第52話・清洲騒乱

side・久遠一馬


 知多半島の水野みずの家と佐治さじ家の織田弾正忠家への臣従が正式に決まり発表された。


 まだ伊勢との国境の服部はっとり家が残るが、これで尾張下四郡は大半が織田弾正忠家の支配下に入ることになる。


「随分と銭が出入りしておるが、知多半島の臣従と三河安祥あんじょうと美濃の大垣おおがきの安定を考えると安上がりだな」


 水野家は同盟を組んでいたとはいえ、以前は三河の松平家と同盟していたはず。


 知多半島自体は米があまり育たないので、信秀さんは価値があると思ってないのかもしれない。でも情勢次第で敵対する可能性もあっただけに、臣従という形で支配下に組み込めた影響は大きいだろう。


 佐治家は佐治水軍を率いて伊勢湾の海運に関わるし、両家の臣従が織田弾正忠家に与える影響は、もしかすると彼らが考えてる以上に大きいかもね。


「とはいえ知多半島は米もあまり取れぬ。何か食わせる策はないか? やはり銭と兵糧で賦役をさせるがいいか? せっかく臣従したのだ。今までと変わらぬのでは、どうなるか分からぬからな」


「いえ、知多半島ではそこまでしなくてもよいと思います。当面は漁業に力を入れるべきです。津島では大型の網が成果を出してます。それを貸し与えることですぐに利益は出ます」


 支配地域が広がり織田弾正忠家の者は喜んでいるが、この日信秀さんが遠乗りで那古野のウチの屋敷に来た。


 とりあえず温かい麦茶と菓子を出して話をすると、知多半島の話になる。


 信秀さんとしては三河と大垣と同じ方法で、てこ入れを考えてたみたいだけど、オレがエルに意見を聞くとそこまで必要ないらしく別の策を提示してくれた。


「ああ、あれか。確かに評判はよいようだな」


「陸地は平地より山の整備が必要です。山に木々がない場所が多すぎます。土砂崩れなど起きやすいようで、危険な場所が多く平地より先に手を付けませんと駄目ですね」


「あそこは古くから常滑焼がある」


「山に木々を植えつつ、一部は柿やみかんに桑の木を植えましょう。将来的には銭になりますから。あとは畑ならば野菜で、あまり水が必要ない物もあります。米や麦の畑を増やすのは、山を整えてからの方がいいと思います。どちらにしても裏切らぬように配下に組み込むのに、数年は必要でしょう」


 淡々と説明するエルの話を信秀さんは静かに聞いてる。多分意見が聞きたくて来たんだろうなぁ。


 オレもそこまで深く考えてなかったが、知多半島の整備は時間がかかるみたい。


 海があるから漁業を主力にして、陸地は地道に整備するしかないだろうな。漁業の方はそろそろ将来を見据えて、産卵期に禁漁にすることとか、稚魚とか根こそぎ捕らないことを教えないと。


 はげ山の件もそうだけど、やり過ぎたらダメだって概念があまり無いみたいなんだよね。この時代。


 養殖もできれば教えて、試す必要があるだろうな。


「それとな。五郎左衛門にも言ったことだが、清洲が何やら企んでるらしい。今回の臣従で暴発するかもしれん。くれぐれも気を付けろ」


「大人しくしてれば、こちらから討つ大義名分はないんですけどね」


「ワシに頭を下げるのが嫌で、隙を窺っておる連中だからな。南に不安がなくなり、西と東も攻める気配がない。流石に愚か者でも狙われておると気付くらしいわ。岩倉は動かん。暴発したら一気に落とすぞ」


「戦になった場合にお願いが。町を焼かぬことと乱取りを禁止できませんか? 領民のために戦うという大義名分で」


「うむ。面白いかもしれぬな。だが城は無事では済まぬぞ」


「城は構わないでしょう。戦なのですから」


 信秀さんが来た訳は知多半島の問題だけじゃなかった。


 清洲が本当に暴発しそうなんだよね。こちらの超小型の虫型偵察機でも密談してるのを掴んでる。


 信秀さんも知ってるということは、清洲内部に内通者が居るのかもしれない。




side・坂井大膳


「馬鹿な! 水野と佐治が信秀に臣従しただと!?」


「はっ。三河の矢作川西側は、以前にも増して安定しております。守勢に転じて大規模な戦が無かったことと、領内の賦役で食べ物を配り、流行り病の手当で形勢は完全に織田方です。水野家はそれを見て臣従を決めたようでございます。佐治家も元々信秀に協力的なれば……」


 信秀め! 本気で尾張を統一する気か!?


「すぐに清洲中の……いや津島と熱田にも行き、買えるだけ米を買ってくるのだ! 銭も借りてこい! 急げ!」


 戦になる。間違いなく戦だ。籠城するにも戦をするにも兵糧も銭も必要だ。急がねば商人が逃げ出す。


 城に行き守護代様に伝え支度をさせねば。




「守護代様。信秀と戦になるやもしれませぬ。急ぎ準備を」


「何故戦になるのだ! 大膳! ワシは医者を寄越せと言うただけぞ!!」


「水野と佐治が臣従致しました。これにより尾張南部はほぼ信秀の支配下に収まりました。三河も美濃も現状維持なのです。奴は間違いなく尾張を制するつもりです」


 全くこの御方は。守護代という地位も主家という立場も、最早信秀には邪魔なのだと何故分からぬのだ。


 今思えば信秀は美濃の大垣と三河の安祥を手に入れてから、ずっと尾張統一を考え機会を待っていたのやもしれん。


 クッ。あの男だ! 久遠一馬!! 奴が来てから信秀は急に動き出した!


 多すぎる信秀の銭も兵糧も、あの男がもたらした交易品を売った銭で手に入れたのではないのか!?


「ならぬ! 戦などならぬぞ! 勝てる訳がない。使者を立てよ!」


「那古野との境には、すでに砦が建設されております! 今戦わねば戦にもならなくなります!」


「殿! 一戦交えることをせねば、和睦すらできませんぞ!」


 殺しておくべきだった! 奴が津島で一人で出歩き遊んでいると聞いた時に、殺しておくべきだった!


 悔やんでも遅い。他の者は一戦交えて引き分け、守護の名において和睦をして収めるしかないと言うが、信秀が和睦になど応じるか?


 ワシが信秀ならば応じぬ。


 どうする。間者を使って那古野の病人を毒殺するか?


 それでは間に合わぬ。信秀と久遠一馬の首を取るような、手はないのか? 何か手は……。


「貴様たちが勝手なことをするからであろうが! 大膳! 戦はならぬぞ! 責任はそちが取れ!」


「今戦わねば、どのみち信秀に屈することになります」


「だからどうしたというのだ!? 信秀に頭を下げたくないのはその方たちであろう? ワシは元々養子だ。大和守家がどうなろうが知ったことか!」


「ええい。守護代様はお疲れだ! 奥にお連れして休ませろ!」


 守護代様はもう駄目だ。それでも家中は戦する気か。


 だが勝てぬぞ。どうする!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る