第17話・信長、南蛮船に乗る

side・久遠一馬


 尾張は稲刈りのシーズンになっていた。


 信長さんの悪友の皆さんも実家の稲刈りに戻っていて、ここ数日は静かな日々を送っている。


 肝心の信長さんも、さすがに毎日のようにウチに来てるわけでもないし、遊んでるわけでもない。学問に励み武芸なども鍛練してるようで、それなりに忙しいらしい。


 オレたちの方はいろいろ計画が進行中であるが、実際オレたちが関われるのは人が集まってからの話であり、正直現状ではあまりやれることはない。


「へぇ。茶道ね」


「なかなか良いものですよ。平成の時代まで残れば、国宝級になるかもしれません」


 尤も信長さん達が来なくても、津島や熱田の商人たちとかが挨拶にやってくるけどね。


 皆さん手土産を持ってきてくれるので、掛け軸やら茶道の茶器に馬まで持ってきた。


 茶道なんかはやはり、上流階級や裕福な人たちの間では結構流行ってるのかもしれない。


 個人的にこの時代の茶道って、金持ちの道楽にしか思えないんだけど。史実の信長さんはそれを政治に利用したんだよね。


 まあ賛否はあるだろうけど、恩賞に土塊の茶器を与えることと、茶会を開く権利を与えることにしたのは英断だろうね。


 武芸にしか興味がない武士の意識が少しでも変われば良いし、恩賞にもなる。


「抹茶も嫌いじゃないけど。堅苦しいのは好みじゃないね」


「文化の多様性は、いいことだと思いますよ」


 信長さんは今のところ茶道が好きとか、茶器が好きとか言ってるの聞いたことがない。政秀さんが文化人らしいので、彼に習ってるのかもしれないけどね。


 ただ、せっかく茶器を貰ったんだし、オレもそのうち茶道でも習ってみようかね。


 戦国時代って、本当娯楽らしい娯楽ないんだよね。




「かず。港に船が居るそうだな。乗ることはできんか?」


 この日も、信長さん達が来ないので縁側で昼寝してたら、お昼過ぎに信長さんが小姓の皆さんとやってきた。


「乗るのは構いませんが、荷物を陸上げしてますので、船を動かせませんよ」


「構わん」


 たまには、縁側でゆっくり昼寝でもしたらいいと思うんだが。この日は船に乗りたいって言い出したよ。まあ止まってる船に乗せるくらいなら、構わないだろうな。


 前々から船に乗りたいとは言ってたんだよね。タイミングが合わなくて乗せてなかったけど。


「いつ見ても大きい船だな。それに帆の形が複雑だ」


 結局オレとエルは信長さんたちと共に、港で荷物の陸上げをしてるガレオン船に来ていた。


 当たり前の話だけど、乗ってみるとガレオン船は意外に大きい。信長さんは帆の形や意味に帆柱の数にまで興味を持ち、あれこれと質問してくる。


 答えてるのは当然ながらエルだけど。オレはそこまで帆船のことは知らん。


「これが大砲か?」


「ええ。そうですよ」


「凄いな! これがあればその辺の城など、木っ端微塵であろう!」


「確かに威力はありますが、これ相当重いので、陸上だと運ぶだけで一苦労ですよ」


 一部オーバーテクノロジーになる部分は隠して見せなかったが、船底から倉庫や操舵室まで納得がいくまで見ていく信長さんが、一番興味を持ったのはやはり大砲だった。


 確かにヨーロッパでも最新の青銅製大砲だしね。


 でも城を木っ端微塵と考えるのは、やはりまだ現実の戦の苦労を知らないからか。信長さん自身、春の田植え前に初陣を済ませたと言ってた。


 軽く聞いた程度だと、史実にあった通り三河で火を放ち帰ってきただけみたいだけど。本人はそれも不満だったらしい。


「運ぶ手間か」


「運用も楽じゃありませんよ。火薬は湿気とかに弱いですし。あと命中させるのも、そんなに簡単じゃありません。まあ数を撃てば、城を破壊するくらいはできるでしょうけど」


 考え方の方向性は間違ってないんだけどね。大砲を一つや二つ揃えたところで勝てるほど、この時代の戦は甘くはないだろう。


 ただこの時代の戦って、石ころ投げたりしてるらしいんだよね。それと比較したら、大砲を撃てば勝てる可能性は上がるだろうけど。


「大砲より威力が落ちてもいいならば、木で大砲を作るという方法も一応あります。あと那古野にある鉄砲の口径を、少し大きくした物などもありますね」


「木で大砲? 大丈夫なのか?」


「もちろん数回使えば壊れますよ」


「うむ。意外にいろいろあるのだな。一通り手に入るか?」


「はい。木砲に関しては作らせた方が早いですが、口径の違う鉄砲は次の船で運びます」


 あーあ、エルったら木砲とか大鉄砲まで教えちゃって。


 ちなみに織田家で一番火縄銃持ってるの、ウチなんだよね。


 古渡城と那古野城には幾らかあるみたいだけど、百丁も持ち込んだって教えたら政秀さんに驚かれたし。


 戦力の一部ではあるんだろうけど。命中率の悪さと雨がダメとか湿気がダメとか、扱いにくいうえに高価だ。現時点で主力になるような物じゃない。


 ある程度数を揃えて、命中率の悪さを数で補うしかないんだよなぁ。あれだと。とはいえ火力で戦をするのは間違いじゃないから、早めに教えるべきか。


「かず。今ここで大砲を撃てんか?」


「騒ぎになりますよ。音が凄いんです」


「構わん」


 信長さん目の付け所がいいのは確かなんだけど、やっぱり子供だよね。大砲を撃つとこを見たくて仕方ないみたい。


 仕方ないので別の船で荷物の陸上げしてる人たちに警告して、一発撃ってみるか。


 ぶっちゃけオレもこんな大砲、撃ってるとこ見たことないんだよね。


 実際に撃つのは船を操縦させてる擬装ロボットだ。火薬と玉を込めると、海側に向かって大砲が火を吹く。


「うわ!」


「すげー」


「これだ! これが戦には必要なのだ! だが、これでは城の方も考えねばならぬ。今の城の守りなど、意味を成さなくなるではないか!」


 大砲の轟音に小姓の皆さんが驚きの声を上げると、信長さんもその威力に興奮気味になってしまった。


 うーん。この時代から大砲を使えば、確実に歴史の歯車を早める気も。でも史実に拘ってもいいこと無さげだしね。


「かず。日ノ本に南蛮船とこの大砲を持つ者はどれほど居る?」


「さあ。聞いたことはありませんので居ないと思いますよ。南蛮人も簡単には渡さないでしょう」


「学ぶべきことは、まだまだ多いな」


 ガレオン船自体は数隻あっても特に脅威とは言えない。


 でもこの時代の人間からすると、未知の兵器に見えるんだろうね。


 信長さんは他の大名などが、ガレオン船や大砲を持ってる可能性が低いことに安堵しつつも、不安も感じてる様子だ。


 オレみたいなズルしてる人と違い、リアルな戦国時代の人間からすると、どう見えるのか少し聞いてみたい気もした。


 この時代の日本の船も決して小さいばかりではないが、日本の沿岸で運行する目的の船だから根本的に違うんだよね。


 信長さんもいつの日か、ガレオン船で航海する日を夢見てるのだろうか。




――――――――――――――――――


 織田統一記には、この日、信長が南蛮船を検分して大砲を撃たせたと記されている。


 この時、信長は大砲の威力に驚き気に入ったと記されていて、後の織田軍の原型はこの日に生まれたのではとも言われることになる。


 久遠家の南蛮船については、当時最新だったガレオン船であることは様々な資料により明らかだが、久遠一馬がいつからガレオン船を所持し何隻ほど保有していたかは定かではない。


 ただ、津島に入港する船の頻度から見て、数隻から十隻以上所持していたと考えられ、織田家に臣従した時点でも極東で最大規模の貿易をしていた可能性すら十分にあった。


 なお、当時の織田家が、尾張統一すらなしておらず水軍も保有していないにもかかわらず、間接的にでも南蛮船を保有することになったのは類い希な幸運と言え、後には何度か騒動に発展した。


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