ハインリッヒの危険な帽子:5
勢いで出てきたせいで、所持品はポケットに入っていたスマホと頭に被っていた黄色い通学帽子ぐらいだった。
さすがに外で帽子を被るのには抵抗があったため、今は手に持っている。
このまま一人暮らしをするにしても、月曜日からは仕事があるし、荷物を取りに一旦どこかのタイミングで家に戻らなければいけない。
だけど今すぐに戻る気にはなれなかった。とりあえずこの土日は家に帰らないつもりだ。金銭面についてはスマホ決済があるからなんとかなるだろう。寝る場所はネットカフェかホテルにでも泊まればいい。居心地がよければそのまましばらくそこで生活してもよいかもしれない。
それよりもせっかく外に出てきたのだから、こいつの精度をもっと見てみたい。手に持った黄色い帽子を見た。
周りを見渡し、人通りの少ない路地裏へと移動した。そのまま通行人が全くいなくなるまで路地を奥へと進む。
そして誰もいなくなったところで、チューリップ型の黄色い通学帽子を再び自分の頭に乗せ、白ゴムを引っ張り顎に掛けた。
視界の左上端には「監視モード中」と表示されている。
するとすぐに「ポーンポーン」とアラート音が鳴り出した。
【注意】危険レベル:5 建物倒壊の危険性あり
(情報元:国土交通省 建築データベース)
いかにも古めかしい四階建てのビルに対してアラートが表示されていた。
おっと。危ない。反射的にビルから離れるようにして歩いた。ビルを通り過ぎるとアラートが鳴り止んだ。
だがすぐにまた、「ポーンポーン」と高音が鳴る。
【注意】危険レベル:5 指名手配犯の恐れあり
(情報元:警視庁 公開捜査データベース)
どうやらこちら側に向かってきている人物に対してアラートが表示されているようだった。
男は俺の存在を確認すると、眉をひそめ、視線を俺の頭の方に移した。その後、今度は怪訝な目で俺を見たかと思うと、すぐさま視線を外しそのまま通り過ぎていった。
男が視界から消えるとアラート表示もなくなった。
凶悪犯罪の指名手配犯だったのだろうか。確かにすこし行動が怪しい奴だった。振り返って再び男を見ると、またアラート音とともに警告内容が表示され、音声アナウンスが流れた。
捕まえて警察に引き渡した方がよいだろうか。しかし下手に動くと反撃に遭うかもしれない。
男は通りを曲がり見えなくなった。アラートも消える。
危険を冒してわざわざ追っかける必要もない。
俺は身体を戻し歩き出した。
それにしてもなんと失礼な奴だったのだろう。男のほうが不審者でもあるにも関わらず、まるで俺が不審者かのような目で見やがって、と思ったのだが、黄色い通学帽子を被っていることを思い出した。
ガラス張りの扉に映る自分の姿を見る。なかなかの不審者だと我ながら思う。
やはりこの帽子は家の中で使うのがいいのだろう。家の中で試してみるかと思ったが、家を出てきたことを思い出し小さくため息を吐いた。
少し試しただけで、外での性能も十分あることが分かった。帽子の見た目から被るには若干勇気が必要だが、普段の通勤ルートの危険地帯を知っておくのに使うのもよいかもしれない。
今日はこのぐらいにして、今夜の宿を探すことにした。
帽子を脱ごうと、つばに手を掛けると、指の腹に何か突起のようなものが触れた。ゆっくり触るとボタンのように押せそうな感触だったのでそのまま力を入れてみると、案の定突起は奥へと押し込まれていった。
すると音声が流れ始め、視界の中央に音声と同じ内容が表示された。
アラートレベルを「低」に設定します。危険レベル:10のみを警告します。
このモードは身体に重大な損傷または死亡に繋がると判断した場合のみを警告します。
30秒後に設定を反映します。
どうやら設定を変えるボタンらしい。確かはじめに起動した時のアラートレベルは「標準」になっていたはずだ。
もう一度ボタンを押してみる。すると今後は、
アラートレベルを「高」に設定します。ありとあらゆるすべての危険レベルを警告します。
このモードは精神的・身体的に非常に強い負荷を与える場合があります。ご注意ください。
30秒後に設定を反映します。
と表示され、音声が流れた。
なにやら面白そうだ。世の中にある危険なものを全て予測してくれるらしい。つまり俺は予め危険を知ることができ、それらをうまく避けていけば、危険とは無縁の生活が出来るのではないか。
注意メッセージが若干気になったものの、このままこのモードを試してみることにした。
30秒のカウントダウンが表示されている。同じく音声も流れている。
20秒。19秒。18秒。17秒。16秒。
15秒。
14秒。
13秒。
12秒。
11秒。
なお、このモード設定後、アラートレベルを切り替えることは出来ません。
10秒前で表示されたメッセージを読んでいたら、あっという間に五秒を切っていた。
3秒。
2秒。
1秒。
アラートレベル・高。設定完了。
するとすぐに「ポーンポーン」と高音でアラート音が鳴り出した。
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