6.忌み子
「すまんが、登録を頼む」
「わかりました」
妙な注目を集めてしまったので人目のある事務所ではなく、奥の部屋に通されて登録を受ける。
先ほどのおなごがワシの登録をしてくれることとなった。
このおなごの名前はミモザというらしい。
ミモザの仕事は受付嬢といい、組合に加盟しておる冒険者の対応やワシのように新たに登録に来る者の対応を行う仕事であるそうな。
「カンベーさん、文字は書けますか?」
「書けん」
日ノ本の文字ならば書けるが、この国で使われておる言語は日ノ本言葉と全く異なるものだ。
しゃべれるし何を言っておるのかは大体わかるが、文字はどのようなものなのかも知らぬ。
「では私が代筆しますね。代筆料は先ほどのお詫びということで無料で結構です」
「かたじけない」
「では、お名前はカンベーさんでいいですね」
正確には渡辺勘兵衛吉光だが、面倒なのでもはや勘兵衛だけで構わぬ。
どうせ渡辺家はワシが死んだ時点で終わりだしの。
一度死んだ人間に諱もなにもあるまい。
今のワシはただの勘兵衛だ。
「次は、種族ですね。えっと、ハーフエルフですよね」
「聞こうと思っておったのだが、先ほどから言っておるそのハーフエルフというのはなんだ?」
「知らないんですか?」
「知らんな。蔑称かなにかか?」
思い返せばクズのお父もワシのことをハーフエルフのガキと言っておったような気がする。
あまり良い意味で使われておらんような気がするのだが、その言葉には何か蔑むような要素が含まれておるのだろうか。
「ハーフというのは半分という意味です。エルフというのは耳が長くて尖っていて美形ばかりの種族です」
「ああ、あやつらか」
耳長族な。
変なやつらだと思っておったが、人間とは違うひとつの種族であったか。
日ノ本の人間にとっての南蛮人みたいなものだの。
「半分ということは混血か?」
「そうです。ハーフエルフとはエルフと人間の間に生まれた子供のことを指します。カンベーさんは耳が少しだけ尖っていますよね。それがハーフエルフの特徴です」
確かに触ってみると少しだけ耳の端が尖っておる。
これがワシがハーフエルフである証か。
クズのお父は正真正銘人間だったはずなので、死んだお母がエルフだったのだろうの。
「合いの子ゆえに蔑まれておるというわけか」
「混血というだけではなくて、エルフの方々ってちょっと傲慢といいますか、人間なんて下等生物みたいに見てるところがあって……」
「なんだそれは。それではハーフエルフなんてあまり存在せぬのではないか?」
「ええ、ですのでその……」
「ああ、そういうことか」
ハーフエルフは無理やりやって孕ませた子が多いということか。
それでは蔑まれるのもわからんでもない。
個人的には女にも子供にもなんの罪もないとは思うがの。
だが人というのはなんにでも優劣を付けたがるもの。
好いた男と一緒になって幸せな家庭を築いた者たちは自分たちがこの世で一番幸せであり、好きでもない男に犯されて子を孕んだ者は自分たちとは違って下賤で不幸だと思いたいのだ。
そしてそやつらが永遠に不幸であり続けなければならんと思っておる。
人を見下し自分を高尚な存在だと思い込むのは気持ちがいいからの。
ワシも殿から城を預かり天守から下々の者共を見下ろすのは大層気持ちが良かった。
だがそんなものに本来価値などはないのだ。
関白まで成り上がった秀吉公とて信長公の草履を温めておった時代があったという。
草履を温めておった人が天下を取れるのだ。
ならばその天下にいかほどの価値があるというのか。
田舎の土豪から天下の秀吉公の側近にまで成り上がった殿だってあっという間に関ヶ原の負け戦よ。
もはやワシは人というものがわからんようになった。
ハーフエルフがなんぼのもんじゃい。
草履でも温めておれば天下も取れるわ。
「登録を進めてくれ」
「わかりました。では年齢は、えっと、私よりは年上ですよね」
「馬鹿を言うな。どう見ても10やそこらであろうが」
実際10は超えておらんだろう。
記憶にあるだけで夏と冬が5回ずつくらい。
物心つくのは大体3つか4つくらいであろう。
それからそれだけの季節を超えたとなれば、8つか9つくらいかの。
身体は少し小柄な気がするが、栄養不足であろうの。
「え、でもハーフエルフですよね。それに話し方だって……」
「ちょっと待て、ハーフエルフだとなんで子供の姿でも年上かもしれんのだ」
「えっと、エルフってすごい魔力が強い種族なんですけど、そのおかげなのか寿命がないんですよ。老いないんです」
「老いぬ!?なんだそれは!化け物ではないか」
魔力というのが強いとなんで寿命がなくなるのかは知らんが、それが本当ならば人間などよりもよほど神に近い生き物だの。
聞いた話によれば天皇陛下の一族はアマテラス大神の子孫らしいが、人間と同じように寿命はあるという話だからの。
嘘か真か、天孫ニニギノミコトが嫁にもらった姉妹のうち、醜女であった姉の方を返してしまったために天皇にも寿命があるのだという。
まったく、ニニギめ。
女は顔ではないというのに。
「それで、半分エルフの血が流れておるハーフエルフも見た目では歳がわからんのか」
「そうです。ハーフエルフの方もエルフの血が濃く出ると寿命が無くなったり人間よりも大幅に長生きしたりするんですよ。まあでも、エルフの血が色濃く出たハーフエルフの方とはあまり会う機会はありませんがね」
「なぜだ?」
「捕まってしまうからです」
「捕まる?」
「そうです。あの、ご本人の前で言いにくいのですがハーフエルフはこの国では蔑まれ差別を受けています。でもそれは、自然とそうなったのではなくて統治される方がそうなさったからなんです。具体的に言えば捕まえて利用するために。エルフは単体でも強いですし、エルフを捕まえて奴隷にすると全エルフを敵に回すことになります。でも……」
「そこまででよい。言いたいことはわかった」
要はエルフの代わりというわけか。
強く、見目麗しく、老いぬ、そんな奴隷は皆が手に入れたいに決まっておる。
だがエルフにはおいそれと手は出せぬ。
だからその血を受け継ぐハーフエルフを捕まえる。
社会のつま弾き者にして立場を弱くし、親にも蔑まれるような境遇に追い込む。
そうすれば親は自分から子供を売るし、捨てられたところを捕まえたところで誰も文句を言わぬ。
エルフ側は言わずもがな。
人間を見下すような傲慢なやつらならば人間の血の混ざった子供を一族の子だとは認めまい。
反吐が出るほどうまく考えられておる。
人間を捕まえて物のように売り買いするなどは南蛮人のするような野蛮なことだと申すが、日ノ本侍でも同じようなことを行っておる輩をワシは何人も知っておる。
食えぬ領民の受け皿として人身売買をするならばまだ救いはあるが、そうではない者も多い。
髪色が違えども顔の作りが違えども、これが人間の欲望の行きつく先というわけだの。
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