ep.4 春の訪れと火薬の香り④



 クラス全員の自己紹介が終わると、次に委員を決めることとなった。

 僕のお目当てはというと、図書委員一択だ。

 合法的に図書館に入り浸ることができる上、あまり目立つような仕事をする委員でもない。

 僕にとっては超好都合の委員だ。


 森川先生の委員が次々と決まっていった。

 

「じゃあ、図書委員やりたいやつはいるかーー。」


 森川先生のその声を聞き終わる前に僕は挙手していた。


「お、坂東だっけ。やる気だなあ。とりあえず坂東は決まりで、あと一人誰かいないかー。」


 よし、と心の中でガッツポーズを構えた。


 すると、宮崎さんが慌てたように勢いよく挙手した。


「はい、私やります!」


「お、宮崎やってくれるか。じゃあ図書委員は決まりだな。」


 宮崎さんがそこまで図書委員を積極的にやりたがるのには納得できる心節があったので、そこまで驚きはしなかった。

 宮崎さんだって図書館へはよく来ていたし、あの空間を気に入っている人物の一人なんだろうな。


 しかし宮崎さんは手を下げたのち、またこちらを振り向き、僕と目が合うとすぐさま正面に顔を戻した。


 『え、本当に僕の事好きなのでは?』

 

 ひょっとすると『キモキモ眼鏡』が効いてないのか?

 という疑惑が真っ先に思い浮かんだ。

 しかし、『キモキモ眼鏡』をかけて以降女性からアプローチ的なことをされたことは、一度とてなかったはずだ。

 宮崎さんだけが例外であるということはないはずだ。

 もしかして、僕にしか頼めないような仕事があったり?

 そうだとすると、僕の勘違いという可能性も十分に考えられる状況だ。


 まあどうあれ、今の状態で宮崎さんと接触するのは非常に危険だと判断した。

 後で琴姫ことひめに相談しよう。

 焦りを見せる僕とは対照的に、ひと段落ついて落ち着いたような様子で森川先生が話し始める。


「よし、これで委員はみんな決まったな。今日はこれで解散になるけど、図書委員の二人には頼みたい仕事があるから、あとで図書館に来てくれ。」


 言ったそばから・・いや待てよ。

 これは逆に好都合なんじゃないか?

 宮崎さんが本当に僕のことを好きなのか見極めれるチャンスなのでは?


 

―キーンコーンカーンコーーーン―――



 放課後のチャイムが鳴り、僕と宮崎さんは図書館へ向かうことにした。

 宮崎さんは同級生の女の子に先に帰るよう言い、朗らかな笑顔で見送った。

 

 教室から図書館までの道のりはお互い無言だった。

 僕は宮崎さんに触れないよう注意を払っていたし、宮崎さんも何か考え事をしていてどこか落ち着かない様子だった。

 


 図書館に着き、森川先生から説明を受けた後に本棚の整理をすることとなった。

 森川先生は今年から図書館の管理を任されたらしく、仕事が増えたため手伝ってほしいということだった。

 僕と宮崎さんは快く承諾し、さっそく整理に取り掛かった。

 

 仕事に取り掛かった僕たちは極めて真面目な働きぶりで、お互いに一言も話さず着々と進めていった。


 ・・・なんか気まずい。

 この空気から脱するため、意を決して宮崎さんに話しかけることにしよう。

 彼女の真意を見極めるためにも、まずは話を聞かなければ何もわからないままだ。


「あの!」

「あの!」


「あ、お先どうぞ」

「あ、お先どうぞ」


 以外にも僕と彼女は息が合っているのかもしれない。

 僕と宮崎さんの言葉が見事にシンクロし、さらに気まずい空気が流れる。



「あの・・」


 先にそう繰り出したのは、宮崎さんだった。


「坂東君って、よく図書館に来てたよね。本とか好きなの?」


 彼女は本棚のてっぺんに手が届かないようで、近くにあった足場を運びながらそう言った。

 

「まあ、好きかな。宮崎さんもよくここに来てたよね。」


「うん。人が少なくて勉強に集中できるから。」


「へ、へぇーー、そうなんだ。」


 宮崎さんは腰の高さほどの足場に乗りながら話し、手の届かない場所の本を揃えていく。

 そして彼女が背伸びをしながら手を奥の本棚へと伸ばしたとき、ふと視線が宮崎さんのスカートへと移る。

 

「エッ!!」 


 健全な男子高校生にとってあまりにも眩しすぎるハレンチな光景がそこには広がっており、思わず変な声が出た。

 

「どうしたの、坂東君?」


「いや、何でもないよ、気にしないでいいから、マジで。」


 見えたような見えなかったような、いや、やっぱり見えたような気がする。

 色々とひらめいたのでここで一句。


 ひらひらと

  漂う君は

   白き鶴

 

 情緒的で風情がある、我ながら良い句が読めた。

 世の子らのインスピレーションを猛烈に刺激する魅力的な句であろう。



 ・・・落ち着け、何やってんだ帰ってこい僕の理性。

 こんなことをしている場合ではないだろ。

 本来の計画を思い出せ。

 僕は宮崎さんの好意の有無を確かめに来たんだ。

 でも、宮崎さんにそれを直接聞くわけにもいかない。

 まずは聞いても問題なさそうなことから一つずつ聞いていくことにしよう。


「宮崎さん、去年は学級委員だったよね、なんでまた図書委員になろうと思ったの?」


「え、えっと、それはね・・・、なんというか、その・・」


 僕はこれなら問題ないだろうと思い質問した事だったが、宮崎さんにとっては聞かれたら困ることに分類されるような事だったらしい。

 宮崎さんは急に慌ただしい様相を見せた。


「あっ」


 こちらを振り向いた宮崎さんは慌てた様子のまま、バランスを崩して足場から転び落ちてしまう。


「危ない!!」

―ドサッ

 

 僕はとっさに、持っていた本を放り出して落下地点へ一直線にスライディングし、宮崎さんを抱え込む形でキャッチに成功した。

 同時に貝を抱えるラッコのような、お互い仰向けの体勢になる。

 僕の背中には割と痛めの感覚が走ったが、宮崎さんは無事そうだったので安心した。

 

 肌の接触はなかったようだが、急激に高まった危機感から僕は一刻も早く立ち上がろうとした。

 しかしそれを遮るように、宮崎さんは急に振り向いて床に手をつき僕を押し倒すような姿勢になった。

 もしかして宮崎さん、本当に僕のことが・・・?

 

 近い。

 お互いの顔の距離はほんの数センチまで縮まっている。


「あのね、坂東君。私が図書委員になったのは、坂東君のことが、す、す・・・。」


 宮崎さんの顔はそれはもう熟したリンゴのような赤さで、持久走でもしているかのように荒々しい呼吸をしていた。


 そして宮崎さんは、意を決したように言葉を紡いだ。



「す、好きだからーーーーーーー!!!!!!!」



 その叫びは例えるならまるで、一世一代のプロポーズのようだった。

 宮崎さんの声は僕の胸をまっすぐに貫き、銃で撃たれたような衝撃が僕の体全体に走る。

 僕―坂東雄輔は、幼少期に告白された回数は数多あまたであるが、『呪い』にかかって以降告白されたことも、女性から好意を向けられたことすらなかった。


 宮崎さんのあまりにも急でダイナミックすぎる告白は、そんな僕の「恋心」を閉じ込めた扉に猛烈なタックルを炸裂させた。



「みやざっ・・・」


 いてもたってもいられず言葉を紡ぎ出そうとした次の瞬間、僕の唇に宮崎さんの唇の感触が重なる。

 図書館の静けさは、宮崎さんの心音の高鳴りを僕の脳に響かせる。


 これって、キス?

 女の子の唇ってこんなに柔らかいんだ。

 それになんかいい匂いがする。

 頭がフワフワする。



 瞬間、ビリッとした感覚が唇に走ると同時に全神経が興奮状態になり、ハッとしてふと冷静さを取り戻す。

 まずい!このままじゃ爆発する!宮崎さんを早く遠ざけないと!


 僕がそう思った頃には既に手遅れだった。




―ドッカーーーーーーーーーーン!!!!!

 



 初めて経験した爆発とは比べ物にならないというか、それとは全く別次元のと言っていいほどの爆発が起きる。

 目を開けていられない程の衝撃波と鼓膜を貫く爆音が鳴り響く。


 

 僕が目を開けたときには、整然としていた図書館は雑然とした世紀末風味のある光景に様変わりしていた。

 壁には大きな穴がぽっかりと開き、青空と太陽の光が覗いている。

 そして周囲の本棚は爆風に耐え切れず、僕の視界の外側へ吹き飛んでいた。

 

 しかしそんな周囲の様相よりも先に、目前に写る宮崎さんの姿が目に、焼き付いていく。

 さっきまでの押し倒した姿勢のまま、心配そうな顔でじっと僕を見つめている。


「良かった・・・無事だったんだね。坂東君は私が守るから、安心して。」


 宮崎さんはどこかホッと安心したような表情を見せたのち、どこか凛々しさをまとってそう言った。


 以前までの宮崎さんへの印象は、どちらかというと”おっとりした人”だった。

 ”かっこいい”という言葉がこれほどまでに似合うのは予想外で、そのギャップに僕の心臓の鼓動は加速する。



 僕はこれまで、誰かを本気で好きになったことがない。

 誰かに『触れたい』と思ったこともなかった。



 彼女がまとっていたギャップは、そんな僕の「恋心」を閉じ込めてきた扉を強引にこじ開けてしまった。



 僕はまだ、宮崎さんのことを全く知らない。

 でも、宮崎さんのことを考えていると心臓がありえないくらい高鳴るし、体も熱くなってくる。

 目もうまく合わせられない。



 『宮崎さんのことをもっと知りたい。』



 僕は病にでも侵されたかのように、それ以外考えられなくなってしまった。

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