2、デビルフィッシュ・スパイダーネット
「スパイダーマンで見たことあるんだけど!?」
「Drオクトパスか? ノーウェイホームはいい映画だったなァッ!」
鋼鉄の触手が二人に襲い掛かる。
葵は二本の警棒で、詩音はバットでなんとか受け流すが、詩音の方はとてもではないが姿勢を保ったまま受けきれない。
「これッ! 民間品じゃねぇだろ!」
「それとDrオクトパスは、映画だとスパイダーマン2からよ!」
「そりゃ悪かったなぁ!」
深海自身は詩音に向かう。
葵は触手で接近を許さない。
行動補助ユニット。ユメが駆る
プラネットのような最新ユニットよりも、最大重量や出力こそ低いものの、携行が可能なサイズからくる取り回しの良さで、現在多くの警察機関や自衛隊・軍隊に配備されている。
当然RINGとして警察の暴力の一端を担う、葵と詩音も所持こそしているが。
「こっちは許可がないから、ロック解除できないってのに……!」
深海自身の拳や触手をなんとか捌きながら、詩音は冷や汗を垂らす。
「もっぺん蹴り飛ばしたら、この
時間こそかかったものの、葵は触手を弾いて深海の元へ助走を付けながら近づく。
「お前は!」
詩音に向けてた二本の触手も葵に差し向け、一本警棒を弾き飛ばす。
「もう俺には近づかせねぇよ」
「チッ……クソが……!」
「口が悪いな……!」
「お互い様だろ!」
受けられる武器が一つ減った上に、向けられる触手が四本になり、とてもではないが深海の言うように、葵は自分の強みが発揮する距離まで近づけなくなっていた。
葵は触手に任せて、先に詩音を落とすことに集中する深海。
「
「アンタんとこと違って、ウチらは前に出るのをビビってもいられないのよ!」
「はっはァッ! あいつに聞かせてやりたいぜ!」
何とか捌いてはいるものの、先に話した通り重量差は歴然。受ける度にスタミナがガンガン削られていく。
カット打ちしてるんだから、そっちも体力削れなさいよ。と詩音は内心思うが、同時に納得もしている。
しかも、スタミナや強靭性に秀でていることを示す、
この状況を打破するには、さっきみたいに相手の耐久許容量を超える攻撃で一撃でダウンを取るか、馬鹿みたいな体力勝負に根性で食らいつくしかない。
この場にいる最強の盾を貫ける、最強の矛である葵は封殺。本来無理やりにでもその矛を通すだけの役割しかない詩音にはどうしようもない。
ジリ貧。
葵ほど動けない詩音では、騙し打ちの仕込みをする余裕もない。
「だったら!」
詩音は僅かな隙をついて、バットを力任せに地面に叩きつける。
ただの砂や小石が散らばった地面、魔法などあるわけでもないし、そこから何か派生するといったことはない。
ただ、反動で腕がしびれるのを感じ、僅かに砂埃を巻き上げ、鈍い音が響くのみ。
「こけ脅しだなっ!」
詩音は完全に隙を見せただけ。振り下ろした腕では追撃を受けられない。
ゴッと鈍い音。
「――がっ!!」
脳が揺れる。目の奥で火花が散る。深海の拳が詩音の顎を打ち抜いたのだ。
失神。後に膝から崩れ落ち。地面に仰向けで倒れ伏す。
「詩音ッッ!!」
「あとでガチャガチャ言われそうだが、これでようやく、お前を潰せる……」
深海は倒れた詩音を一目見ることもなく、触手で食い止めていた葵に次のターゲットを絞る。
「お前……素直に補導されときゃ良かったなぁ、おい!! 次に目ぇ覚めるときは警察病院のベッドの上だ!!」
葵は、冷静ではない。
激昂。と上品に言うよりも、彼の精神状態に因んであえてこう言おう。
ブチギレだ。
「そうなったらいいなぁ!!」
「殺す!!!」
今、警察がどうのは野暮だろう。
力任せに警棒を触手どもに叩きつける。
四本の触手が鈍る。その一瞬を葵の反射神経は見逃さない。
駆ける。否、飛び出した。初速で到達する最善手。
だったが。
「て、てめぇ……」
深海には届かない。
鈍ったはずの触手は何事もなかったように、本来の動きで葵の背を追い、大腿部を上腕を、四本がそれぞれ四肢を貫いた。
「騙し打ちは、お互い様だろ?」
ここに来ての、
弱ったと擬態し、獲物を狩る。
なるほど、確かに『
「安心しろ、麻痺毒を塗ってるが命までは取りゃしねぇよ、そんな依頼は受けてねぇからな」
乱暴に触手から放り出されて地面に打ち捨てられる。
「……逃がす、かよ」
意識が朦朧としているなか、脱力する手足で藻掻きながら手を伸ばす。
「殊勝な心掛けだな……その状態で追えるなら――」
「コール……『スパイダーネット』」
それは突如として白い軌跡を伴い現れ、立ち去ろうとする深海に力の限り衝突する。
『声紋認証クリア、随行支援ユニット『プラネット』機動強襲モード起動』
衝突する直前に触手でガードを硬め、なんとか直撃を避けた深海はそれを見た。ぶつかってきたそれは大型の白バイ。それが形を変える様を。
「踊れ――プラネット」
強い意思で放たれた静かなその声に反応し、瞬く間にプラネットはバイクの形から姿を変える。
「ようやく釣れたな……香澄夢芽……!」
それは2m程の機械の人形、それに抱えられ、無表情な少女は深海を睨む。
「何してくれてんのさ……僕の幼馴染に……!」
「お前を待ってる間に遊んでたんだよ!」
触手をプラネットとユメに向かって伸ばす。
プラネットから飛び降りたユメには当たらない、当たったプラネットはまるで何事もなかったかのように、その場から一切動かない。
「プラネット……叩き潰すよ……」
プラネットは自分に当たった触手を二本掴み取り、それを力強く引っ張る。
補助ユニットの後継モデル。出力の差は圧倒的だ。触手は抗うことも出来ずに、数珠のごとく引きちぎられる。
「そう簡単じゃねぇか……RINGの虎の子は」
ユメは深海の方を見もしない、不十分な装備で無残にも討ち捨てられ、ボロボロになった幼馴染に駆け寄って、より重症な葵の応急手当を行っている。
「それ、どんくらい掛かる?」
「…………」
「無視かよ」
丁寧に止血を施し、巻き込まれない位置に二人を寝かせる。
その間、深海は手を出すことはなかった。どうやら「命までは取らない」というのは本当らしい。
「…………で、今からキミを叩き潰すわけだけど」
「待っててやったんだから礼の一つくらい――」
「弁護士にアテはあるかい?」
問答は無用。
プラネットはその重量と巨体で、人間と同程度の速度を以てして深海に襲い掛かる。
「もう助からないって意味」
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