未来からきた男:2

「ここに、とある書類があります」杉本はそう言うと、持っていた紐付きのA4茶封筒を膝の上へ置いた。

「この書類が、私が追われる理由であり、この時代に来た理由です」

 茶封筒はかなりの厚みがあり、中に入っているであろう書類の形がくっきりと茶封筒に折り目がついている。

「なんだ? よくわからん。それは何の書類なんだ?」

 杉本は辺りを見回し、周りに誰もいないことを確認してから話し始めた。

「これは、『量子もつれによるEPR-X型時空間テレポーテーション原理、ATLASχマイクロブラックホール生成、およびER-26Y型ワームホール物体転送装置』についての特許書類です」

「りょ……時空……マイクロ……物体そうち? なんて言ったんだ?」

「『量子もつれによるEPR-X型時空間テレポーテーション原理、ATLASχマイクロブラックホール生成、およびER-26Y型ワームホール物体転送装置』です」

 杉本は繰り返し同じ言葉を言ったが、俺には一つも理解できなかった。

 杉本は茶封筒の紐をほどき、中から分厚い書類の束を取り出した。書類の表紙には杉本が言った『量子もつれによるEPR-X型時空間テレポーテーション原理、ATLASχマイクロブラックホール生成、およびER-26Y型ワームホール物体転送装置』というタイトルが記されている。

「この書類ですね、簡単に言いますと『タイムマシンが作れる特許書類』と言い換えることができます」

「タイムマシン……」

「えぇ、そうです。ネコ型のロボットが乗っているあのタイムマシンです。まぁ仕組みは全く異なりますが……」

「特許書類ということは、なんだ、あれか? その書類でタイムマシンが作れるってことか。タイムマシンなんて未来の話だと思っていたのに、もう作れる段階まで来てるってのか?」

「はい、作れます。ただ、この時代ではまだ作れません。作れるのはやはり未来の話です。この書類は私と一緒に未来から来たのです。つまりタイムマシンが出来るのは、この時代から見ると未来の話なのです」

「この書類は私と一緒に未来から来た? あんたが未来から来たって話すら信じてねぇのに、書類がどうの言われても信じられるか」

 杉本はまたしても困った顔をして黙り込んでしまった。

 俺はさっき買ったタバコの包装を剥がし、一本口にくわえた。自分の口の悪さは今に始まったことではない。ライターでタバコに火をつける。

 世の中は電子タバコが主流だが、俺は昔ながらのタバコが好きだ。

「そ、そうですね。それではもっと細かい話からした方が良さそうですね。この書類に書かれているタイムマシンの仕組みについてもお話ししましょう」

「難しいことはごめんだぜ」ふーっとタバコの煙を吐き出す。

 「お礼」という言葉につい振り向いてしまったが、こいつは小難しそうな話だ。未来から来たというなら証拠を出してもらおうじゃないか。そうだな、未来で起こる事件とかどうだろうか。俺は杉本に質問する内容を考えていたが、杉本は「タイムマシンの仕組み」について話し始めていた。

「ワームホールという言葉はご存じですか? 例えばここにリンゴがあるとします。そのリンゴの表面のある一点に虫がいたとして、その虫がリンゴの裏側に最短距離で移動するにはどうしますか? 表面を伝って裏側へ行きますか? そうではありません、答えは――」

「リンゴの中を喰い進むんだな」答えが分かったので杉本の話に重ねるように言った。

「正解です。リンゴの円周よりも直径の方が――つまりリンゴの中を喰い進む方が、最短ルートとなります。虫喰いなので、『ワームホール』と呼んでいます。もし仮に私たちが生きているこの空間にもワームホールが存在し、それが通過可能なものならば、そこを通ることで光よりも速く時空を移動することができます。ここまで分かりますか?」

「あぁ、この地球上にも虫喰いの穴があればそこを通ることで、日本からブラジルまで一直線で移動できるってことだよな。ワームホールって言葉は初めて聞いた。あと、光よりも速く移動ってのはなんだ?」

「光が一番速く移動できるということはご存知ですか? 先ほどのリンゴの例で言いますと、光の移動はリンゴの表面を移動している、ということになります。そして、通過可能なワームホールが存在したとして、その中を光が移動するとリンゴの表面を移動したときよりも速く移動することができる、といった解釈です」

 杉本は科学者か研究員なのだろうか。さきほどから理屈っぽい話をしている。

「ワームホールの通過。未来ではそれがテレポーテーションという形で実現可能になっています。そしてワームホールはある方法で生成することができるのです。ある方法――それはブラックホールです。ブラックホールとホワイトホールがつながっている、とった話は聞いたことがありますか? 簡単に言うと、ブラックホールとホワイトホールを結んだ状態をワームホールと言うことができます。ただ残念ながらこのままでは通過することはできません」

「ブラックホールに入ると重力が強すぎて人間は木っ端みじんになるということを子供の頃、聞いたことがあるぞ」

 俺は子供の頃に読んだ科学雑誌に書いてあったことを思い出した。

「重力とはちょっと異なりますが、考え方としてはその通りです。ブラックホールとホワイトホールをつなげただけの状態は非常に不安定で通行できません。というか厳密には通行している訳ではなく、地点Aから地点Bへと瞬時にテレポーテーションしているのですが。量子もつれと言う言葉は聞いたことありますか?」

「いや、ないね」即答だ。

「量子もつれとは、そうですね……、ここに中身が分からないようになっている箱を二つ用意します。そしてここに南京錠とその鍵があるとします。それらはそれぞれ箱の中にしまわれています。そしてあなたが一つの箱を開けて、中に鍵があったとします。するともう一つの箱には何が入っているでしょう?」

「南京錠だろう」

 杉本は何を言っているんだ。当たり前のことだろう。

「そうです。鍵を見つけた瞬時に、もう一つには南京錠が入っていることが分かります。量子もつれとはこのような現象のことです。量子学の有名な思考実験に『シュレディンガーの猫』というものがありますが、そのようなものですね」

「思考実験? 猫? ちっとも分からん」

 杉本は何を言っているんだ。全く分からないことを言っている。

「つまり、ある一つのことが観測されると、もう一つが自動的に答えが分かるということが重要で、この箱が例えば、宇宙の端と端にあったとしても、一つの箱の中身が分かれば、もう一つの箱の中身が分かるわけです。この現象をうまく利用することで物体のテレポーテーションが可能になるというわけです」

「屁理屈のような原理だな」

「ええ。そしてその二つの箱がブラックホールとホワイトホールというわけです。これら二つをつなぐワームホールにこの量子もつれの原理を使うと、空間が安定しテレポーテーション出来るということですね」

 杉本は話を続ける。

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