第45話・清洲と坊さんと流行り病と

side・坂井大膳


「大膳! 信秀は何故医者を寄越さぬのだ!」


「向こうもそこまで余裕がないとのこと。本音は医者をこちらに出す気はないのでしょうな」


 全く、嫌な時に嫌な事が起こったものだ。弾正忠家の力が増してる最中に流行り病とは。


 それに、まさか信秀の警告が本当だったとは思わなんだ。


 そもそも美濃攻めを止めたことが不自然なのだ。素直に美濃と三河を攻めていればいいものを。奴が清洲に目を向けたのかと疑ったのが仇となったか。


「大膳! なんとか致せ!」


「とおっしゃりましても銭を出せば、薬くらいは売ってくれるやもしれませぬが。岩倉にも売っているようですから。ただし安くはありませぬ」


 全くこの御方は。敵に医者を差し出す馬鹿がいるものか。


 まして医者は家臣の妻なのだぞ? 下手に出せば人質に取られるのが、目に見えてるではないか。


 しかも我らは日頃から形だけの主家という立場で、嫌がらせをしているのだ。助ける訳が無かろう。


「流行り病にかかった者を隔離するしかありませぬな。信秀は隔離したうえで治療をしてますが、清洲は人が多く治療までは難しゅうございます」


 流行り病の対処は古からそう変わるものではない。


 そもそも高価な薬を農民に与えるなど愚かなことを。どうせ死ぬのはほとんど役に立たぬ老人と子供であろう。問題はない。


 いや、隔離ではなく流行り病にかかった役に立たぬ老人を、信秀に無理やり押し付けるか?


 拒否すれば信秀も見捨てたのだと言えるし、受け入れたら嫌がらせにはなろう。少し考えてみるか。


 それにしても守護代様は何かと信秀と御自分を比べておられるが、守護代様に信秀ほどの力があるのならば、尾張はとっくの昔に我らが統一しておるわ。


「くっ……」


「勝手に関所を設けたことで脅してみましたが、効きませぬな。本当に戦をなさいますか? 岩倉は恐らく動きませぬが」


 名目だけとはいえ信秀は家臣なのだ。勝手に関所を設けたことを理由に攻めることもできなくもない。だが勝てないだろう。


 岩倉は信秀から薬を買ってるくらいだ。動くまい。


 蝮や今川が動けば隙の一つもできるやもしれぬが。今のところその気配はない。戦は駄目だな。




side・久遠一馬


「和尚様。どうですか?」


「こちらは大丈夫です。ただ、麻黄湯と桂麻各半湯が少し心許なくなってきました」


「そうですか。では津島から運ばせます」


 流行り病の最前線の一つは間違いなく那古野だ。そんなここ那古野で、流行り病対策の協力をしてくれているのは沢彦宗恩さん。


 史実で稲葉山城を岐阜城と改名するよう提案したと言われる、信長さんの教育係を務めてるお坊さんだ。


 今まで会うことがなかったが、今回は主に寺社と交渉して全面協力を取り付けてくれたのは、彼の功績が大きい。


「薬はまだ大丈夫ですか?」


「ええ。まあ。日ノ本で手に入る物は買わせてますし、足りぬ物は船で運ばせてます」


 この沢彦さん。意外と言っては失礼だけど、堅物ではなく現実的な判断ができる人だ。一部の栄養が足りない人には鳥の卵を入れたお粥を与えることなんかも、薬としてならば問題ないだろうと理解してくれた。


 他には金色酒をベースに滋養強壮酒を作って飲ませてるけど、これも薬だからと患者たちに飲ませてる。


「しかし高価な薬をこれほど使えるとは……」


「ウチは直接、明から仕入れてますからね。他よりは安いんですよ」


 漢方もいい薬だし、この時代には物によっては日本にも入ってきてるけど、当然ながら庶民が飲める値段じゃない。


 ウチはズルしてるから大丈夫だけど。


 助からないような極貧の老人にまで、薬を飲ませてることにみんな驚くんだよね。


 でも助けられるなら助けたいからな。偽善かもしれないけど、領民を見捨てないというのは大切だと思う。




「ウイルスは死亡率の低い弱毒株。過去にもインフルエンザが流行した可能性が高い」


「発生源は畿内だと思われます。畿内で先行して流行してますので。ケティの報告からもありましたが、死亡率は本来は高くありません。しかし栄養状態の悪さなどで重症化して、死に至るケースは少なくないようです」


 歴史上最初のインフルエンザと言われる、スペイン風邪の前にもインフルエンザはあったわけか。


 天然痘とか麻疹じゃなくて良かったけど、まだ楽観視もできないんだよね。


「そのうち天然痘とか麻疹とか、予防接種始めた方がいいかもな」


「ワクチンの製造自体に問題はありません。しかし明らかにオーバーテクノロジーになります」


「見捨てるよりはいいんじゃないの? オレたちはここで生きていかなきゃならないんだし」


 夜になり一益さんや下働きの人たちを休ませた後に、オレとエルたちは流行り病の対策会議をオレの寝所で密かに行っている。


 死亡率の低いインフルエンザでさえ現状なわけで、過去の日本で何度も流行したと言われる天然痘や麻疹が流行すれば、大変な事になるのをオレは身を以って理解した。


 正直歴史は変わるものだし、オーバーテクノロジーでもやれることはやるべきではと思い始めた。


「私は賛成。助けられる人は助けたい」


「私も賛成ー!」


「そうですね。ワクチンと治療薬の製造を始めたいと思います。ただ人口の増加率が変化するならば、今後のために食料と燃料の問題は改善しなくてはなりません。特に燃料は現行の薪や炭は、森林資源の保全も考えなくてはならないので、計画的な対策が必要になります」


 ああ、そうか。単純に命を救うだけじゃ駄目なのか。


 燃料問題はいつの時代も問題になるんだな。エルに指摘されるまで気付かなかった。


「日本本土だけじゃ駄目ね。先を考えるならオーストラリアのアボリジニや、北アメリカのインディアンとの交流は今からでも持つべきよ。特にグアムはスペインに領有される前に確保したいわ」


「メルティ。話が脱線してないか?」


「同じよ。ヨーロッパの白人に世界を支配されてからでは遅いわ。グアムもアメリカもオーストラリアも、先住民は虐殺されて数を減らした歴史があるのよ?」


「しかしなぁ」


「どのみち人口が増えたら北海道や樺太、台湾なんかに人を移す必要があるわ。燃料の問題は船の大型化をして、海外から輸入する方も今から考えた方がいいわね」


 ワクチンの話のはずなのに、気が付けばどんどん話が大きくなり脱線してるような。


 もしかすると使う技術もバランスを考えないと、大変なことになるのか? 難しいな。


「高炉とコークスで鉄を量産したら、次は蒸気機関よね。目指せ産業革命!」


「おいおい、やり過ぎじゃないか?」


 この時代に産業革命を起こして大丈夫なのか?


 もう歴史どころの話じゃなくなりつつあるね。


「船の大型化と近代化は一考の余地があるかと。帆船では輸送量に限界がありますから。ただ蒸気機関は私たちもデータで知っていますが製造経験がありません。一度試作してみるべきでしょう」


「そうだな。蒸気機関の試作はしてみるか」


 なんかメルティのせいで話が脱線したけど、SFの世界のギャラクシー・オブ・プラネットに、蒸気機関は必要なかったからね。


 情報としてデータはあっても作る必要はなかったから、試作から始めなきゃだめなのか。


 とりあえず現状だとインフルエンザを終息させるのが先か。


 問題は清洲なんだよなぁ。大気圏外から清洲城をピンポイントで攻撃したくなる。


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