第9話 炎の魔人
「決めた、あんたも集落もグチャグチャにしてあげる」
魔力の籠った殺意を飛ばし、アイリスという悪魔は俺たちを威嚇する。
「本当は、あの方への手土産のつもりだったけどもういいわ」
そう言って、アイリスは両手に冷気を溜めていく。
氷系の魔術式か。
「カカ(俺との相性は最高だな)」
焔を刀身から放出させる。
「スケルトン……ユニークか何か知らないけど、半端な炎で私の氷を止められると思わない事ね」
そう言われて、引ける程俺は大人じゃ無いんだ。
いや違うな。
そんな言葉で引ける程、俺には余裕って奴が無い。
だから、一歩前に踏み出す。
けれど、後ろから俺の手が掴まれた。
「やめようアリウス。
あの子は私と同期で、主席で……
魔法の腕も段違いで……」
俺は、モモシスを睨みつける。
お前はさっきから何を言っている。
俺はお前を魔王にすると約束したのだ。
お前は、たかが淫魔一匹にビビるのか。
「カカ(だったらそこで、動かず見て居ろ)」
特別、お前に何も期待などしていない。
お前と組んだのは、悪魔に可能な標準的な権能の為だけだ。
お前個人に俺は魅力を感じない。
お前でなくとも、悪魔であればだれでも良かった。
だから、この局面でも俺はお前に期待しない。
俺は独力で、父さんから受け継いだこの剣一本でこいつを殺す。
お前は何もしなくていい。
「アリウス……」
モモシスは、俺と視線を合わせると絶望したような表情を浮かべて膝を折った。
「氷魔術式……フローズンフラワー」
唱えた言葉を引き金に、術式が起動する。
アイリスの後方、空中に出現するは氷で造られた無数の花弁。
「行け」
花弁が一気に、俺へ迫る。
炎剣術式……
燃ゆる焔は、我が心へ灯り、肉体を朽ちさせぬ熱炎で真っ赤に染める。
花弁は一つ一つのサイズは、大したことは無い。
何の防衛策も無しにぶつかれば切り刻まれるだろうが、炎を纏う今の俺には無意味だ。
「炎属性の防御系身体強化術式……ってところ?」
だったら。
「アイスキャノン!」
巨大な氷解が、出現する。
それは、空中を浮遊し俺を見据えていた。
隕石の激突の様に、それは地表へ迫る。
「カカカ(調子に乗るなよ)」
長剣術式……スラッシュ。
それは、武術系の基本術式の一つ。
けれど、今の剣に焔を宿すに俺が放つそれは、通常のスラッシュとは一線を画す。
身体の熱すら、全て一刀に注ぎこみ剣を構える。
「経験不足ね……」
そう言って、アイリスは拳を握った。
「ブレイク」
氷解が破裂する。
そこから発生するのは無数の氷の礫。
俺は今、巨大な氷解を断ち切る為に全ての炎を剣に集中させている。
これでは、身体を守れない。
ッチ。内心舌打ちし、スラッシュをキャンセル。
即座に術式を構築する。
「
大規模を燃やし尽くす豪炎が、礫全てを飲み込んだ。
「なんて炎……そんな術式をたかがスケルトンが使えるなんて驚いたわ」
でも。
だが。
「魔力はまだ残ってる?」
結局、この身体の最大の弱点はそれだ。
通常種のスケルトンの魔力は人間の十分の一以下だ。
「私の目には、貴方はもう満身創痍に写っている」
あぁ、俺はもう炎魔は使えない。
使えるのは、基本術式が2、3発。
勝ち目は薄いか。
それでも立っているのは、あの冒険者を思い出してしまうからだ。
負けても俺は生き返る。
この身体は本物では無いのだから。
それでも、負けたくないと思ってしまう。
捨てた筈のプライド。
けれど、今この状況で抱くプライドが俺の邪魔をしているとは思わない。
勝つさ。
俺の後ろにはモモシスが居るのだから。
あいつに、ダサい所は見せられない。
愛想をつかされる訳には行かない。
「フローズンフラワー」
流石に悪魔。
その魔力は無尽蔵か。
範囲攻撃とは言っても、俺の身体がアレに耐えられる訳もない。
防御術式ももう使えない。
見切れ。
避けろ。
「カカ(莫迦みたいだ)」
花弁の数は100を軽く超えている。
その全てがあいつの意思で、不規則に動くのだ。
それを全て回避するなど、人間業ではない。
人間よりも身体能力魔力量共に劣るスケルトンで挑む相手じゃない。
分かって居るさ。
「もう限界みたいね」
避け切れなかった花弁が、俺の骨を削る。
一撃命中するとタイミングがブレて、次が当たる。
それを許容して、次の攻撃に備える。
それでも、全ての連撃を避ける事など到底できそうもない。
俺は、都合よく力に覚醒するようなガラじゃない。
理解している、計算できる。
俺は多分、負ける。
あぁ、後一歩なのに。
あと一つ。
何かあれば……
「アリウス!」
は?
「カカ(モモシス)?」
何をしている。
ここは、氷花の嵐の真っただ中だぞ。
そちらを見やると、モモシスの魔力を可視化して状態が俺の視界に写る。
切り傷が無数に増えている。
俺に一歩づつ、近づいて来る度に鮮血が増えていく。
死ぬ気なのか?
「アリウス!」
いや違う。
モモシスは俺に向かって手を伸ばす。
俺はお前に期待しない。
それでも、俺はお前を信頼している。
お前が手を伸ばすのならば、俺もまたお前に手を伸ばそう。
「
◆
醜悪な顔で、そいつは言う。
「あの方は、オレに頭を下げ願われた。
その様に、オレは悪魔相手に最前線に出た兄を重ねた」
「アァ」
「貴殿。よい、悪魔と組んだ物だな」
「アァ!」
俺は、俺と全く同じ見た目をするそいつの言葉に同意して、地面を全力で蹴った。
氷の嵐の中を突き進む。
そこには地に伏せる桃髪の悪魔と、バラバラになった骨が転がっていた。
俺は、悪魔を抱きしめ術式を願う。
「炎魔術式……フレアバースト」
俺を中心に熱が広がる。
上級の魔術式は、炎魔よりも更に魔力消費がでかい。
だから、使えなかった。
でも、今の俺の身体なら俺は好きなだけ魔力を使える。
俺を中心に、広がる炎熱は氷の花弁を融かして消し去る。
嵐は病んで、俺はモモシスへ視線を合わせた。
「アリウス、私は君に期待するよ」
「アァ、任せロ……」
モモシスをその場に寝かせ、バラバラになった骨の中から剣を拾い上げる。
「ホブゴブリン風情が……!
どっちにしても、私の方が魔力は数段上なのよ!」
あぁ、知っている。
迷宮に魔力を無限に蓄えられる悪魔は、地上で最も魔力を持つ生物だ。
――だから、さっさと決着をつけよう。
俺は切っ先を悪魔へ向けて構える。
右腕を引いて、左手は刀身へ宛がう。
それは照準を定めて、突き殺す術式だからだ。
炎剣は全てを薙ぎ払う劫火を体現する術式だ。
けれど、それには威力の分散というデメリットが存在した。
「何してんのよ……?」
恐怖を覚えるか悪魔。
そうだろうな。お前の術式は俺に、悉く粉々にされて来たのだから。
既に、俺のレベルはお前の警戒に引っかかる段階と言う事だ。
「言うと思うカ?」
「ぶっ殺す! アイスキャノン!」
またそれか、芸の無い奴だ。
「炎剣術式……突貫炎魔」
俺の術式は、炎の突きは、高速で一直線に全てを貫く。
氷解を貫いて……
悪魔の身体を貫いて……
雲すらも突き抜ける。
「あ、アイスシール……」
唱えるよりもずっと速く。
お前の胸は、既に焼き貫かれている。
「ど……うして……」
「お前が、オレよりも弱いからダ」
もう、お前に防衛策は無いだろう。
それでも俺は、手は抜かん。
「炎魔」
墜落し始めた悪魔を、炎で包んで焼き焦がす。
死体すら残さず、そいつは精神結晶だけを残して消え去った。
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