2.魚捕り
この街には近くの大きな川から水路が引かれておる。
その水路には鉄格子が嵌り動物や浮浪者が入り込まんようにしてあるのだが、この鉄格子の1本が簡単に外れるように細工されておる。
ワシらのような浮浪者は一度街を出たらまず入れてもらえんからな。
おそらく誰ぞ手先の器用なもんが街に自由に出入りできるように細工を施したのだろう。
水路は街を縦断し、生活排水でどす黒く汚れてまた大河へと流れ込む。
細工が施されておるのは街から大河へと流れ込む水路の出口のほうだ。
この規模の街の住人の出す生活排水の流れ込んだ水路は酷い匂いを放っており、人が寄り付かない。
そのため鉄格子の細工になかなか気が付かんというわけだの。
ワシは周囲に人の気配がないのを確認してから鉄格子を外して水路を進んだ。
ぬかるむ水底がただひたすらに不快だ。
ただの泥のぬかるみならばよいが、これはあきらかに糞尿が水に滞留してできる瘴気まみれの汚泥だからの。
街を出たワシはまず川に向かい、素早く足を洗った。
このような汚い水は傷に付着するとそれがいかに小さな傷であっても膿ませたりする。
場合によっては膿が広がり、傷の周りが腐り落ちたりもするのだ。
履き物も履いておらん裸足の足には細かい傷だらけで、どこから瘴気が入り込んでもおかしくはない。
よく洗っておかんとな。
「しかしちょうどいい、川で魚でも取るかの」
ワシはボロを脱ぎ捨て、川へ飛び込んだ。
泳ぎは武士の習いだとはいえ、苦手な者もおる。
だがワシは大の得意よ。
故郷の川でも夏にはタナビラ(アマゴ)やアユを籠一杯に捕まえたものよ。
ワシは独り身だったので結局近所の童共にほとんどくれてやったがな。
殿に仕えてからは、長く川になど潜っておらなんだな。
童心に帰るの。
もっとも今のワシは本当に童なのだがな。
ワシは飛び込みの勢いのまま素早く足を動かして進み、両の手で1匹ずつタナビラ(アマゴ)に似た魚を掴むとすぐに陸に上がった。
「はぁはぁ、なんだこの童。全然足も動かんし息も続かんではないか」
まず痩せすぎなのだ。
今までろくに飯も食えておらなんだので仕方もあるまい。
これからたらふく食ってまずは身体を作らん事には始まらんな。
大振りの魚も2匹捕れたことだ、さっそく食らうとする。
川魚は腹の中に虫がおる場合があるからよく焼いて食わねばならん。
そのためには火を起こさんとの。
ここは川原だが、石は脆いものが多い。
火打石になりそうな堅い鉱物混じりの石は見当たらん。
火打ち金もないし、石で火を起こすのは無理だの。
だがここの石は割ると鋭い刃物のようになるので一つ二つ拾っておく。
苦い魚のハラワタを取り出すのには重宝するだろう。
ワシはあれが苦手ですべて取り出さねば食えん。
「手から火を出す妖術がワシにも使えたらいいのだがな」
だがあれはワシには使えんらしい。
あれは身体の中に属性と呼ばれるものがなければ使う事ができんのだと以前クズの父親に連れられて行った神殿で教えられた。
それがあったら高く売れるのにとかクズなことを抜かしておった。
使えたらワシは今ごろ腰ひも付けられて重労働かもしれんかった。
何が幸いするかわからんのがこの世だ。
仕方がないので木と木を擦り合わせて地道に火起こしをする。
雨の後とかでなくてよかった。
乾燥した流木はしばらく強く擦り合わせてやれば腕が怠くなる頃には赤い火種となり、息を送って熾らせると枯れ葉に燃え移った。
枯れ葉の火は小枝に燃え移り、小枝の火は太い枝に、そして最後に太い流木に燃え移った。
パチパチと真っ赤な炎が立ち上る。
やはり火は人間を安心させる。
暖をとることもできるし、温かい飯を作ることもできる。
風を送って高温にすれば金物だって鍛えられる。
便利なものよ。
かつて焚火を囲んで、殿や仲間たちと酌み交わした酒の味を思い出す。
火を起こして魚を食ろうたところで、こんな生活はまだまだ人間的ではない。
誰かと共に焚火を囲み、酒を酌み交わせるようにならねばな。
「たくさん食って、早く大きくなるぞ」
ワシはハラワタを取り出した魚を流木で作った串に刺して焚火のそばに突き立てた。
とうの昔に限界の胃袋はぐーぐーとワシを急かすが、こればっかりは急いてはならん。
腹の中の水分が飛び、ジュクジュク言わなくなるまでじっくりと焼かねば。
塩があれば美味い塩焼きが食えるのだが、近くに岩塩の出る鉱床もない内陸部のここいらでは塩は高級品だ。
浮浪者がまともなものを手に入れるのは難しい。
手に入ったとしても素人が作ったような砂と灰が大量に混ざった粗末な海塩くらいのもの。
それすらも一文無しの今のワシには手に入れることはできぬ。
銭がないのは辛いものだ。
魚が焼けるまでに銭を手に入れる方法でも考えるとするか。
戦に出て槍働きをしようにもワシはまだ元服前くらいの子供だし、丸腰だ。
おまけに近く戦があるなどということも聞いたことはない。
戦で稼ぐのは無理だ。
街の中での仕事も浮浪児を雇うものなどおらんので無理。
ならばどうするか。
何かを売るか。
買いたたかれるかもしれんが、いくばくかの銭は手に入れることはできるかもしれん。
ワシに売れるものといったら、今焼かれておる魚くらいのもの。
まあこいつはワシが食うが、また獲って売るか。
近くに森もあるし、動物の肉や毛皮なんかもいいかもしれん。
よし、食い物をとって売るぞ。
そうと決まれば腹ごしらえをしてもうひと潜りだ。
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