四つ目 嘘つきの記憶

1、カメラが見ていた

 これは十二年前の記録映像。


 放課後の武道場。そこで撮影された自主訓練の様子。


「なあー、もうやめようぜ」

「もうちょっとだけ!」


 そこに映るのは二人の登場人物。

 雨森葵、当時十二歳と香澄夢芽、当時十二歳。二人とも柔道着を着用している。これ以前の記録と比較して香澄夢の髪の形状に変化がある。

 この形状の髪は過去に、体育の授業時、戦闘訓練時、音楽隊の楽器練習時、の以上に該当する。

 ゴムに相当するものを用い、後頭部で束ねている。先の該当例から通常時の髪の形状では運動能力に差し障るのだろうか。

 非合理的だ。

 必要な際に一々髪の形状を変えるくらいなら、最初から邪魔にならないよう短くした方が合理的であると判断する。

 非合理と言うのであれば。今この状況も、合理性に欠ける。


「俺の動きのマネなんて出来るわけねぇだろ。お前は右手ウィズダムなんだからさ」

「その結論は百万回やってから!」


 先ほどから、上記二名は技の型を行っている。

 こちらの方に寄って来るたび、撮影が止まる。

 映像を確認していると判断可能。

 葵の発言の通り、香澄夢芽に彼と同じ動きは不可能だ。

 葵は左手ウォルトの指環持ち。筋力瞬発力において、成人男性の平均を大きく上回り、当時時点でトップアスリートのデータと同程度。

 対応して香澄夢芽は右手の指環持ち。静態視力、動体視力は類人猿を遥かに凌駕した高い数値を記録しているが、運動能力に関しては同世代の運動系の部活動に参加する学生らと何ら変わらない。

 算出されている身体データから、そもそも百万回などという試行回数に耐えうる体力はない。


「そんなに出来ねぇだろ……」


 葵も同意見だ。

 このやりとりの時点で、試行回数は254回。夢芽の健康状態を維持できる体力状態を超過していると推測。

 現に夢芽は全身からの過剰な発汗、心拍数、呼吸数は異常値を記録。体温も平熱を逸脱。

 運動時の水分補給を推奨されている清涼飲料水500mlを一度の補水で容器を空にしている。脱水症状であることは明確。

 これが過去の映像記録でなければ、今すぐ活動の停止を促す必要性がある。

 身体性能は平時の50%以下、このまま続けても、有意義な訓練とならない。止めるべきだ。


「やりたい……! 決めたじゃん……大きくなったら……みんなで一緒に……」


 そこからの続きを、夢芽は言葉を発声しない。

 夢芽が転倒――する直前に葵が抱え込む。


「おい! 夢芽! だから言ったじゃねぇか……」


 夢芽の顔は紅潮している。呼吸は不規則で荒い。


「だって……だって……」


 意識はまだある。先ほどの言葉の続きではない言葉を発している。

 彼女の閉じかけた目からは、涙、だろうか……が流れている。

 涙には理由がある。関連映像の確認ができていない。後程、確認しよう。


「夢芽!」


 意識を辛うじて保つ夢芽に、葵が音量レベルの上がった声量で名前を呼びかけ、抱き寄せる。

 親愛、友愛、恋愛のいずれかに該当する感情を抱く相手にする行為。と記録している。香澄夢のデータではないが、紐づくデータがある可能性があるため、該当感情の絞り込みを工程表に追加しておく。


「ゆっくりでいいから……何万回でも付き合うから……今日はもう休もう」

「あおい……」


 葵の発言のあと、返事も明確でないままに夢芽は休眠状態に移る。

 

 香澄夢芽の行動目的を理解するのに必要な記録映像だと、タイムスタンプが打たれていたが、この映像だけでは不足している情報が多い。

 結果、参照すべき関連映像数が工程表に増えた。

 一先ず、行程表に記載されている優先度の高い映像を順番に確認、学習していくことにする。


 言語能力の向上のため、このコメントを残すようにとの指示がある。

 

 雨森葵と香澄夢芽の非効率な自主訓練の映像。

 夢芽の行動目的の一つに、葵と同程度の身体能力の確保があると推定。

 記録上の訓練内容、および香澄夢芽の将来的な身体性能から、訓練の継続のみでは実現は不可能と断定。

 目的可能プランを二つ提案。

 一つ目、筋力増強効果のある薬物の投与。ただし、使用に法律上の規制が多く、社会的制裁を受ける可能性が高い。

 二つ目、外科的手法による、身体パーツの交換。葵と同程度の筋肉量をもつ四肢に取り替え。この際、脳神経との接続に支障がなければ、人間のタンパク質を含む必要性はないため、健康な人体からの移植に法的ハードルがある場合、代替素材として、同等の出力をもつ金属製品でも可能。

 ほか、関連性の高い映像を検索の必要性を提示。

 不足データ、目的の動機となる会話、事象。それに付随する葵との関係。


 当該映像記録に関するコメントは以上とする。

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