ハインリッヒの危険な帽子:6


【注意】危険レベル:4 道路陥没の恐れあり

 (情報元:国土交通省 道路老朽化データベース)


 さらに立て続けに「ポーンポーン」とアラート音が鳴る。


【注意】危険レベル:4 ガラス落下の危険あり

 (情報元:東京都 年度別落下物データベース)


【注意】危険レベル:3 スプレー缶などのガス類爆発の危険あり

 (情報元:全日本事件事故まとめサイト 事故データベース)


【注意】危険レベル:3 車の荷台から積載物の落下注意あり

 (情報元:東日本交通事故防止研究所 交通事故データベース)


【注意】危険レベル:2 アスベスト吸引の危険あり

 (情報元:鈴木建築事務所 SNS情報)


【注意】危険レベル:1 犬に噛まれる危険あり

 (情報元:あやこ SNS情報)


 アラートは止まらない。画面には一つのアラート情報ではなく、複数の情報が同時に表示されている。音声アナウンスも止まることなく流れている。

 身体の向きを変えても次から次へとアラートが表示されていく。


 水道管破裂の恐れあり、暴走した車に追突される危険あり、隕石落下の危険性あり、地震発生の恐れあり、航空機の部品落下の恐れあり、有毒ガス発生の危険あり、職場の上司に会う恐れあり、落雷の危険あり、自宅に空き巣が入る可能性あり、変質者に疑われる恐れあり、ヤンキーに絡まれる危険あり、薬物売買に出会う可能性あり、通り魔に会う可能性あり、感電の危険性あり、雹が降ってくる可能性あり、食中毒の危険性あり、職務質問される恐れあり、空気感染の危険性あり、スマホが過熱爆発するの危険性あり、ヘリコプター落下の危険あり……。


【注意】危険レベル:2 自殺した幽霊に呪われる可能性あり

 (情報元:堂島める 事故物件データベース)


【注意】危険レベル:1 宇宙人に拉致される可能性あり

 (情報元:もやし一番 毎日ひとつ都市伝説ブログ)


【注意】危険レベル:1 憑かれる

 (情報元:第六のニュース 最新版最恐心霊スポット)


【注意】危険レベル:1 カラスの糞が落ちてくる可能性あり

(情報元:甘党辛党マン SNS情報)


【注意】危険レベル:1 未知のウイルスが散布されている可能性あり

 (情報元:世界は陰謀に満ちている@十月初セミナー開催! SNS情報)


 昨日食べた食事に毒が盛られた可能性あり、駅の階段で打撲した足が腐り落ちる可能性あり、ここが仮想現実だと知りプラグが抜かれ即死亡する可能性あり、半年前の病気が身体を蝕んでいる可能性あり、ほくろが癌化している可能性あり、電波や電磁波によって脳が損傷する可能性あり……。


 信憑性のないような情報が次々と画面上に表示される。視界はすべて真っ赤なアラート表示で埋め尽くされ、目の前が全く見えない。

 それでもアラートは止むことなく、次から次へとひっきりなしに表示されていく。音声アナウンスも「ポーンポーン」という高音のアラート音もずっと流れていて耳障りだ。

 やめろ。そんな小さな可能性までいちいち考えてられない。あまりにもアラートの多さにめまいを覚えた。

 もういい、もうやめてくれ。俺は帽子を脱ごうとした。途端、顎に掛けた白ゴムがきつく締まる。

「おい、なんで脱げねぇんだよ!」

 その間もずっと、「ポーンポーン」というアラート音とともに、ありとあらゆる危険予測メッセージが表示され続けている。

 設定を変えようと帽子のつばにあるボタンを押しても「アラートレベルが下がることで危機を回避できなくなる恐れあり」と警告され設定が変わらない。

「じゃあ、どうすればいいっていうんだよ! クソ!」


 建物倒壊の危険あり、無差別殺人に遭う可能性あり、転倒の危険あり、火災の危険あり、刺される可能性あり、心臓発作の可能性あり、爆発に巻き込まれる危険あり、事件を起こす可能性あり、自宅が火事になる可能性あり、容疑者になる可能性あり、職を失う可能性あり、一生独身の可能性あり、生涯孤独の可能性あり……。


 ポーンポーン……。

 ポーンポーン……。

 ポーンポーン……。

「あれこれうるせぇ! 俺の人生、俺に決めさせろ!」




 チューリップ型の黄色い通学帽子を被った中年男性が、いきなり道の真ん中で叫び出したら、通報されるだろうし、職務質問もされる。

 警察署に連れて行かれたところで、身分を示すものなんて何も持っていないから、自分が誰なのか説明も出来ず、さらに警察官の前でも通学帽子を取ろうともせず、というか脱げるわけでもなく、警察官に帽子から流れている音声を聞いてもらおうとしても、俺にしか聞こえないのか、全く理解してもらえない。

 その間もポーンポーンとずっとアラート音が流れては危険予測メッセージが出続けているいる中、なんとか釈放してもらおうと、警察官の話に耳を傾けていた。


 ポーンポーン……。

 ポーンポーン……。

 ポーンポーン……。

 

 えん罪になる可能性あり、何日も拘留させられる可能性あり、テレビ報道により個人情報がさらされる可能性あり、社会復帰が不可能になる可能性あり……。


 否応なしに流れてくるありとあらゆる危険予測を目と耳で受け入れながら、癪ではあるが実家に電話して、両親に来てもらおうとしたのだが、電話が繋がらなかった。

 怒鳴るように家を出たので、電話もわざと無視されているとばかり思ったのだが、警察官に自分の住所を伝えたところ、「その住所は火災が発生し、ちょうど出動要請が出たところだ」と言われた。

 状況が分からなまま一緒に自宅に行ったところ、黒々とした煙が立ち込めていて、激しい炎がまだ揺らめいていた。

 

 ポーンポーン……。

 ポーンポーン……。

 ポーンポーン……。

 火傷の可能性あり、一酸化中毒の危険性あり、窒息の恐れあり……。


火は数時間後に消し止められたが、自宅は全焼。母親は命に関わるほどの大火傷を被い、病院へ入院。父親も二階に俺がいると思い、助けようと俺の部屋に入った途端、熱にやられた本棚が倒れてきて骨折、一酸化炭素中毒の症状を訴えている。


 後に分かった出火原因は、リビングにあった空気清浄機と特定された。

 あのリコールが出ていてアラートが鳴った空気清浄機だ。

 あの時、空気清浄機を使わないように母親に言っておけばこんなことにならなかった。一時の感情の高まりで家を飛び出さなければこんなことにならなかった。本棚を整理しておけばこんなことにならなかった。危険予測帽子が予測してくれたことをしっかり守っていればこんなことにならなかったのかもしれない。

 あくまで可能性の話だが、あらゆる可能性に不安を感じるようになった。可能性に対する自らの選択の重さに何もかもが怖くなり、動けなくなってしまった。

 俺は仕事を辞めた。もちろん仕事を辞めるときにも、社会生活が出来なくなる可能性があるとアラートが出た。だが、視界が赤いのだ。外には危険が無数に存在しているのだ。

 だから俺は、仮住まいのマンションでじっとしている。もちろん家にいたところでアラートが止むわけではない。今もひっきりなしにアラートが鳴っている。だが、行動しなければ、少なくとも行動によるあらゆる可能性は生まれない。この方が安全だ。何もない部屋の中心で黄色い通学帽子を被って、ただただ今日が無事に終わるのを待っている。目を瞑っても音声が聞こえる。耳を塞いでも耳の隙間からポーンポーンと高音が聞こえてくる。


 今だってアラートは止むことなく、ずっと鳴っている。


【注意】危険レベル:10 便利な帽子に依存する恐れあり

 (情報元:不明)


 ポーンポーン……。




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