5、デイドリーム・エクスマキナ
「プラネット! 対空装備展開!」
そのユメの声と共に、プラネットの腕のパイプから、消火剤、だろうか、それに近しい粉末状の薬剤が放出される。
「それを吸気口にぶち込んで、飛行機能を殺そうって?」
アリスをぶら下げているにも関わらず、流星の速度は一定のまま悠々と回避する。
「遅すぎ」
すさまじい慣性と偏差をものともせず、アリスの狙いはぶれることがない。発砲が数度、プラネットが数発防ぎ、いくつかは強度を上げた右腕で防ぐ。
「痛っ……!」
それでも大口径の弾丸、減速もくそもない距離。防げた、と言っても衝撃は重い。
「ほら! 頑張って防がないと……その頭に風穴が空くよ!」
ワンサイドゲーム。
その言葉を裏付けるように、ユメの攻撃は掠りもせず、アリスの攻撃も決定打にならないにせよ、着実にダメージを加えている。
「防御命令解除! 撃ち続けて!」
絶えず続く弾丸の雨の中、ユメはプラネットという傘を捨て、その身一つで、弾丸への対処に動く。
「……」
そんな特大の隙。だが、アリスは一旦回避に専念する。
なんの考えもなしに、防御を捨てるわけがない。自分がアイツなら、この動きは相手の行動を誘導するためのブラフ。
そう判断した。
ユメは一先ず、屋根のある場所、水族館の中へ移動する。
念には念を入れて、迷惑を承知で水族館の中の水棲生物も逃がしている。本当に申し訳ないと思いつつも、もうとっくに床とか破壊しているので、もう人的被害が出ないなら多少何かが壊れても、上が補償してくれる。本当に申し訳ないと、ユメは思っている……はずだ。
「こっちの得意分野は空中戦だしね。そうするか」
なら撃っておけばよかった。と小さな後悔を含めながら、心底嫌そうに呟く。
「コール……『シャープシューター』」
『声紋認証クリア……随行支援ユニット『流星』、地上戦闘プログラム起動』
地面に近づいて、ぱっ、と流星から手を離す。
「穿て……流星」
アリスが離れたことを検知した流星は、遭遇時に見せたロケットスタートでプラネットに体当たりをブチかまし、水族館の中へ押し込む。
出力レベルの上がっているプラネットでも踏ん張って減速させるのが精一杯なほどの馬力。
「耐えるか……変形機構がある分、もうちょい脆いと思ってたんだけどな」
プラネットが押し込まれた音を聞き、ユメが振り返ると、悠然と肩に狙撃銃を担いだアリスが歩いてくる。
「近接戦闘なら、こっちに分が……」
「あったら、こっちから来ないって」
流星がプラネットから離れ、アリスの元に戻る。そして、その機械の背中に接続される。
「外部電源接続……完了」
流星はプラネットと同じ随行支援ユニットだが、プラネットのような変形機構はない。その分、高速飛行の負荷を受けきれる耐久力を持っている。
そして、その形状のまま、別の機能を発揮できる。
「ホント、デザインのセンスがない……」
そう文句を言うアリスだったが、ユメの目にはそれは、翼の生えた人間。有り体に言えば……。
天使のような姿に見えた。
どこからか
「ほら、お望み通り。近くで戦ってあげる」
一見すると足の周りに干渉して動きにくそうに見えるが、先ほどまでの空中での機動力を見た後では、まるで意見が変わる。
「すぅ……」
焦りを抑えるべく呼吸を整えようと、小さく息を吸った。
その瞬間には、もうアリスは目の前。
「やっぱうざいな、
紙一重、頭を刺し貫こうとした銃剣を避ける。髪が何本か落ち、薄皮一枚切れたかもしれない金属なので流血こそないが。
「肝が冷える……!」
「ずるいなぁ……冷える肝があって!」
追撃で振り払われる銃剣を、倒れ込むように回避する。
その動きから連動する。応変風靡、風に靡くように自然と体を倒し、流れるように躱す動作から、それは攻撃に変わる。
それは、日本の『躰道』と呼ばれる武道では変技。というカテゴリーで呼ばれている。
名を、卍蹴り。相手の腹部を全体重を乗せた脚で刈り取る、回避から最速で繰り出されるカウンター。
「ぶっ飛べ」
直撃。だが、アリスは機械の身体、硬いし重い。全霊で蹴ったユメの脚にも鈍い痛みを伴う。
僅かな後退、流星を背負った分の重量と前方への推進で大きな転倒はない。
「大嫌いな身体でも、こういうときは役に立つな……!」
だが、ユメの反撃も一撃では終わらない。
プラネットは押されはしたが健在だ。彼の鉄拳が動きを鈍らせたアリスに繰り出される。
「っ⁉ スラスター!」
それでも、アリスを完全には捉えられない。
高速、それでいて、柔軟な小回り。人間の瞬発力などというレベルではない。
バランスの取れた戦闘性能。皮肉な話だが、彼が機械の体と生身の頭脳という歪な身体になったおかげで手に入れた力。
「専売特許まで奪われちゃ……立つ瀬ないよね」
「所詮お前が偽物だったってことでしょ」
多分、アリスは否定したがるだろうけど、空中でなければ、まあまあ互角、このままじゃ埒が明かない。
「そうだね」
ユメは認める。
「……すぐ認めるなよ。張り合いのない」
このまま時間切れは嫌だから。
「私は、もうこだわらないよ」
覚悟、なんて。言えたものだろうか、考える脳みそもないのに。
「この作り物の運命が、二人のためなら、私は――機械でいいから」
「コール……『デイドリーム』」
それが、彼女の
『声紋認証クリア……身体機能補助ユニット『スパイダーネット』……おはようございます。ユメ』
「うん、おはよう」
その合成音声は、自らの頭の内から響く、けど、不思議と違和感はない。むしろこれが本来の自分なのだと安心感を得る。
その安心感が、残り僅かな時間を、削り取るとしても。
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