ハインリッヒの危険な帽子:2
なんだこれは。内容から通販サイトということは理解できたが、妙な言い回しと所々不気味な表現に、詐欺サイトの類ではないかと感じた。
怪しいと感じつつもその先が気になり俺は画面をさらにスクロールした。すると「商品について」という見出しの文章が現れた。
商品について
商品についてお話する前に、あなたは今、このサイトを見て怪しいと感じているかもしれません。
分かっているじゃないか。怪しさ満点である。
俺は心の中でそう呟きながら文章の続きを読んだ。
その通り。実は怪しい商品を売るサイトで、ご購入いただいたところでお金だけ盗られて商品のお届けはしません。それ以前にサイトにアクセスした時点でウイルスに感染して、今頃もうあなたのスマホの情報は全て抜き取られている。そんなサイトなのです。
……ヒヤリとしましたか? ご安心ください。そのようなことは一切ございません。
クソ。びっくりさせやがって。
このままサイトを閉じてしまおうかとも思ったが、まだ興味の方が勝っていた。
そのまま画面をスクロールし、続きを読む。
しかし。この世の中には安心できないことがたくさんあります。インターネット上の怪しいサイトはまだよい方なのです。命までは取られませんからね。それよりも怖いのは現実世界。一歩街を歩いてみるとそこには危険がたくさん。
・横断歩道を渡っている時、車が突っ込んでくるかもしれない
・工事現場の足場が崩れて鉄筋が頭の上に落ちてくるかもしれない
・後続車にあおり運転をされ、大事故を起こすかもしれない
・駅のホームで待っている時、突然誰かに押され線路に突き落とされるかもしれない
・夜道に一人で歩いているときに、見知らぬ人に襲われるかもしれない
こんなこと誰しも一度は思ったことありませんか?
さて。思った後どうしますか? せいぜい気をつけようとするぐらいで大抵の場合は何もできずにいることでしょう。
そのまま事故に遭って命を落としたとしても、「あー、危ないと思ってたんだ」と最期に思うことでしょう。そんなこと思う暇もなく死んでいくかもしれません。なんと勿体無い人生なのでしょう。
ではもし事前に危険な場所がわかって、それがデータとともに危険度合いがリアルタイムで表示される帽子があったらどうでしょう。
そんな帽子があったら、常に危険な場所を回避しながら生活ができます。
「あーここ危ないかも」なんて考えなくてよくなるのです。危険な目に遭ってヒヤリとしたり、ハッとしたりしなくてもよくなるのです。そう、人生イージーモードなのです。
そんな帽子がこの危険予測帽子「ヒヤリハット(白ゴム付き)」なのです。一度手にしたらもう手放せなくなるはずです。
説明文章はここで終わり、続けて黄色い通学帽子の商品画像とともに商品の詳細データが記載されていた。
商品画像には帽子のつばが360度ついたチューリップ型の黄色い通学帽子が表示されている。
ここまで読んだ俺は、この商品について面白そうだな、と少し感じていた。
胡散臭さは変わらないものも、価格次第では面白半分でちょっと買ってみるのも良いかもしれない。
というのも、実はつい先日ちょうど事故に遭ったのだ。通勤時に駅の階段を降りていたところ、水で濡れていた床面に足を滑らせ、バランスを崩して数段転げ落ちてしまったのだ。幸い打撲程度で済んだが、一歩間違えれば入院することになっていたかもしれない。
濡れた床を踏んだ瞬間、「もしかして危ないかも」と思ったのだが、もう遅かったのだ。もし事前に危険な場所だと分かっていて、避けることができれば打撲すらしなくても済んでいたはずだ。
だから一度この帽子を使ってみたいと思ったのだ。
まあ、街中で通学帽子を被る気にはなれないが。
俺は続けて商品の詳細データを見た。
危険予測帽子「ヒヤリハット(白ゴム付き)」
・被るだけで常に周囲の状況把握(全天球小型カメラ内蔵)
・世の中のあらゆる危険を予測(ハインリッヒ社の高性能AI内蔵)
・軽微なものから命に関わる重大なものまで十段階のアラート設定
・白ゴム(あご紐)付きでしっかり装着可能
もし、通学帽子型がお恥ずかしい場合、注文時のコメント欄に希望する帽子のタイプをご記入ください。ご希望に沿ってお作りいたします。
本体価格 税込み12万9300円
決済方法 代金引換のみ
送料無料
返品不可
ご注文お待ちしております。
13万円か。面白半分で買うには高すぎる値段だ。しかも代金引換のみの受け付けだとは、ますます怪しい。クレジットカード会社との取引ができない会社なのだろう。
数千円程度だったら買っていたかもしれない。馬鹿らしい。
俺は今度こそサイトを閉じようとした。
すると、画面いっぱいに別の画面が現れ「ちょっとお待ちください! 閉じようとしたあなたにだけ特別価格! 今ならなんと99パーセントオフ! 1293円にてご提供!」と表示されていた。
怪しい。破格値がいよいよ怪しい。13万円のものが1200円になるわけがない。子供のころ読んでいた週刊少年マンガ雑誌の裏にあった怪しい広告の商品ですら、こんな破格に値引きされているものなんてなかった。ほぼ間違いなく詐欺サイトだろう。
しかしその反面、詐欺サイトにしては請求金額が少なすぎるとも思う。クレジットカード番号の入力もできなければ、クレカ情報を盗むことも出来ない。金目的ではないのか?
例えば、少額で代金引換で注文しておきながら、商品到着時に高額請求されるのだろうか?
それならそれで受け取り拒否すれば済むことだ。宅配業者に金を払わずに帰ってもらえば問題ない。
ではやっぱり金銭目的の詐欺ではないということか? じゃあ何目的なのだ?
個人情報の収集だろうか。それなら例えば仮名で登録してしまえば問題ない。総合的にみて、もし詐欺サイトの類いだったとしても、リスクは少ないといえるのではないか。
この奇妙なサイトの怪しい商品説明に惹かれ、俺はカートボタンを押して購入手続きを進めた。
念のため、名前は仮名、電話番号も一桁本来のものではない数字を入力し、メールアドレスも普段あまり使っていない捨てアドを入力した。
住所だけは、正しいものを入力したが、極力不要な個人情報は入力しないように、マンション名は入れずに号室だけにしておいた。
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