第7話・津島での生活の始まり
side・大橋重長
那古野の若様は、世間ではうつけとも呼ばれている。
確かにご自身の立場に相応しくない服装と態度で歩くので、うつけと呼ばれる理由も分からんではないが。
だが他の者は知らぬのであろう。若様が誰よりも津島での商いに興味を持ち、自ら足を運びあれこれと聞いていることを。銭や物の流れから、商いのやり方すら覚えてしまっていることに。
織田家中でも知らぬのが普通であり、殿ならば立場上ある程度は知っているくらいのことなのだがな。
それに若様は今でも津島によく訪れては、尾張領外の情報を聞いて歩いてるくらいだ。
家中では弟の信行様を後継ぎにと望む者が居ると聞くが、津島に来ることすらない信行様よりは、若様の方が後継ぎには向いていると私は思うのだがな。
少なくとも津島衆の中で若様を侮る者は居ない。
若様の物覚えと勘の良さは津島の商人ですら舌を巻くほどだ。
いつ商人になってもやっていけるのでは、などと笑い話になることもある。
信行様はまだ元服すらしてない子供ゆえ比べるのは可哀想であるが、品行方正で家臣が扱いやすいのだろう。
若様は一馬殿に興味を抱いた様子。これから一馬殿のもとに自ら足を運び、あれこれと話を聞きたがるだろう。
悪いお人ではないのだ。
鷹狩りや獣狩りをしては、成果を皆に分けているし。貴重な酒や茶が手に入れば土産に持ってきてくれる。
顔の見えぬ信行様よりは、津島衆は若様に親しみを持っているだろう。
物事の見方が我らと他の家臣では違うので仕方ないがな。
あまり心配はないであろうが、一馬殿の様子はしばらく見た方がいいかもしれん。
慣れない土地で若様が無理を言えば困るかもしれんからな。
side・織田信長
変わった者たちだ。南蛮人だからかも知れぬが、何か他の商人とは違う者たちだ。
話し方に物の見方からオレを見た時の反応など、何から何まで違う。
ずっと知りたかった。
あの広い海の向こうに何があるのか。鉄砲を作り出した国はどんな国なのか知りたかった。
尾張は、日ノ本は矛盾に満ちているのだ。
権威を崇めるふりをしながらも、平気で無視して裏切る者たちが当たり前のこの国が正しいのか、オレには分からぬ。
故に知りたかった。この国の外のことを。
あの者たちにとって、この国はどう見えるのであろうか?
百年近く戦ばかりしているこの国を、どう見ているのであろうか?
この国には真に国を纏める者が必要なのではないのか?
幕府も大樹もそれをできぬならば、誰かがやらねばならぬのではないか?
知らぬならば学べばいいだけだ。
どうせオレはうつけだ。今更南蛮人と会ったところで問題はあるまい。
「よし、獣狩りにいくぞ」
「獣狩りですか? 津島に行くんじゃないので?」
「南蛮人は肉を食うと聞いたことがある。津島でも魚は手に入るだろうが肉はあるまい」
土産は猪か鹿で良かろう。
堺に来る南蛮人は、魚より肉を好むと清兵衛が言っていたしな。
side・一馬
夜の生活の問題は一先ず置いておいて。津島の屋敷については、当面生活するつもりで本格的に改築をすることにした。
エル達にお風呂の増築とかトイレの改築の話をしたら、あれこれと欲しい物が増えたんだよね。冷蔵庫とか冷凍庫とか。いろいろと。
従って、オーバーテクノロジーになる物は、地下室を作ってそこに纏めることにしようって話になった。
宇宙要塞や小笠原諸島の拠点との通信室も欲しいし、緊急移動用の小型のシャトルを格納する場所も欲しいみたい。
地上の屋敷はお風呂の増築とトイレの他に、台所も少し直したいんだってさ。あと部屋に畳を入れたいし。
地下室は屋敷の敷地にバリアを張って音漏れを防ぎ、夜中にロボット兵と重機で造ることにした。地上部分の屋敷は地元の大工さんに頼む予定だ。結構儲かったから、少し津島で使わないとね。
「この庭さ。家庭菜園にしたらダメかな?」
「いいですよ。特に見栄を張る必要もありませんし」
あと広い庭は雑草が生え放題だから、雑草を抜いて家庭菜園にしようと思う。かなり広いから、オレたちが食べる野菜とかは育てられるかも。
おし! そうと決まれば草むしりだ。船から擬装ロボット兵を五体降ろして屋敷の下働きに使う予定だから、そのロボット兵とオレとで草むしりをしよう。
草刈り機とか使えば早いんだけどなぁ。
「何をしているのだ?」
「草むしりですよ。ここを畑にしようと思って――って若様じゃないですか!?」
草刈り鎌を片手に草むしりをすること数十分。気が付けばヤンキー……じゃなくて信長さんとお供の皆さんが、庭に入ってきてるじゃないですか。
「用があるなら、呼べば参りますよ」
「構わん。城は落ち着かんからな。そうだ、土産だ」
「あっ、ありがとうございます」
しかも大きな鹿を一頭のお土産付き。お供の皆さんが四人で運んできたみたい。昨日の今日でまた来たのね。
貰った鹿は擬装ロボット兵に台所に運んでもらい、信長さん達はウチに案内する。
「麦湯か。結構冷たいな。南蛮でも飲むのか?」
「井戸で冷やしてたんですよ。南蛮で飲むとは聞いたことありませんね」
来てしまった以上は何か出さないとダメかなと思ったら、エルが麦茶を出してきた。
よく分からんが麦茶はこの時代からあったのか。麦湯なんて信長さんは言ってるけど。
「若! この餅、甘いですよ!」
「うわ! 本当に甘い!」
「確かに甘いな。中身は小豆か? 何故甘いのだ?」
「そりゃあ、砂糖が入ってるからですよ」
お供の皆さんは麦茶と一緒に出した大福を食べて驚いてる。エルがおやつに作ったんだろうな。
「ブフォ!?」
「さっ、砂糖!?」
「若! オレ銭持ってません!」
「いや、別に銭は取りませんよ」
戦国時代って砂糖は輸入しかしてない貴重品だからか、みんなこっちがビックリするほど驚いちゃった。未来だと砂糖って安いんだよね。
「……いいのか?」
「どうぞ。大橋様に売った以外にも、自分たち用の砂糖は確保してますから」
さすがに信長さんは砂糖を食べたことがあるのかと思ったけど、意外に普通に驚いてるね。甘い饅頭とかこの時代にはあったと思うんだけど。
「餅も柔らかいな!」
「ああ、それ餅にも砂糖を入れてますからね」
何しに来たのか知らないけど、みなさん麦茶と大福を食べながら子供みたいに喜んでるよ。って子供か。
「あの、それで本日の御用件は?」
「うん? ああ、南蛮とか海の話を聞こうと思ってな」
大福一人二個出したらペロリと平らげて、幸せそうに麦茶で一息ついてる信長さんに用件を聞いたけど。たいした用件じゃなかった。
南蛮の話って言われてもなぁ。
「そもそも何故、堺に行かなかったのだ?」
「他の人と同じことをしても、儲からないからですよ」
信長さんに堺に行かなかった理由聞かれたけど、ごめんなさい嘘です。本当は貴方を見物に来たんです。なんて言えないよね。
「なるほど。商人も競い合うのか」
「単純に商いは、間に人を挟まない方が儲かります。堺で売ったら尾張に届くまでに、輸送費やら通行料に関所の税やらが掛かります。しかし直接尾張に売ったら、差額は他人にはいきませんからね」
「うむ。確かにそうだな」
あんまり南蛮のこと聞かれても困るから、商売の話をしようか。これなら未来だと当たり前の知識で話せるし。
実際に大橋さんに売った値段は尾張の相場より高めに買ってくれたから、堺の相場よりはかなり高かったらしい。
この時代はそもそも貨幣が不足してるから一概に言えないけど、あちこちで好き勝手に税を取るから物が高いんだよね。
まあ品物の品質も良かったのもあるんだろうけど。
次に売る時は、尾張の相場より安く売るべきだろうね。どうせ宇宙要塞で作ってるから、元値はあってないような物だし。
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