六面体のチート能力

兎屋亀吉

1.輪廻転生

「殿、すみませぬ。ワシはここまでのようだ」


 先ほど一騎打ちをした後藤又兵衛は聞きしに勝る使い手であった。

 槍の一撃の重きことよ。

 手傷を負わせることはできたがこちらもタダでは済まなんだ。

 全身の傷、とくに手ひどくやられた下腹からはとめどなく血潮が流れ落ちておる。

 もう長くはないことは明白だ。

 ワシの顔色は白砂のように酷いことになっておることだろう。

 旅立つにしても殿に何も申さずに勝手に逝くわけにもいくまいと本陣に戻ってみたが、ここも酷いものだ。

 おそらく殿の付いた西軍は負ける。

 こんなことを思うのは忠義に反するが、殿がすぐに来てくれるとあの世でも暇せんで済むな。


「先に、行っております」


「勘兵衛……。すまぬ。私もすぐに参る。そなたの10万石も、夢となってしまったな」


 殿が100万石の大名となった暁には、そのうち10万石をワシに与えるという大昔にした約束事だ。

 今となってはそのようなことはどうでもよかったが、そうだのう、殿が100万石の大名となったところを見てみたかった。

 いかんな、後悔などは死ぬ間際に武士のすることではない。

 ワシは最後の力を振り絞り、脇差を抜く。

 腹なんぞすでに捌かれておるし改めて掻っ捌かんでもたぶんすぐに死ぬだろうが、貰い傷でくたばるのでは後藤又兵衛の手柄になってしまうわい。

 ワシはあいつに殺されたわけではない。

 そう強く念じ、脇差を自分の腹に突き立てようとした。

 次の瞬間、ワシの脳天から股間まで何かが貫いていた。

 最期に感じたのは猛烈な熱さ。

 脳みそが沸騰するジュクジュクという音と共に、ワシは意識を失った。







 ぼんやりとした頭が、段々と覚醒してくる。

 ワシは、確か関ヶ原で一騎打ちをして……。

 手傷を負って本陣で腹を切ろうとしたんだったな。

 まさか生きながらえてしもうたのか?

 身体を起こし、辺りを見回す。

 

「は?なんじゃここは……」


 どこかの街のようだが、建物がすべて石でできておる。

 石垣の中に建物を建てるならまだわかるが、石を積んで建物とするとは。

 これでは地揺れが来たら一発で中の人間はぺしゃんこだろうに。

 重い石を積むのは大変だろうし、労力とつり合っておらんのではないかの。

 この街を作らせた大名は頭が悪いとみえる。


「しかしここはどこなんだろうな。石造りの街などは聞いたこともない。海を渡った蝦夷か琉球かのう」


 ワシが転がされておったのは薄暗い小路の隅だ。

 食い物のゴミや排泄物が堆積して酷い匂いを放っておる。

 なんという薄汚い街なのだろうか。

 立ち上がろうとすると酷い眩暈がした。

 頭痛も酷い。

 見たところ全身の傷は治っておるようだが、本調子には程遠いようだ。


「ぐぁっ、頭が」


 頭痛は酷くなるばかりだ。

 それに、なんであろうな。

 ワシのものではない記憶が頭の中にあるような気がしておる。

 ワシの意識はあまりの頭の痛みにもう一度薄れていった。






「はぁ、腹が減ったの……」


 ワシは状況を受け入れた。

 先ほどは目覚めたばかりで動転しておったが、よくよく自分の身体を見てみれば明らかに小柄になっておる。

 おまけに目の端に移る自分の毛髪は透き通るような金色だ。

 ワシはどうやら南蛮人の子供に転生したようだ。

 いや、本当に南蛮人かどうかも怪しいのう。

 なにせワシの記憶が目覚めるまでのこの子供の記憶の中には、わけのわからんものも多い。

 しゃべる二足歩行の獣や背中から羽の生えた人間、耳が長く尖った人間。

 挙句の果てに日常的に妖術のような術を使っておる。

 手から水が出たり火が出たりだ。

 それを誰も不思議なことと思うておらん。

 ワシは南蛮人を何度か見たことがあるが、そこまで人間を超越した奴らということもないと思うのだ。

 おそらく奴らはただ姿かたちが違うだけの同じ人間。

 であるならばこやつらはなんだ、ワシはなんだ。

 わからん。

 わからんが、生れ落ちたならば生きていかねばならん。

 そして男ならば、成り上がらねばならん。

 神か仏か知らんが、人間道をもう一度やり直せと仰せならばやってやるわい。

 殿が極楽浄土で寂しがっておるかもしれんが、まあ一人ではあるまい。

 ワシはもうしばらくこの世で遊んでから参る。

 目指すは今生でも一国一城よ。


「しかし、先立つものがないのう。ワシはまだ子供であるし。孤児であるし」


 小路で寝ておったことからもわかるように、ワシの記憶が蘇ったこの子供は浮浪児である。

 おっ母を早くに亡くし、お父はどうしようもないロクデナシ。

 多額の借金をこさえて夜逃げした。

 子供を置いてだ。

 クズだのう。

 まあ借金取りがそこまで悪どい輩ではなかったようで、お父の借金を背負わされることもなかったし奴隷として売られることもなかった。

 不幸中の幸いというやつだの。

 だが家は売り払われ、住むところはない。

 持ち物は着物と呼ぶにはみすぼらしいボロ切れが1枚。

 明日食う飯にも困る始末だ。


「仕方がない、街から出るかの」


 この街は石造りの立派な外郭に囲まれておる。

 この壁の中におる限りは野生動物などに襲われる心配はない。

 それゆえ記憶が蘇る前のワシは街から出ないようにしておったようだが、街の中では当然動物を狩ったり山菜をとったりで糊口をしのぐということはできぬ。

 街で暮らすにはどうしても銭が必要となる。

 安全な代わりに文無しには厳しいのが街の中というものよ。

 銭がないのならば街を出て危険を冒し、食い物を手に入れるしかあるまい。


「だが、丸腰はちと心細いのう」


 元服してから関ヶ原まで、いつでもワシの腰には刀が収まっておった。

 腰に刀がないことがこれほど心細いとは思わなんだ。

 とりあえず刀の代わりに棒切れでも差しておくとするかの。

 ワシは小路に落ちておった2尺(約60センチ)くらいの折れた杖のようなものを腰巻きに差し込んだ。

 長さ的に小太刀くらいかの。

 童の身体にはちょうどいい長さだ。

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