陳宮異文伝─汚辱にまみれて生き残る─
カティ
第1話 呂布の頼み
「陳宮、頼みがある。」
俺に今話しかけているのは我が殿であり、最強の武人、呂布である。
今は曹操に城を囲まれ、明日にも落城するかも知れぬ火急のときでもある。
だが、自身の武勇を頼みにする殿が頼みとは・・・
俺は少し困惑しながら、頼みを聞こうとする。
「殿、いかなる頼みでございましょうか?」
「陳宮、曹操に降れ。」
「殿!!いきなり何を申される!曹操に降れとはあんまりではございませんか!
私は殿を裏切るつもりはございません。」
俺の声を受け入れるように殿はジッと俺を見つめている。
「そんなお前だからこそ、頼みたい事がある。」
「私に頼みたいとは?」
「娘、呂希のことだ。」
「姫様の事ですか?」
「ああ、近々この城は落ちるであろう。」
「っ!!いえ、そのような事はございません、しかと守れば曹操も冬に勝てず撤退するはずにございます。」
「よい、ワレに気遣い有りもしない事は言うな。」
「誠に申し訳ありません、私のチカラが足りぬばかりに・・・」
俺は深く項垂れる、軍師として敗戦を迎える今の状況、責任を感じるばかりであった。
「お主の献策を無下にしたのはワレである。
ワレの方こそ謝罪する。」
殿が頭を下げる。
その姿に俺は驚きと悲しみに包まれる。
最強の漢が頭を下げるしかない状況を作ってしまったのだ。
俺の瞳から涙が溢れおちる。
「陳宮泣くな。」
「しかし、殿。
これが泣かずにいられましょうか。
軍師として偉そうにしながら、最強たる殿に敗戦を味わわせるなど・・・」
「よいのだ・・・
それより、お主の忠誠を見込んで娘を頼みたい。」
「まさか、曹操に降れとは・・・」
俺は殿の考えが理解出来た、俺に曹操に降伏して娘の行く末を託されているのだ。
殿は俺に死なずに娘を守れとそう命令しているのだ。
最強の漢にして、我が主の最後の頼み、断りようも無かった。
「殿は惨うございますな、私に難しい命令をお与えくださるとは。」
「お主なら出来るであろう。
ワレとて年端のいかぬ娘を死なすのはしのび難い、だが城に残しても曹操に辱められるだけだ。
だが、降ったお主の妻なら曹操も手が出せぬであろう。」
「妻?殿は何をおっしゃられる、殿の御命令なら私が一命を賭してお守り致す所存でございます。」
「それだけだと弱かろう、それにな、一命を賭してもらうお主に最期の褒美だ、しかと受け取れ。」
「殿・・・」
俺に殿の最期の願いを断る理由は無かった。
その夜、殿は家族と近臣を集め、最後の宴を行う。
「皆、よく聞け明日ワレは出撃し、曹操を打ち倒さん。
我が武勇を天下に知らしめようぞ。」
呂布の言葉に最後の時が来たのだと、家族は涙し、近臣は覚悟を決めているようだった。
「希よ、よく聞け。」
呂布は娘、希に声をかける。
「お父様、わたくしとお母様は先にお待ちしております。」
呂希は涙をこらえ、父である呂布を送り出そうと気丈に笑顔を見せる。
「ならん、お主は生きろ。」
「えっ、お父様はわたくしに生き恥をさらせとおっしゃるのですか、私が曹操の慰み者になれとそうおっしゃるのですか!」
「ワレとて希は可愛い、可愛い希には生きて子を成し、ワレの血筋を繋いでいってほしい。」
「お父様!ですが曹操の子など!」
「曹操の慰み者になどせぬ、そなたの事は陳宮に託す、そなたは陳宮の妻として後世に血を繋ぐのだ。」
「わたくしが陳宮の妻ですか?」
「そうだ、陳宮はワレには勿体無い臣である。
必ずやそなたを幸せにしてくれるであろう。」
「・・・お父様の御命令なら、わたくしに嫌もありませぬ。」
「そうか、受けてくれるか!皆よく聞け、これより陳宮と希は夫婦である。
さあ、今宵は皆も飲め!」
呂布は上機嫌で皆と最後の盃をかわす。
俺も殿との別れを惜しみ、かわす盃に思いを馳せていた。
だがこの時、殿と希が話し合う時間があれば良かったのかも知れない・・・
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