第弐夜
女子高生失踪事件から一週間後。
県警や地元の人間の懸命な捜索も虚しく、何の成果も上がらなかった。
夜明けから日没まで
「
「えー、面倒臭いわぁ。
「ふざけんな居候。絶対に行かないからね」
世間から注目されているこの土地で、一際怠惰な喫茶店があった。それは私が働いているお店、休憩処しきみ。
次いでに紹介しておくと、私に買い出しを押し付けてきた女性は
今日は土曜日だから、彩葉も私も朝からお店を手伝っているんだけど……。
「あー、暇。ねえ叔父さん、こんなに人気無い店なのに、何で潰れないの?」
「……お前なぁ、少しは歯に衣を着せて言いなさい」
「だってー」
今日は参拝客どころか、散歩に来る地元民すらも訪れない始末。その原因は当然、複数の高校生が奇妙な失踪を遂げた事件。
地元の老人達は、口を揃えて祟りだ罰が当たったなどとメディアの前で訴える。子を持つ親達もまた、存在もしない不審者を恐れて不要な外出を控える。
お陰様で、こっちは商売上がったりだ。
カランカラーン。
そんな中、店頭の引き扉に掛けられた鐘が鳴った。
「華弥、お客さんだぞ。注文を取ってきてくれ」
「ええー、今はちょっと手が放せない」
「どうせゲームでもしてるんだろう? さあ、早く携帯を仕舞いなさい」
「はーい」
黒貴叔父さんに注意され、仕方なくスマートフォンをポケットに入れる。そして伝票とペンを手に取り、笑顔で来客の元へと向かった。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「貴方が
その来客とは、行方不明となった高校生の一人、
彼女がここに来た理由は、爽やかな休日の朝に目覚めのモーニング珈琲を一杯。なんてお気楽な理由ではなさそう。
「へえ、そうなんですね。で、ご注文は?」
「貴方にどうしてもこれを観てもらいたくて、今日はここまで来たんです」
……本当に客じゃないのかよ。だったら用は無いわね。
「あー、ごめんなさい。今は仕事中なんで」
そう言いながら、すぐに踵を返す私。
「お願いします! 少しだけでも良いんです!」
「はぁ……じゃ、観るだけですからね」
この子の事情を知っているだけに、蔑ろにもできない私は、渋々琴音さんの隣に座った。差し出されたスマートフォンの画面を覗くと、彼女の細い指が画面に触れた。
「この動画、お姉ちゃん達が失踪当時に配信していた映像なんです」
そこに映っていたのは、やはり
━一週間前・配信された動画━
「みなさん、こんばんはーっ! 心霊怪奇女子ちゃんねるの美嘉でーす!」
動画の始まりは、神影山の麓にある
流石に深夜ではないだろうけど、まさか夜の間に訪れてしまっていただなんて……。
ピコン。
画面の中から聞こえる通知音。それと同時に、流れるように視聴者からのコメントが表示されていく。
(いつも楽しく見てます! )
(俺、和琴ちゃん派)
(JK二人だけとかwww 痴漢が出たらやばいでしょwww)
まるで緊張感の無いコメントの数々。
もしもこの中に、彼女達に警告する者がいたなら……。
「今日はなんと、地元で有名な心霊スポットに来てまーす! 和琴、説明宜しく!」
「あっ、えっと、この先にある廃村は、昔、夏になるとお祭りを開いていたらしいんです。でもある日、精神疾患を患った男性が迷い込んできて、拾った鉈でみんなを殺しちゃったんだとか……だっけ?」
「もう! 和琴の説明、雰囲気無さすぎー」
画面越しから聞こえる、美嘉さんの落胆する声。
「という訳で、今日はいろんな心霊グッズで検証をしていくからね! それじゃあ早速、行ってきまーす!」
そして画面の中の二人は、山の中へと入っていった。
ザザッ、ザザッ、ザザッ。
大音量で聞こえてくるのは、二人の足音。
遠くからは野鳥の鳴き声が甲高く響き、獣の唸り声がスピーカーを震わせる。草木が風に揺られる度に和琴さんが背筋を丸め、しきりに懐中電灯を照らす。
そんな彼女のすぐ後ろには、白い服の女性が付いて歩いていた。僅かに動く口許は、三文字の言葉を延々と発している。
「……ねえ、やっぱりやめようよ」
「駄目に決まってるでしょ? だってこれ、生配信なんだから。ほら、コメントも沢山くれてるよ」
ザザザッ、ザザザッ、ザザザッ。
ピコン。
尚も歩き続ける足音と、通知音が森に反響する。
(和琴ちゃんのおっぱい揺れてる)
(あれ、足音増えてね?)
(美嘉、そこで転んで)
(なんか男の声聞こえた)
白い服の女性の存在には、やはり誰も気付いてはいない。足音だけは、鳴っているのに。
「はぁ、はぁ、みんなお待たせ! 廃村に到着でーす!」
二人が山を登り始めて一時間が過ぎた頃、森の中には朽ち果てた木造の家屋が点在していた。
どんよりとした空気が辺りを漂い、うっすらと霧が立ち込める。
「早速、この家に入ってみますねー」
ガラガラガラ。
スマートフォンを向けながら引き戸を開き、躊躇なく侵入していく美嘉さん。玄関跡でレンズを振り、その屋内を映し出す。
割れた窓の下には赤黒い染みが残り、古い家具が無惨に転がっている。
柱の裏には、こちらを覗く黒い影が。
一通り家屋を探索した二人だったが、次第に口数が減り、早い息遣いだけが音声として流れる。
それはきっと、二人の中で焦りと不安が襲っているからだ。
「……あれ、おかしいなぁ。ここで合ってるはずなんだけど」
突然足を止めた美嘉さんが、本音を漏らしてしまう。
「ねえ、美嘉ちゃん。亜紀ちゃんが脅かす予定だったのって、この家だったよね。どうしよう、どこにもいないよ」
ピコン。ピコンピコンピコン。
(ネタバレしちゃったよwww)
(さっきの足音、やっぱりもう一人いたのか)
(はいやらせ~)
(これも演技?)
次々と通知音が鳴り続け、画面いっぱいにコメントが流れていった。
でも今の二人には、そんな事を気にかけている余裕は無いのだろう。実際にその場にいるからこそ、彼女達には肌で感じ取れているんだ。
この家には、
ガタッ。
その時、廊下の奥から物音が聞こえた。耳を澄ませば、ひたひたと水滴が零れ落ちるような音も。
「……亜紀? そこにいるの?」
廊下の奥を懐中電灯で照らし、呼び掛ける美嘉さん。浮遊する埃が照明を照り返し、人の顔を形作る。
それでも彼女達が注視するのは、磨り硝子の扉だった。ゆらゆらと反復する白と黒のモザイクは、その先に誰かがいる証拠。
彼女達の制服は、偶然にも白のブラウスとと黒のスカート。だとすれば、そこにいるのは……。
「亜紀……ちゃん?」
和琴さんがそっと手を伸ばし、扉を引く……。
「えっ……」
開放された扉から現れたのは……。
古びた縄で首を吊られた、亜紀さんの後ろ姿だった。
ドサッ。
人形のように床に転げ落ちた亜紀さんは、微塵も動かずにこちらを凝視していた。今にも千切れそうなその首からは、多量の血が溢れ、排水溝へと流れていく。
「……い、いやぁぁぁぁ!!!」
スピーカーが割れるほどの悲鳴が轟き、映像が激しく揺れる。
往々にして映し出されるのは、錯乱するように駆け出す美嘉さんと、振り回される懐中電灯。
そして、その
ガガッ! ガガガッ!
最後に映っていたのは、森の奥へと逃げ延びる二人の姿だった。
千切れかけた首をだらりとぶら下げた、血塗れの亜紀さんに追われながら。
ピコン。
(えっ、何これ……)
(作り物すぎて草)
(本当にやばくね?)
(とりあえず警察呼んどいた)
ピコン。
(やり過ぎ。エグい)
ピコン。
(首……取れてた)
そこで映像は途切れていた。
この配信を見ていた人は、誰も気が付かなかったのだろう。見えていなかったのだろう。
二人を追っていったのは、亜紀さんだけではない事を……。
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