「言った通りだろう? あの男は災厄だ。処刑は明日行う」


 魔術師による転移でシルヴィオがいなくなると、国王が楽しそうに笑う。

 シルヴィオを叩いた手がじりじりと痛む。


(処刑なんてさせない……!)


「お待ちください。シルヴィオは、私の血を見て驚いただけです。国王陛下に危害を加えようとした訳ではありません」

「苦しい言い訳だな。本気で私を殺そうとしていたぞ?」

「いいえ。シルヴィオが本気を出していたのなら、きっと今ここに生きている者はおりません」


 リリーディアははっきりと言い切った。

 確かに殺気は出ていたが、本気で殺そうとしていた訳ではない。

 あれには、けん制の意味合いが強かっただろう。


(だから、まだ庇うことができるはず……)


「シルヴィオの主は私です。この責任は、私がとります」

「魔力もないお前に何ができるというんだ?」


 国王が値踏みするような目をリリーディアに向ける。

 何か、価値を示さなければ。シルヴィオを助けられるだけの。


「確かに私には魔力がありません。ですが、この血にはたしかに王家の血が流れています」


 母が不貞を働いていないことをいつか示したいと望んだリリーディアのために、シルヴィオが協力してくれたことがあった。

 魔力はなくとも、王族の血が流れているのなら、魔術に対して何らかの反応を示すはずだ――と。

 そう考えたシルヴィオは正しかった。

 そして、リリーディアの秘めた能力についてはすぐに公表することはせず、何かあった時の切り札にしようと二人で決めた。

 いつリリーディアの立場が危うくなるとも知れなかったからだ。


「私の血には強い魔素への耐性があり、魔素を吸収し、保管することができます」


 リリーディアの発言に、国王だけでなく、その場に残っていた魔術師も目を見開いた。

 魔術師は、空気中の魔素と自らの魔力と融合させ、魔術陣によって術を行使する。

 王族やシルヴィオのように、自らの魔力だけで術を発動できる者は稀有な存在だ。

 だからこそ、魔素をどれだけ扱えるかが重要になってくる。


「私の血を捧げます。だから、どうかお願いします」


 リリーディアは深々と頭を下げた。

 シルヴィオの人生を変えたのは、リリーディアだ。

 彼を守る責任がある。

 一緒に生きていく未来よりも、何よりもリリーディアはシルヴィオに生きていて欲しい。


「ふ、ふははは……っ! やはり何か隠していると思ったが、そんな便利な血をもっていたとはな!」


 国王の笑い声が、謁見の間に響く。

 しかしその目は笑っておらず、黒い怒りが見えた。


「見事に騙されていたという訳か。この私が、お前のような小娘に」

「国王陛下……?」

「まあいい。ようやく役に立ってくれるんだろう? 我が娘よ」


 初めて、国王が娘だと口にした。

 こんな状況でなければ、昔の自分なら、喜べたかもしれない。


「はい。シルヴィオを救ってくださるのなら」

「あぁ。だが、もうこの国にはおいておけぬ。この意味が分かるな?」

「はい」

「私が命じても、あの化物はお前の側を離れようとはしないだろう。だから、お前が追い出せ。それができなければ処刑だ」

「……お任せください」

 

 シルヴィオを手放す覚悟を決めて、リリーディアは頷いた。

 リリーディアがこの手を放すだけで、彼を救えるのだ。

 もう二度と会えなくてもいい。

 どこかで生きてさえいてくれるなら。


 リリーディアは牢獄で厳重に繋がれたシルヴィオに会いに行った。

 初めてシルヴィオに見惚れてしまったあの時を思い出す。

 しかし、あの時とは何もかもが違う。

 リリーディアはシルヴィオのことが好きで、きっと彼も同じ想いを抱いている。

 立場上、その想い口にしたことはない。

 口にせずとも、ずっと一緒にいられると思っていたから。

 自分はなんて愚かで、強欲だったのだろう。


「姫っ! ご無事でしたか!」


 自分は傷だらけで、痛々しい見た目をしているのに、真っ先にリリーディアの心配をする。

 シルヴィオはいつも、リリーディアを優先してくれる。

 そんな彼に甘えるのが好きだった。

 リリーディアの我儘にも、困ったように笑ってくれる表情が好きだった。

 一緒にいる時間が愛おしくて、大切だった。


「ちゃんと躾けたつもりだったのに、肝心なところで使えないのね」


――もっと、私がうまく立ち回ることができたなら、シルヴィオをこんな目に遭わせることはなかったのに。

 

 本気を出せばこんな鎖も、牢獄も、シルヴィオにとっては意味をなさないものなのに、こうして大人しく繋がれているのはきっと、リリーディアの立場を守ろうとしているから。

 余計なことをしないでと言った、リリーディアの命を守っているから。

 傷ついたリリーディアを見た瞬間は冷静さを失っていたけれど、今はきっとわきまえている。


「国王陛下に手を出すなんて、本当に馬鹿な化物だわ」


 ――馬鹿なのは、私。


 美しい彼を化物だなんて、思ったことは一度もない。

 ごめんなさい。私のせいで。

 ぐっと拳を握って、リリーディアは冷ややかな笑みを浮かべて見せる。


「シルヴィオ。あなたはもう私には必要ないわ」


 言葉にした瞬間、心臓がぎゅっと握りつぶされたように痛んだ。


「……もう、俺はいらないと?」

「えぇ」

「俺は、姫のものなのに?」


 金の双眸が、リリーディアをまっすぐに見つめる。

 その視線を受け止めることができず、リリーディアは俯いて、心ない言葉を吐き続ける。


「あなたはもう私のものじゃない」

「姫、何があったのか話してください」

「あなたを捨てなければ、私は処刑されるの。命をかけて化物を守りたいと思うはずないでしょう?」


 シルヴィオのためなら、命など惜しくはない。

 けれど、彼もまた、同じようにリリーディアのために命を懸けようとするだろう。

 だから、リリーディアの命を盾にするのは、最後の手段だった。


「あなたが素直に私の前から消えてくれれば、私には何の処罰もないわ。だから、私のためを思うなら、この国から出て行って。私にはもうあなたの助けなんていらないから」

「分かりました。今はそれがあなたを守ることになるなら」


 そうして、シルヴィオは複数人の魔術師によって強力な魔術封じの術を施された。

 これまで何故、シルヴィオに魔術封じの術が通用しなかったのかといえば、答えは簡単だ。

 シルヴィオ自身が拒絶していたから。

 鎖で繋ぐことはできても、魔術封じの術は人間の体に術式を刻むもの。シルヴィオが受け入れるはずがなかった。

 しかし今は違う。

 リリーディアに責を負わせないため、シルヴィオは抵抗もせず、大人しくしていた。

 その美しい顔を苦痛に歪ませながら。


 あの牢獄でシルヴィオに不要だと告げた時から、リリーディアは会いに行かなかった。

 国外追放の日。

 リリーディアは、魔獣が引く罪人用の馬車に乗り込むシルヴィオを城壁の上から見守っていた。

 彼からは死角になっていて、見えない場所のはずだった。


「姫!」


 それなのに、シルヴィオは上を見上げ、リリーディアを探し出す。

 思わず、リリーディアはしゃがみ込み、シルヴィオから隠れる。


「必ず、俺はあなたを迎えに行きます」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。

 けれど、喜んではいけない。

 次にクラリネス王国に足を踏み入れた時、それはシルヴィオの死を意味する。


「私は、もう二度と顔も見たくないわ」


 シルヴィオに背を向けたまま、リリーディアは言った。

 今、シルヴィオに顔を見られたら、遠目でも気づかれてしまう。

 心の奥底にシルヴィオの迎えを待っている自分がいることに。

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