第40話・一難去って……
side・久遠一馬
「新五郎のことはこれで終いだ。ついでに紹介しておこう。三郎が直臣に召し抱えた、久遠一馬だ。噂くらいは聞いていよう」
「おお! あの酒の久遠か!」
「あれは美味いな!」
秀貞さんの退室で評定が終わりかと思ったが、どうやらまだ続きがあったらしい。というかオレの紹介か。
それはいいがオレの名前で、真っ先に出る話題がお酒なんだね。
「お初に御目にかかります。久遠一馬です。通称はありませんので、お好きにお呼びください」
一族衆、多分信秀さんの兄弟だろう。お酒で目の色が変わった人が居る。誰だろう?
「此度の一件で美作守を見張り、早期に討ち取ったのは三郎と一馬だ。異例ではあるが、以後は評定への参加を申し渡す。明や遥か南蛮を知る男だ。邪魔にはなるまい」
それはいいけど信秀さん。嫡男の家臣を評定に参加させていいんですか? 他の人たちがざわついてますが。
「兄者。それはいいが、那古野のあれは何を建てておるのだ?」
「一つは鉄を造る村で、もう一つは馬や牛を育て畑を造る村だ。双方ともに日ノ本にはない、明や南蛮の知恵を使うことを前提にした村だ」
「ほう。それは面白い」
「何が上手くいき何が上手くいかぬのか、試さねばなるまい」
反対意見は出なかった。やはり信秀さんの発言権は大きいんだろう。
それに誰かは知らないが、意見が出る前に話を変えた人が居る。さっきお酒の話に一番反応していた人だ。
「美濃攻めを止めたのは、あれが理由か?」
「それもある。新しきことをするには銭も人も必要だ。美濃などに関わっている暇などないわ」
「しかし殿。それらは本当に織田の利になるので?」
「いつまでも僅かな米を奪い合い、食うか食われるかの戦をしても先など知れておる。金色酒を見れば分かるであろう? 全てが上手くいかなくてもよいのだ。上手くいく物を探せばな」
信秀さんの方針転換の理由に、評定の参加者の反応は様々だ。正直半分以上はあまり理解してないように見える。
ただ金色酒だけは有名らしく、信秀さんは金色酒に続く銭になる物を探すという理由にして説明した。
どうやらそれならばみんな理解できるらしい。多少の反応の違いはあるけど。
「よいか。これから古き習わしでも、時代にそぐわぬならば変えていくぞ。変わることを恐れるな。この場に居る者は真っ先に、その利を得られる立場なのだ。堺や博多に並ぶことも不可能ではないのだからな」
しんと静まり返った部屋で一同は、信秀さんの言葉に飲まれていた。カリスマというべきか分からないが、信秀さんが言えばそれは実現可能なリアルな話に聞こえるから不思議だ。
オレは今まで信秀さんのことを、信長さんに比べて保守的だとばかり思っていたけど。最早保守的だとは思えないな。
今にして思えば信秀さんはオレたちの提案を、ほぼ鵜呑みと言っていいほど受け入れていた。
それは信長さんのためかと考えていたけど、信秀さんはオレが思っていた以上に頭が良く、合理的な考え方ができる人だったみたいだ。
学習したと言えば失礼になるかな。でもそれだけの変化はあるし、付き合いが長い人々からすると、驚くのも無理はないんだろうね。
評定後、オレと信長さんは別室で昨日の報告をしていた。
林通具の首は古渡城に運ばれて、早くも晒し首にされてるみたい。
家族に関してはどうやら妻と娘が居たらしいが、自分の所領の屋敷と村に火を掛ける前に、離縁して実家に送り返したらしく実家から助命嘆願が来てるらしい。
秀貞さんを助命したこともあり、こちらは離縁したことを認めて罪には問わないみたい。息子ならばまた違ったんだろうけど、娘だからね。
「そうか。美作守の領地はそれほど酷いか」
「ああ。領民は那古野の城に受け入れた」
「少しよろしいでしょうか?その領地の復興についてなのですが」
問題は林通具の元領地だ。家の再建と来年の種籾まで燃やされたから、支援が必要だろう。
エルとも相談したけど、オレたちで村の再建をしたいんだよね。
村の再建をして確かな信頼関係を築いて、この時代の村と人の改革をどこまでどうできるか、村の人と話しながら試してみたいと思ってる。
「領地が欲しいか?」
「いえ、費用は私が出しますので復興を任せていただきたく。村の再建と同時に領民の生活が良くなる方法を、幾つか試してみたいのです」
「ふむ。試すことは、まだまだあるか」
「はい。ただ突然変えろと言っても抵抗するでしょうが、村の再建をして生活の面倒を見れば受け入れてくれるかと」
「よかろう。領地は三郎に渡す。例の二つの村と一緒に代官として、やってみるがいい。恩を売ればやり易かろう」
「ありがとうございます」
信秀さんもオレたちの意図を汲んで任せてくれた。
正直あまり急激な改革は毒になるのは、今回の林通具の一件でよく分かった。
冬の間は那古野の工事とうちの仕事でもやらせて、食べさせながら村を再建していけばいいし。春になると簡単な農業の改革ができないか模索したい。
「三郎。そなたの筆頭家老は五郎左衛門にする。新五郎の代わりの家老を出羽介にする故、一馬を新たに重臣にするがいい」
「いいのか? 親父」
「構わん。今回の手柄を理由にして、無理にでも地位を上げておく必要がある。あまりワシらだけで物事を決めると、ヘソを曲げる者が何人か居る故にな。一馬を評定に呼ぶのもそのためだ」
オレとしては要望が叶ったのはいいけど、何やら地位が上げられるらしい。正直なところ今回は、そんなに手柄を立てたつもりはないんだけどね。
林通具を討ち取ったのは兵達の火縄銃と弓だし、手柄というなら信長さんのはずなんだけど。
評定で地味にオレと信長さんが討ち取ったって、わざわざ言った訳はそれか。武功がないと発言権がないんだろうな。
「領地はしばらく待て。あまり一気に与えると、妬まれるからな」
「私に領地は不要ですよ。将来を考えれば、織田弾正忠家の直轄領を増やすべきです。これから禄は、なるべくは銭か米で与えるべきだと思います」
「なかなか難しいな」
「時間はかかるでしょうね。当面は褒美や加増を土地ではなく、銭と米にしてみるのもいいかと思います」
褒美に関しては今回はさすがに領地は与えられないらしいけど、オレとしては正直なところ領地は要らないんだよね。
それに織田弾正忠家は将来を考えると、直轄領をもっと増やさないとダメだろう。
将来的には大名に国人衆や中小の土豪は、土地から切り離したいしね。まあ土地を持たなくても生活ができると、証明しなくちゃならないから簡単じゃないけど。
当面は直轄領を改革して違いを見せて、他の家臣から同じことをやりたいと言わせるのが目標か。
改革をこちらから頼んでしてもらうのではなく、相手から頼まれて技術を与える形になれば、立場がはっきりするはずなんだよね。
何よりもみんなが飢えないようにするのが先だから、まだまだ道のりは長いけど。
ただ効率の問題からもオレは、領地は要らないかなって思う。
◆◆
通称・出羽介・佐久間信盛のことです。
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