第3章 第5話 降りしきる雨の中で
同時に二体の不死者を
初めて見る、剣士としての友の姿。
――やはり、剣士なのか――
なおも不死者を相手にしながらそちらへと目をかけ続ければ、その動きはまさに剣士として慣らした者のそれだった。
繰り出される攻撃をかわしつつ、相手が再び体勢を立て直す前にその身に正確かつ致命的な一撃を与える。
どこからさげてきたのか、その両手で、時には片手で構えられた剣を自らの一部のように扱い、並み居る不死者たちにも物怖じすることなく、一体ずつ的確な攻撃をもってその数を削っていく。
孤児院でのあの朝から、そうではないかとは思っていた。
だが実際にこうして見れば、それはおよそ一介の文民にできる動きではなかった。
記憶を失っていて、一年という空白があってこの動きができるのなら――記憶を失う前にはもっと優れた腕を持っていたのではないだろうか。
おそらくは――仕える国があったのなら――騎士として取り立てられてもいいぐらいまで――
二人の剣士の前に、意思なき不死者たちが
最後の一体をその剣で土へと還し、ジークはゆっくりとシアルヴィのほうへと向き直る。
「大丈夫ですか――傷を――」
自身の傷を気遣う彼にシアルヴィは微笑みかける。
感謝、ねぎらい、謝意。さまざまな思いが交錯してくる。
だが直後、その目に見えたものにシアルヴィは表情を一変。
ジークの腕をつかむと一気に引き寄せ、自分たちの位置を入れ替えるようにして、その体を抱きかかえる。
背中に硬い衝撃がぶつかったのは、その直後だった。
「――!」
ジークには一瞬、その行動の意味が分からなかった。
だがシアルヴィの身体を通して伝わってきた衝撃に、避けられない事実を思い知らされた彼には、もはやそれ以上の言葉は発せられなくなっていた。
物陰から姿を見せたのは、ジークによって避難させられていた町の住民たちだった。
各々が手に手に農具や簡単な武具、そして
その表情は険しく、ジークを抱いたまま背中越しに振り返るシアルヴィにはもちろん、彼の身体が陰になりその様子が見えないジークにも、住民らの怒りは、そしてその理由は、哀しいまで感じ取られた。
「出て行け! 『紅い死神』!」
――そうだ! 出て行け!
「貴様がいたから、やつらはここへ来たんだ!」
――そうだ!
――貴様のせいだ!
一人が声を上げるとそれを受けて群衆が罵声を合唱する。
さらには罵声に混じって飛んでくる石が、容赦なく背中や腕に打ちつけてくる。
「待って下さい! 確かに私が『紅い死神』と呼ばれていたのは事実です!
ですが、私はもうあのころの私ではない! それはあなたがたにだって――!」
「だまれ!」
シアルヴィの抵抗も、圧倒的な数の差をもって叫ばれる住民の声の前にはまったく功をなさなかった。
人命の被害こそ出なかったものの、家屋を破壊され、見たことのない恐怖に怯えさせられ、またそれまでも好意的ではなかったとはいえ、敵意もなかった巨大帝国を敵に回すような結果をもたらせた一人の剣士に、住民たちは今、その怒りの全てをぶつけていた。
「貴様が『死神』だと知っていたなら! 孤児院に住まわせてやったりはしなかった!」
「貴様がやつらを呼び寄せたんだ!」
「貴様さえ来なければ、やつらも来ないはずだった!」
「出て行け! 『死神』!」
――そうだ! 出て行け!
―――出て行け!
――――出て行け!
―――――出て行け!
「シアルヴィさん!」
これ以上、ここにいてはいけない。
動こうとしないシアルヴィを今度は逆に抱き抱えるようにして、ジークは町の出口へと歩き始める。
止まない罵声。降り続ける石の雨。
それはジークにとって初めて感じる恐怖だった。
数日前まで、ここには笑顔があった。
人ではない彼に対しても、シアルヴィに対しても、笑顔と言葉を交わしてくれた町人たちに――孤児院をやさしく見守り、ときには訪問もしてくれていた町人たちに、今、その面影は全く感じられなかった。
――町のために戦ったものに対する、これが彼らの礼儀なのか?
評価してほしいわけではなかった。 ほめてもらいたいわけでもなかった。
ただ、自分たちは助けたかっただけ。
町が破壊されるのを、人命に被害が及ぶのを最小限に食い止めたかっただけ。
それなのに――
「すまない。ジーク……」
謝るシアルヴィに対し、ジークが首を左右に振る。
アルスターからわずかに南下した森の入り口、二人は身を隠すようにして腰を落としていた。
ジークの手の先がかすかな光に包まれている。
傷口に対してかざされるその光は心地よく、傷は本来なら考えられないまでの早さでその入り口をふさぎ、本来あるべき姿へと返ろうとしていた。
「君だったんだな。あの孤児院から、私を助け出してくれたのは。」
「すみません……ぼくが、もっと早く帰り着いていれば……」
ジークが帰り着いたとき、すでに孤児院は炎に包まれ、その加害者である帝国兵もすでに姿を消していた。
孤児院にそれが起こった瞬間もその理由も、ジークにはうかがい知ることは出来なかったが、剣を傍らに深い傷を負ったシアルヴィを見れば、ここに起こったことの想像はつき、子どもたちを飲み込んだまま炎に包まれた孤児院の前で、それでもかすかに息のあったシアルヴィを助けるべく、彼は覚えたての回復魔法を唱えていた。
だが、孤児院に残されたいくつもの生命を助けられなかったという事実は、彼の心に深い傷を残していた。
「あれは……君のせいではない……」
「でも……!」
ただ一度、交わされた言葉。
しかしそれきり、二人の間に言葉は無かった。
永遠とも思える長い沈黙が続く。
「……シアルヴィさん。」
やがて語りかけるようにジークが口にしたのは、彼の回復魔法がシアルヴィの傷を、そのほとんどの形を見えなくするぐらいまで回復させたころだった。
そして彼は問いかけた。
彼にさえ語られることの無かった、隠し続けられたただ一つの事実を。
「――『紅い死神』って――何なんですか――?」
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