第30話 星名千聖という女 後
「……」
千聖は目を奪われた。
それは何気なく立ち寄ったコンビニで、漫画の週刊誌が売り切れていたのを残念がっていた所にふと目に入ったファッション誌の表紙だった。
綺麗な女性が、派手な服を身に纏い、見栄え良く写っている。
新たな世界を、否……ずっと近くにあったが、認識していなかった世界を彼女は捉えた。
すげぇ……。
千聖は思った。
綺麗だから、目立っているから……そうではない。
自己の存在をこのように表現できることに、感動を覚えたのだ。
ずっと心にぽっかりと空いた穴を、なにかが埋めるのを、千聖は心のどこかで期待していた。
だが、違った。それではダメだと、千聖は本能で理解する。
なにかが穴を埋めるのを待つのでは無い。自ら進んで穴を埋めにいく。
退屈であるなら、この世界を空虚だと感じるのなら、自らの足で道の世界へと、片足を踏み入れる。
「……」
意思を決めた千聖は、ファッション誌を会計に持って行った。
慣れないメイク、慣れない髪染め、慣れない服。
全てが新鮮で初めてで、だけどそのどれもが千聖にとっては楽しかった。
気付けば、千聖はもっと変わろうと、変わってやろうともがくようになった。
自分の欲望に従って、自分の本能に従って、新たな世界を求めて。
◇
約一年半後。
「ね、ねぇ。ど、どういうこと? 千聖ちゃん……」
「どうって、別にどうもこうもねぇよ」
中学校卒業間際、千聖は創に対し、少しバツが悪そうに答えた。
「ふ、歩和高に行くって……な、なんで!? 僕と一緒に阿久高に行くんじゃなかったの!?」
「あー? ンなこと一言も言ってねぇだろ」
千聖は阿久高ではなく、自由な校風と直感に従い、歩和高を受験、合格した。
創はそんなことを知らず、阿久高へと入学することになっていた。
千聖が創に言わなかったのは、言えば当然彼がついてくると思ったからだ。
創のことを好きな女子から言われた一言が引っかかっていた千聖。
これはちょうどよい機会だと思った。
「あのなぁ。お前もいつまでもウチに引っ付いてねぇで、新しいこと始めろって」
「そんなの必要ないよ! 僕は千聖ちゃんと一緒にいれればそれでいい! 千聖ちゃんの一番近くで、千聖ちゃんの強さを見ていたいんだ!!」
「……マジで言ってんのかお前」
「マジだよ!」
声を荒げるように返答する創に、千聖は「はぁ」と溜息を漏らす。
まさか創が自分のことをそこまで固執しているなんて、千聖自身思ってもいなかった。
——今ならわかる。これはダメだ。
このままはきっと、創のために良くない。
千聖は本能的に理解した。
彼女の中で、創と離れる意思がより一層固まる。
だが今のままでは創は引き下がらないだろう。
加減した暴力により従わせる……その選択も取れたが、千聖はその選択肢を即座に頭から除外した。
理由は二つ。
一つ目は、加減した暴力で創が引き下がるとは到底思えなかったから。
二つ目は単純に創への情だ。
なんだかんだ、この数年間彼女は創と一緒の時間を過ごした。
創という人間を否応なく間近で見続けてきた彼女は、暴力を振るう気にはとてもなれなかった。
ならば、どうするか。
「創、これはテストみたいなもんだ」
「て、テスト……?」
千聖から唐突に放たれたその単語に、創は疑問符を浮かべる。
「おう。お前昔からウチに守られてばっかだろ。それじゃダメだ。ウチの隣に立ちてぇんなら一人前の……ウチに釣り合う男になんねぇとな」
「え、そ、それってつまり……」
「えーと、つまり……」
それっぽいことを言った千聖は、まさかそこから聞き返されるとは思わず、言葉に詰まる。
だが直後、
「ぼ、ぼぼぼ僕が一人前になったら、僕と付き合ってくれるってこと!?」
創は興奮気味にそう言った。
「え? お、おう! まぁそういうことだ! ……つか待て。付き合うって、お前ウチのこと好きなのか?」
「えっ!? あ、言っちゃった……。はは、うん。小学校の、頃から……」
創は恥ずかしそうに
「マジかよ」
「あ、あはは。千聖ちゃんはそういうの興味ないからしょうがないよ。で、でも! 僕が頑張って変われたら、千聖ちゃんの隣に立てる一人前の男になったら、付き合ってくれるんだよね!」
念を押すように聞いてくる創。
正直なところ、千聖にその意思は全くなかった。
千聖にとって創の認識は言ってしまえば弟のようなものに近い。恋愛感情は、無い。
だがこれは千聖にとって、あまりにも都合が良かった。
これだけ純粋な創に嘘を吐くことにたしかに抵抗感はある。
「おう」
それでも、千聖は嘘を吐いた。
ま、ウチと離れてしばらくすりゃあウチのことなんか忘れて、新しく好きな女もできんだろ。
そう考えたからだ。
「ハジメ、お前も変われ。新しい自分になって、もっと人生楽しめ」
千聖は創へ激励の言葉を送る。
「うん!」
創は笑顔で答えた。
◇
そして現在。
過去を思い出しながら、誰にも気付かれぬよう千聖は自嘲気味に笑う。
バカだなウチは……。
そのツケが回ったきた……自業自得だ。
もっと考えるべきだった。
もっと言葉を尽くすべきだった。
もっと……創と向き合ってやるべきだった。
自分の浅はかさに、千聖は遅すぎる後悔をした。
―—でも、楽しかった。この気持ちに嘘は吐けねぇ。
後悔はある。
しかし自分が過ごした高校生活は、自分が変わり踏み入れた世界は楽しかったと、千聖は断言できた。
ーー高校に通うのはマジで楽しかった。
色んな奴らがいて、色んな声がして、色んなことが起こってて、不良の世界しか知らないウチにとっては全部がキラキラしてて新鮮だった。
小中学校の時はよく学校をサボってたけど、高校に入ってからは毎日通った。なんなら他の奴らより早く来てた。
思い返す。
そして崩壊したダムのように、想いは溢れ楽しかった思い出が走馬灯のように、千聖の脳を駆け巡った。
ーーコトハ。
最初にお前が話し掛けてくれて嬉しかったぜ。ファッションとかメイクとか、色々話して、気付いたら大体ずっとお前といた。
ウチと初めての友達になってくれて、マジでサンキュな。
親友への想いの独白。
次いで彼女の頭には、最近知り合った一人のバカが浮かんだ。
千聖は湊斗のことをウワサ程度には知っていた。千聖も校内で有名ではあるが、湊斗はそれ以上だった。
だがその程度の認識。千聖の方から関わろうとすることは微塵もなかった。
しかしあの日、千聖と湊斗が初めて間近で向かい合い、言葉を重ねた日……彼女は本能で確信した。
ーー
だから彼女は湊斗をパシリにし、一緒に過ごすことにした。
結果はその確信をより
湊斗のバカで突飛な言葉と行動が、千聖にとってワクワクさせた。
それでも、楽しかった学校生活はさらに楽しくなった。
ま、まぁたまに殴るのはちょっと悪かったな。
いや! でもそれはアイツがワケ分かんねぇこと言ったりしたりすっから……!
それにウチとコトハのパシリなのに他の女と仲良さそうにしてるし……!
殴んのもちゃんと手加減したし……。
思い返しながら、千聖にイライラとモヤモヤが募る。
「千聖ちゃん。見て」
「あ?」
創の言葉に我に返った千聖。
顔を前に向けると、そこにはたくさんの不良たちが羨望の眼差しで千聖を見ていた。
「俺、変われたよ。千聖ちゃんの言葉で、千聖ちゃんの隣に立てる、千聖ちゃんに相応しい男になれた。この光景は、変わった俺から千智ちゃんへの初めてのプレゼント」
創に一年前までの弱々しさやおどおどした様子は一切なかった。
ただ堂々と、大真面目に、千聖に言ってのけたのだ。
「さ、千聖ちゃん。千聖ちゃんからもなにか激励の言葉があれば言ってほしい。君の言葉があれば、俺たちはどこまでも不良の高みに登っていける!」
「あ、あぁ……」
創の言葉に従うように、千聖は一歩前に出る。
そして気付けば、
「あ……?」
千聖の目に、熱いなにかが込み上げてきた。
「え、ど、どうしたの千聖ちゃん?」
「い、いやこれは……」
な、なんだよコレ……? な、涙か? ざ、ざけんなよなんで……。い、意味分かんねぇ。
と、とにかく抑えねぇと……!
「も、もしかして俺の成長が嬉しくて泣いてるの? う、嬉しいな。そ、そんな風に思ってくれるなんて……。お前ら祝えぇ! この俺が、お前たちが一堂に集うこの光景が、千聖ちゃんを感激させたんだぁ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
千聖の涙のワケを勝手に解釈し、嬉しがる創。
そんな彼につられ、野太い歓声を上げる不良たち。
その中で、ただただ溢れ続ける涙を困惑しながら拭う千聖。
ーーその時だった。
「ヘイヘイヘェェェェェェェイ!!!」
混沌としたこの状況に風穴を開けるように、広い倉庫中ひバカみたいな声が響き渡る。
そして全員が倉庫の入り口に目をやった。
「誰だてめぇ!!」
不良の一人がそう叫ぶ。
対し、現れた男は答えた。
「あぁん? 束橋湊斗、星名さ……じゃねぇ。
◇◇◇
【読者の皆さまへ】
少しでも
「面白い!」
「面白そう!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
作品のフォローや★評価を入れてくださると嬉しいです!
★は目次の下から入れられます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます