第6章 第2話 世界樹の伝承
「教えてください。今の、世界樹とはどういうことなのですか?」
寝所の入り口よりあらわれた、大導師と呼ばれた女性へとジークは問いを投げかける。
「その言葉通りです。あなた方の中には、世界樹の力が宿っています。その力がこの神殿――世界樹の神殿と呼応し合い、あなた方はここへと導かれた。そういうことです。」
「世界樹の――神殿?」
大導師の答えにジークは思わず同じ言葉を返し、そして周囲へ視線を巡らせる。
――似ている。まるで――
白い壁、白い天井、そしていくつも並ぶ白い寝床。
今、自分たちのいる場所は確かに神殿の中、そしてその寝所とされる場所なのだろう。
だがこの地に感じる気配はどうだ。ここはまるで――
「ここは、世界樹の、森……?」
ややあって口にしたジークに、大導師の女性はしっかりと頷いてみせたのだった。
そうなのだ。
今ジークに感じられている気配はあの日、アルスターの精霊の森で感じたものと同じ、そこに立つ世界樹の放つ気配だった。
それもあの日、森の入り口で感じたものよりもはるかに強い、まるで世界樹の前に立ち、その幹に触れたときのような強い気配が彼の周囲を支配している。
「一体なぜです。ここはアルスターではありません。それは、ぼくにだってわかります。なのに、今感じられる気配は間違いなく世界樹のものです。ここは一体、どこだというのですか?」
「ここは――世界樹の
――そう、世界樹はアルスターにある一本のみではない。この世界に世界樹は四本、存在していたのです。」
「――なんですって!」
ジークも、そしてシアルヴィも、伝えられた言葉にその驚愕を抑えきることができなかった。
だが、大導師より伝えられる事実は、さらに彼らを混乱の渦へと巻き込んでいく。
「いえ、実際には現在より遙かなる昔――神話といってもいい時代の話ですが――、世界樹は、現在世界樹だとして伝わっているものよりも遙かに大きな、この世界を支える大樹だったのです。
――あなた方は、あなた方が世界だと認識していた大陸が、どのような姿をしているかご存じですか?」
大導師の言葉を受けたジークがシアルヴィへと視線を投げかけ、シアルヴィがこの世界の姿を思考の中へと思い描く。
今までそれが世界だと認識していた大陸――ミドガルド大陸。その姿は地図に描かれたとき、右側に弦を持つ弓のような、有明の月のような姿をしている。
月に例えるとき、その姿はさながら二十五日の月のようで、その右側には月に囲まれた海が広がる。
その海の理由など今まで考えもしなかった。
だが、今の大導師の言葉から推測すれば、それは――
「まさか、そんなことが……」
だが、呟くように言うシアルヴィに対し、大導師はその心を見透かしたように、しっかりと頷いてみせるのだった。
「気が、つかれたようですね。」
そして彼女は再び、ゆっくりと話し始めた。
「現在、大陸に囲まれた海は元々海ではなかった。世界樹は――世界を支える大樹は、かつてそこに存在していたのです。」
「まさか――! では、かつてそこにあった世界樹が失われ、そこに海が形成されたといわれるのですか。ですが、先ほどあなたは、世界樹は四本存在したといわれた。今の話が事実だとするのなら、なぜ現在、海となった世界樹は失われ、四本の世界樹は残されたというのですか。」
すぐには飲み込めそうもない、夢物語にも似た伝承を語る大導師に、シアルヴィは矢継ぎ早に質問を投げかける。
しかし大導師は、その質問を待っていた、といわんばかりにわずかにうつむき、微笑を浮かべ、そして彼らの方へと視線を戻す。
「その世界樹がまだ存在した時代。現代からはるか遠い遠い時代のことです。天上に住まう神々の一人が、この世界よりはるか下方に存在する一つの世界へと落とされました。そして処分に納得のいかない神は、自身を追放した天上の神々へと反逆を企てたのです。」
大導師は表情をわずかに曇らせ、もはや神話としか思えない話を彼らへ伝える。
「彼の配下となったその世界に住む住民達は、当時、その頂を天上まで届かせていた世界樹をつたい、神々の世界へと侵攻を開始しました。その圧倒的な戦力の差に神々は追い詰められ――そしてその世界と人間界を守るため、神々はこの世界から、世界樹を消滅させることを選んだのです。」
「――そんな、馬鹿な――」
「ですが、世界樹を完全に消滅させてしまっては、人間達の住むこの世界はその下の世界、亡者達の世界へと崩落してしまう。そこで神々は、世界樹の主枝――太い枝を四本、この世界を支える柱として残し、世界樹の主幹を消滅させることを選んだのです。当時主枝はまだ幼く、その頂も天上までは届いていなかった。神々の世界を守るため、そして人間の世界を守るため、仕方のない選択でした――。やがて、消滅した世界樹の跡には海水が満ち、あなた方の知る、現在の世界が形作られたのです。」
シアルヴィがなおも信じられない、というふうに額へと手をやりながら頭を振る。だが大導師はそのシアルヴィに対してもまた、穏やかな口調で告げるのだった。
「――シアルヴィさん、あなたも世界樹はご存じであるはず。あなたが生まれ、育った故郷もまた、世界樹に守られた森であったのですよ。」
「――!」
彼女の言葉に、シアルヴィは大きく目を見開く。
「先ほどあなたは、この神殿に既知感を感じるとおっしゃられた。すでに、気づいておられたのでしょう。」
その言葉にシアルヴィはわずかに顔を背け、視線をそらす。大導師は一度わずかに笑みを浮かべてから真剣な表情へと戻り、そしてさらに言葉を繋げる。
「――ですが、今また、世界樹には危機が迫っています。かつて四本存在した世界樹も一本はかつての聖戦の折に失われ、一本は今、魔界の力を欲する者の手の内にある。現在、世界はアルスターとこのノルニル、二本の世界樹によって支えられているのみなのです。」
そして一呼吸置き、彼女は続ける。
「そして現在、世界樹は急速にその力を失っている。このままでは、世界樹はすぐに枯れ果てることでしょう。そうなれば……」
「そんな!」
声を上げたのはジークである。
大導師がシアルヴィから、ジークの方へと視線を移す。追うように、シアルヴィもまたジークを見やる。
「そんな……それじゃ、この世界はやがて崩落していくというのですか? ……ぼくは……」
言いかけてジークはわずかに下を向き、しかし今一度大導師を見据えると、今度はきっぱりとした口調で述べる。
「……ぼくは、世界樹の力を使うことができます。お願いです。ぼくに、できることを教えてください。」
宣言するように言ったジークに、今度は大導師が目を伏せ、下を向いたまま黙ってしまう。
だが、やがて、
「場所を、変わりましょうか。」
そう言うとともに彼女は視線を戻し、彼らへと背中を向けて歩き始める。相変わらず無口なままのフィアナが一瞬彼らに視線を向けた後、大導師の後について部屋を出て行く。
男二人は再度顔を見合わせるが、やがてどちらともなく歩み始めると、彼女らを追うようにしてその寝所を後にするのだった。
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