第25話・お歯黒様と裏の話

side・今川義元


「では、本当なのだな?」


「はっ。津島ではすでに周知の事実です。ただ、召し抱えたのは南蛮人ではなく、南蛮人の妻を持つ日ノ本の男のようです。名を久遠一馬。まだ元服したばかりのような若い男です」


 織田弾正忠家が南蛮人を召し抱えたとの噂を聞いたが、真であったとは。


 堺や博多があれほど力を持つのは、明や南蛮との貿易が理由の一つにあろう。特に日ノ本の東は雪が降らぬのはいいが、東に行けば行くほど物が足りぬ土地が多い。


 蝦夷に行く海路でさえ難所があり船が来ぬし、南蛮船が堺より東に来るなど有り得ぬと思うていたが。


「雪斎どう思う?」


「思いきったことをできるのは、信秀の強みかと思いまする」


「確かに。今川では難しいの。氏素性の定かでない、南蛮人を連れた者を召し抱えるなど」


 かつては将軍家に嗣子なければ吉良家より選び、吉良家に子無くば今川から。などと言われた我が今川家では、難しいやもしれぬ。


 正直わしも、召し抱えたくないわ。穢らわしい南蛮人を妻に持つ者など。されど南蛮船の生み出す利は欲しい。


 南蛮船と貿易の利が手に入れば、畿内にも負けぬ国にできるかも知れぬのだが。


「その久遠一馬なる男は、どんな生活をしているのだ?」


「それが、うつけと噂の信秀の嫡男と一緒に遊んでおります。遠乗りや獣狩りや、釣りなどをしてるようでして」


「ああ、噂の大うつけか。金蔓にでもしておるのか?」


「それはなんとも。ただ砂糖菓子をあちこちに配ってるようでして、うつけ殿も大層気に入ってるとか」


 南蛮船の持ち主がうつけとは思えぬが。うつけに取り入り御輿にでもする気か?


 商いは自らやらなくても問題ないのかも知れぬが。


 さて、どうするか。


「あまり賢い男には見えませぬ。当人も細君も、供の者すら付けずに出歩いておりますし」


「ふむ。細君を捕まえれば人質に使えるか?」


「迂闊に動くのは、お止めになった方が宜しいかと。もし背後に南蛮の国との繋がりがあれば、大変なことになりまする」


 松平の小倅を織田に盗られた意趣返しができるかと思うたのだがな。


「まさか南蛮の間者だとでも言うのか?」


「それは私にもわかりませぬ。されど南蛮船を持つのは事実。南蛮船がどのような船か分からぬ以上は、慎重に行動するべきかと思いまする。南蛮人は鉄砲を大量に持っているとも、それ以上の武器があるとも聞き及びます故に」


 雪斎にそう言われては、致し方ないの。無理をせずとも良いのだから。


「このまま三河を取り込み、松平を従属させる方がよいか」


「それがよろしゅうございます」


 付け入る隙はいくらでもある。焦ることはあるまい。




side・久遠一馬


「世界各地の動植物の遺伝子資源の収集は順調です。ギャラクシー・オブ・プラネットの遺伝子工学との齟齬もありません。これが終了すれば向こう五百年は、我々が優位に立つことができるでしょう」


 この日も夕食が終わり一益さんも自室に戻ると、エルから諸々の報告を受けていた。


 この時代に来てから特に命じたわけではないが、様々な調査や情報収集をオレたちは行ってる。


 地球上の資源分布の調査や、動植物の遺伝子資源の収集とか、この先の未来で役に立ちそうなことは一応させていた。


 遺伝子のみならずバイオテクノロジーは二十一世紀を遥かに超えるモノがあるけど、未来では失われた動植物のオリジナルの遺伝子の価値なんかは言うまでもないだろう。


「未来で詐欺だとか言われそう」


「この時代では違法行為ではありませんよ」


 どこまで手を出していいか、正直迷っている部分はある。しかし準備だけはしておくべきだというのが、オレとエルたちの答えになる。


「明の商人及び、アイヌの一部部族と琉球にも接触ができました。当面はあまり波風を立てずに交易する予定です」


 それと蝦夷や琉球を通じた交易に明の商人との密貿易も、少しずつ始めてる。人の繋がりが大切なのは、この時代でも変わらないからね。


 将来的に織田家が天下を左右する頃になったら、蝦夷と樺太で大々的に交易や開発できるように準備はしておきたい。


 ちなみに明の商人には面倒だから、南蛮人のふりをして取り引きする予定だ。この時代の日本人って、明ばかりか朝鮮にまで蛮族扱いされてるみたいだからさ。


「あと捕鯨を始めて、鯨を交易品として新たに持ち込みたいと思います」


「いいね。鯨は人気らしいし」


「この時代は慢性的な食料難ですし、鯨は駿河や長島に売れると思います。鯨は捨てるところがありませんから」


 国内に関してもお酒・鮭・椎茸・砂糖に続く交易品として、鯨を扱うことにした。


 食料の嗜好品が一番売りやすいんだよね。硝石なんぞ扱えばこちらが困るけど、嗜好品の食べ物は後に続く取り引きになるだろう。


 鯨からは油がとれるから、明かり用の油にもなるし石鹸も作れる。


「そうだ。孤児とか子持ちの後家さん集めて、孤児院作ろうか」


「そうですね。最初は牧場に併設して、牧場の仕事をさせながら教育するのがいいかもしれません。人を集めてタダで育てるだけでは、周りの目が気になりますから」


 将来に向けた布石も、今から打たねばなるまい。人を教育して織田家が大きくなった時に備えないと。


 それに裕福な尾張でさえ、孤児や後家さんは居る。村に余裕があれば働かせて食わせてるみたいだけど、全員じゃない。


 そもそも両親が揃ってても、食わせられなくなれば子供は売られる時代だからね。


「それと津島や熱田の商家から、女中が必要ならば奉公させるとの話が来てます」


「女中か。要る?」


「一般的に私たちくらいの家ならば、いて当たり前ですね」


「うーん。ウチは秘密があるしな。任せるよ」


 孤児院の話から女中の話になったけど、必要かわからん。


 オレたちは自分のことは自分でするしね。


 仕事をさせるならともかく、家政婦みたいな内向きのことなら要らない気もする。


 まあ、細かいことはエルに任せよう。




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