オマケ日常話その2 華恋と東とカラオケ会

 ※本編の流れには直接関係のないゆるい日常回なので気楽にお楽しみください。

  (オマケは取りあえずこれで終了)


 ※東さんの歌の趣味が分かった人も彼女の年齢を推測しないであげてください。


 ********************




「神代さん、こんどは女子だけでカラオケ行こうってなってるんだけどさ。一緒いかない?」

「そうそう、男子禁制の女子会だから!」

「えと、お誘いはとても嬉しいのですが、家事とか色々あって、ですね……」

「あ~、やっぱそっか~」


 学友の誘いを断る華恋。

 いつもの光景ではある。


 当然、誠一郎もそれを見ていた。


(う~ん……あいつもなぁ)




 家に帰って来て、先に帰っていた華恋と顔を合わせる誠一郎。

 因みに、エリカは勉強会のリベンジとのことで出かけている。今回は流石にテストまで切羽詰まっているので雑談しないように図書館で勉強するらしい。


「なぁ、華恋」

「はい? あ、お茶ですか? お茶菓子も一緒に用意しますから、手を洗ってきてくださいね」

「それはもうやった、っていやそうじゃなくてさ」


 リビングの入り口付近で立ったまま話す誠一郎。


 彼が少し言いにくそうな話題を出そうとしていると察して、きちんと正面に向き直る華恋。


「お前さ、今日も女子のカラオケの誘い断ってただろ? もしお金とかのことを心配してるなら、その分くらいは気にしないでいいからさ。行ってきたらいいんじゃないか?」


 若干気まずそうに言っているあたり、誠一郎としては『余計なお世話』をしている自覚はあるのだろう。

 だが、目線を逸らしつつも発言は止めない。


「華恋は俺によく生活改善がどうとかいうだろ? だったらお前の方もこう、なんつーか、普通の学校生活? みたいなのやってもいいんじゃないかっていうか、なぁ?」


 華恋は黙って誠一郎の話しを聞いたあと、ゆっくりと答えた。


「誠一郎の言いたいことは分かりました。いつも本当にありがとうございます。でも、やっぱり行くのはちょっと……私なんかには、無理かもしれません」

「いや、だから、金のこととかは別に」

「いえ、そうではなくてですね。それもなくはないんですが、一番はその」

「その?」


 華恋の声が段々と小さくなる。


「カラオケって、行ったことないですし、緊張しちゃうじゃないですか……」

「そんな理由かぃ!?」


 反動で思わず声がデカくなる誠一郎であった。


「だ、だって、人前で歌うんですよっ? 音楽の授業でもないのに、そんな経験ないですし。そもそも友達とそういう所に行ってどう振る舞えばいいのかよく分からないですし」

「お前なぁ……。なんでそう大胆な時と繊細な時の差が激しいんだよ」


 とてもではないが、男の一人暮らしの家に一人で突撃してきた少女とは思えないビビリかたである。


「カラオケなんて別に上手く歌うこと要求される場じゃねーんだから、適当に行って適当に歌えばいいんだよ」

「そうそう。カラオケは気持ちよく歌えればいいのよ。まぁ私は一人カラオケ派ですけどね!」

「うぉ!? 東さん!?」


 気がつけば、誠一郎の後ろに弁護士の東が立っていた。


 彼女はこの家の合鍵を持っているので勝手に入ってきたのだろう。

 以前から仕事の空き時間を見つけた時など、希に突然訪れては誠一郎の生活の抜き打ちチェック――という名の生存確認――みたいなことをする人なのだ。


「東さん。いらっしゃいませ。今日はどうかしたんですか?」

「久しぶりね神代さん。仕事の関係で近くまで来たし、ちょっと突然に時間空いたから様子見にきたの。ついでにコーヒーでも飲もうと思って」

「あのなぁ、ウチは喫茶店じゃないんですけど?」

「今、コーヒー淹れますね。この前買い物をしていたらドリップバッグの試供品を貰ったので、それを」

「あら、ありがと。ブラックでいいわよ?」

「おぃこら家主を無視すんなお前ら」


 文句を言いつつも「ったく、しゃーねぇな」と華恋を手伝いだす誠一郎と、勝手に座ってそんな二人を眺めだす東。


「あ、お茶菓子、上の棚の奥にしまっちゃいました。椅子を……」

「いいよ、俺が取るから。それよりお湯湧かしてるんだから気をつけろよ?」

「はい。ありがとうございます」


 えらく自然にやり取りをしている二人を見て、東が感心したように呟いた。


「…………なんか、あなた達もう恋人みたいな空気ね」


 ガチャンッ。と、華恋が空のカップを落とした。


「っ!? ご、ごめんなさいっ」

「ちょ、素手で拾うなって。危ないから。それよりホウキとチリトリ、廊下にあったよな? 取ってくるわ」

「はい、すみません。私、取っておいた紙袋出しておきますから」


 パタパタと動く二人をみて、更に東が感心したように呟いた。


「………………っていうかもう、新婚夫婦みたいなノリね?」

「あんたもう黙っててくんないか!?」


 東の発言を聞いてすっころびそうになった華恋を見て、たまらず誠一郎が叫んだ。




「で、そういえばなんでカラオケの話しになってたの?」


 やっとコーヒーを人数分淹れられたので、三人座って落着いて飲みつつ東が口を開いた。


「あぁ、華恋がな。カラオケ行ったことないから怖くて友達と行けないって言うんで」

「あら、そうなんだ」

「はい、お恥ずかしながら」

「別に恥ずかしくはないでしょ。……ふ~ん、じゃあ今から行きましょうよ」

「へ?」

「え?」







「来ちゃったよ……」

「ここが、カラオケルーム……」


 コーヒーを飲み終えるや、東の車に乗せられてあっという間にカラオケに来てしまった三人である。


「さー、久々に歌うわよっ。あんま時間ないからポンポンいきましょう!」


 既にマイクを片手に持っている東。

 更に片手で曲を入力している。


「東さんって、カラオケお好きなんです?」

「あー、まぁな。弁護士の仕事で忙しい時とかに、歌ってストレス解消するのがいいんだってよ。俺も昔はよく付き合わされてなぁ……」

「あんたたちも司法試験受けてみたらカラオケで絶叫したくなる私の気持ち分かるわよ! さぁ、まず一曲目は私からいくからねっ」


 速攻で選曲して速攻で歌い出す東。

 広いとはいえない室内に爆音が響き渡り、体をビクッとさせる華恋。


 因みにだが、東は立って歌っているので誠一郎と華恋は机を挟んで向かい合って座っている状態である。


「この歌って、何の歌なんでしょうか? 凄くかっこいい曲ですけど」

「あ~、これはアニソンってやつだな。昔のアニメのオープニング曲」


 爆音下の会話なので、どうしても耳元でささやく様な状態までいかないと会話が成立しない。


 ゆえに、立って歌っている東から二人を見ると。


「あんたたちね!? いくらこの曲が、誰とキスするか? みたいな歌詞だからって、人が気持ちよく歌ってる前でイチャつくんじゃないわよっ!」

「いちゃッ――!?」

「変なこと言わんでいいから歌ってろよ!?」


 一応言いがかりではあるのだが、状況を見れば東でなくともイチャついているようにしか見えないのも事実であった。




 東が歌い終わり、マイクが華恋に渡される。


「わ、私が歌うんですか?」

「その為に来たんだろうが。どうせ俺らしか聞いてないんだから、あんま緊張せずに歌えばいいんだって」

「は、はぁ……では」


 華恋が歌いたい曲を告げて、誠一郎が入力した。

(ちょっと古い流行歌で、母が聞いていたのをなんとなく聞いたことがあるらしい)


 東は目の前で弟分にイチャつかれたダメージを受けて部屋の端っこに椅子を持って行っていじけている。


「~~~♪」


 華恋の歌は、やはりまだ恥ずかしさがあるらしくかなり初々しい歌い方だった。

 恐らく自分の声をマイクを通して聞くことに慣れていないのだろう。


 ただ声質が非常に透き通っていて綺麗なので、つたない歌い方も合わせるとギャップでえらく可愛らしい。


「………………」

「まさかとは思うけど、この状態で男の子がいるカラオケに一人送りこむんじゃないでしょうね?」


 何故か難しい顔で聞いている誠一郎の耳元で、いつの間にか近くに寄ってきていた東がささやいた。


「次のカラオケは女子会だそうですよ。……まぁ、あれだ、男子がいる時は、俺もついていきますんで」

「それがいいと思うわよ。新婚さん?」

「いい加減ひっぱたきますよ?」


 そんな会話をされているとも知らず、歌い終わって安堵のため息をする華恋。


 パチパチパチと、拍手をする東と、席を立とうとする誠一郎。


「ちょっと、どこいく気?」

「え? ドリンクバーで飲み物とってこようかと。皆の分も取ってきますよ。何がいいです?」

「いいから、誠一郎君も歌いなさいよ。飲み物は私が取ってきてあげるから」

「えぇ? でも」

「いいからいいから」

「はぁ……」


 半ば強引にマイクを渡され、渋々と曲を入れる。


 あー、あー。と、声の調子を確かめている誠一郎を興味深そうに見つめている華恋。


「なんだか、不思議な感じですね。普段見慣れている誠一郎君でも、歌うところを見るのは初めてですし」

「そうマジマジと見られると歌いにくいんだが。まぁ、いいか」


 慣れた様子で座ったまま歌い出す誠一郎。


 その歌声は。


「……………………」

「どう? よくない? 誠一郎君の歌」

「――!?」


 華恋は聞くのに夢中になっていたらしく、飲み物をとってきた東がすぐ隣に座ったことにも気が付かなかったらしい。


「そ、そうですね。い、良いです。なんていうか普段の声とちょっと違って、雰囲気も違って見えるといいますか。格好いいと、いいますか……」

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」


 実は、過去にストレス解消用カラオケに誠一郎を付き合わせていた際、最初は東ばかりが歌っていた。

 しかし強引に誠一郎にも歌わせてみたところ、思いのほか良い声をしていることに気が付いた東が『この声だったらこういう歌とか歌ったら良い感じになるから!』などと言って、いくつも歌を仕込んだ。


 という経緯があったりする。


 一応、東としては誠一郎が将来カラオケに友達と行った時に馴染みやすいようにとか、ともすれば女子にアピールできるんじゃないか? との考えもあっての親心的お節介でもあったのだ。(とはいえ殆どは己の趣味だが


「誠一郎君、歌うとこういう感じなんですね……」


 華恋の横顔を見つつ、あぁ私の仕込んだ歌は無駄ではなかった、みたいな思いを胸に『ワシが育てた』バリのどや顔で一人頷く東。


 結局、その後は東の歌いたい欲が爆発して殆どがアニソンメドレーになってカラオケは終了したのだが――。


 概ね、華恋はカラオケというモノに対する未知の恐怖からは脱却できたようだった。







「えぇ~!? カラオケ行ってたのぉ!? ずるい~っあたしもいきたいいきたい~!」


 東と別れ家に戻った二人は、今度はエリカに絡まれていた。


 まぁ、エリカからすれば自分が勉強している間に二人はカラオケに行っていたと言われれば、こういう反応になるのも無理からぬことではあるが。


「えぇ、今度は私とエリカと誠一郎君の三人でいきましょうね」

「うん、いくいく~!」

「マジかよ。あ~、まぁ、いいか。カラオケくらいなら。っていうか、華恋は女子のカラオケ会は行く気になったのか結局?」


 誠一郎の問いに、華恋はゆっくりと頷いた。


「はい。何度もは難しいですが、偶になら。折角いつもお誘いいただいてるのに、ずっと断りっぱなしも悪いですもんね」

「そうか。ま、あんま気負わずに行ってこいよ」

「そうだよおねーちゃん。女子だけだったら適当に楽しんでくればいいんだよー」


 女子だけ、という単語にピクリと反応する誠一郎。


「あー、でもな、もし男子もいる時に行くなら俺にも一応声をかけろよ? なんか、色々危なそうだから」

「そうだよおねーちゃん! 男子いる時は適当にいっちゃだめだからね?」

「分かりました、そういう時は行きません。ですので」

「ですので、なんだ?」

「ですので、どしたのおねーちゃん?」


 華恋が、誠一郎の至近距離まで近づいて噛んで含めるように――。


「もしも、誠一郎君が、女子もいるカラオケに行く時には、絶対に私も呼んでくださいね? 絶対です」

「……へ? あ、おぅ?」


 ――そのようなことを言った。


 妙に迫力があったせいで『そんな機会あるわけないだろ』と、誠一郎が普段だったら言うような言葉が出てこない。


「三人でカラオケ行くまでに、もうちょっと他にも曲を覚えたいですね」

「あ、それだったら誠おにーさんのパットとか借りれば聴ける曲もあるよ~」


 姉妹揃って歌を仕入れにいくらしく、出ていく二人。


「……華恋のやつ、カラオケそんなにハマったのかな?」


 残された誠一郎は、一人ズレたことを考えていたのだった。

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