近隣から出ることはまずない。工業村の中に必要な施設があれば、出ないで引きこもる人が多いだろうね。
「それはそうと水車を、まだ増やすのだな」
「まだまだ増やしますよ。全然足りてませんので」
やる気のケティに信長さんは反応に困るのか、話を変えた。
工業村にはすでにいくつか水車があるが、新しい水車をまだまだ増やしてる。現状で稼働してるのは隣接する川に建てたものだ。汲み上げた水は工業村の内部と、水路を作り少し離れた場所にある牧場に流してるんだ。
その水路にも水車を作る予定。工業村の中の水路には隣接する川の堤防と同じローマン・コンクリートを、テストとして使った。
評判は上々だね。水路なら多少ヒビが入っても問題ないし悪くない。
あと高炉の方は順調だけど、燃料のコークスを節約するために熱風炉三基作ったし、送風装置としてペルトン水車に近い物になったみたい。
完全にオーバーテクノロジーだね。ただ日本で木炭製鉄は、この先の人口増加を見込むとかなり危ない。
高炉に関しては南蛮の技術を発展させたから、南蛮にもないかもしれないと信秀さんと信長さんには伝えてある。このまま高炉製造は久遠家の技術にして、運用を織田家に任せるつもりだ。
いつまでこの高炉が使えるか分からないけど、高炉を廃炉にするときは技術の証拠を一切合切消さないと、後世で騒ぎになるかもな。
エルはバレても問題ないと言ってるけど。上手く歴史学者が辻褄を合わせてくれるだろうってさ。
ただ、この時代だと高炉の運用は、全て人の手により行われてる。川舟でコークスとか鉄鉱石に粗銅などが運ばれてくるし、高炉に鉄鉱石やコークスをくべるのも人海戦術でだ。
すっかりむさ苦しい男たちの姿が目立つようになったね。
あれこれと手広く働くようになったこの頃からだけど、夜は基本的には那古野の屋敷で寝泊まりしている。
夕食を食べてお風呂に入って夜のお勤めになるわけだけど……。
正月以降、少しウチの状況が変わった。
一つはアンドロイドのみんなが、交代しながら尾張に来るようになった。毎回十人くらいで南蛮船で来ては、次の船で交代して帰っていく。
それまでは飛行機でこっそり夜に来ては、朝の前に帰っていたんだけど。堂々と来るようになったわけだ。
不思議なもので津島や那古野では、エルたちのような南蛮人の女性が当たり前になりつつあり、過度に騒がれることが無くなった。
百二十人が一度に集まったインパクトに比べれば、慣れてきたのだろう。
もちろん交代で来てるみんなにも侍女さんや護衛が付く。毎回十人が尾張に居ると考えて、人を上手く配置してるみたい。
まあ中には一人で散歩に出掛けてしまい、慌てて護衛が追い掛けるなんてこともあるらしいけど。
尾張に常駐しないメンバーからすると、ちょっと休みに遊びに来るようなものだからね。
「問題は輸送か」
「この時代ですと道が良ければ、攻められやすいと考えます。経済や輸送の良し悪しによる発展など、ほとんど誰も考えてませんね」
那古野の屋敷のお風呂は、未来から比べるとちょっとした温泉のように広い。そんな理由もあって、いつの間にかお風呂はアンドロイドのみんなと一緒に入る習慣になっていた。
燃料の節約になるし、そもそもある程度身分がある人は一人では入らないらしい。ウチも住み込みの侍女さんとか居るから、放っておくと彼女たちが世話にくるんだ。
決して下心からオレが要求したわけではない。
ただ人は慣れる生き物なんだなと、戦国時代に来て学んだ。戦国時代の残酷な価値観とか、毎晩夜の相手の女性が変わることとか。かなり慣れてきた。
まあ、慣れるまではいろいろあったけど。滝川さんたちが来た頃は、夜も寝所の隣に寝ずの番を置こうとしたりしたしね。さすがにそれは断ったよ。
「もうゴムの利用始めたら? ゴムがあればタイヤも使えるし、かなり変わるわよ。それに欧州にはもうゴムがあるはず。使い方を知らないはずだけどね」
お風呂はオレとアンドロイドたちだけになる時間だ。
最近ウチにも人が増えたオレたちが、人払いしなくても話せる貴重な時間でもある。
この日は輸送について話してる。野砲と抱え大筒を配備したのは良いけど、弾と火薬とか運ぶ必要もあるんだよね。
荷車は全くないわけではないけど、ほとんど普及してない。理由は道路事情が良くないことだろう。
この時代の武士は、自分の土地をいかに守るかしか考えてない人が多すぎる。
信秀さんと信長さんには、道路整備の利点は少しずつ説明している。領内の輸送が楽になれば経済的な利益が大きいし、逆に迅速に軍の派遣もできる。
二人は興味と理解を示すんだけどね。問題はこの時代の領地は意外に複雑だということ。織田弾正忠家の直轄領もバラバラに飛び地だし、家臣の領地があちこちにあってごちゃごちゃなんだ。
結局信長さんのお膝元の那古野から清洲への道と、那古野から工業村への道を整備して試すことしか現状ではできない。
家臣の理解が現状だと得られてないからな。そう考えると史実の信長さんが、独裁的な政治をした気持ちが分からなくもない。
大半の武士は、経済を理解してる・してない以前の段階だからな。
「うーん。どうしようか」
「一部で使って試すのはアリかもしれません。医療技術は進める予定ですし、現物を織田家とウチで管理して使う分には影響は限定的でしょう」
大八車くらいを普及させて、一部でゴムタイヤの使用を検討するのが現状のベターな方針かな。ただ、タイヤにゴムタイヤを利用するのは摩擦係数を増してスリップしないようにするためだからな。意味があるのかな?
さてと、のぼせる前に上がりましょうかね。
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