サクソニアは終焉を迎えたり。されど世界はなお行く手に――
冴吹稔
多くの読者がすでに食傷気味であろう流れのプロローグ
「ええ、と。つまりこういう事なのか? 俺は死んで、ここは死後の世界のそれも中間的な領域で、あんたはここの神だ、と」
「はい。おおよそ、そういう事になりますね」
年季の入った樫のテーブルを挟んで、何かの茶を入れたカップを手に持った美女が、首を微妙に傾げて微笑んだ。
はあ、なるほど。これは最近何年かの間に、ネット小説や漫画で散々お目にかかったやつだ。さてこれは本当に死後の世界か、それとも俺の脳が見ている夢か。
臨死体験というのは後者だと言われているが、活動が低下した脳が、死のストレスから逃れるために多様な脳内物質の助けを借りて見る幻覚――というだけでは説明がつかない部分も多々あるらしい。
それでもキリスト教圏の連中の体験報告に地蔵菩薩が出てこない程度には、生前の文化的基盤に左右される、というもののようだ。
と、すれば――
ネット発サブカルチャー漬けで人生のここしばらくを過ごしてきた俺のような世代に在っては、脳の見せる幻覚も、ひいては実際に赴く死後の世界さえも――そういう摂取済みのイメージに基づいた構成とテクスチュアを具えていたとしても、何らおかしいところはない。
してみると日本のオタク文化は、ついに三途の川をあの世から撤去したのか――
「……あの、いろいろと解釈していただいてもまあ結構なのですが、ともあれあなたが今認識していることが事実であり、全てです。霊魂は実在し、また所定の条件下を外れない限りは不滅であり、多元世界をまたいでの移動と再利用が行われるのです」
そう言って美女――死後の世界をつかさどる神と思しいそいつは、カップの液体を一口飲み下して心地よさげに吐息をついた。
「さて……
ちくしょう。「お前の人生はつまらなかったね」と言われているのか、これは。
色々と不運もあり自業自得な部分もあるが、真っ向から言われると腹も立つし恨めしい気持ちにもなって来る。
「そうだな、だいたい貧乏暮らしだったし、別に面白いこともなかったよ……なにか埋め合せでもしてくれるっていうなら、喜んでお願いしたいところだが」
「ええ、そこで提案があります。最近私の管理下に入った次元界が一つあるのですが、改装プランが未定でして……いかがでしょう? あなたが生前楽しんだ、なんとかいう『ネットゲーム』の世界観と設定で模様替えして。貴方がそこで来世というか後世というか、そういう期間を楽しく過ごしていただく、というのは」
「それって、まさか……? サクソニアか!?」
郷愁と執着が胸に甦る。十年ばかり前、ほっと一息つく程度には金廻りの改善された時期に、俺は当時そこそこの人気を博していたMMORPGに参加していたのだ。その名を「サクソニア・オンライン」といった。
プレイに結構な時間を要し、他人とのコミュニケーションに重点が置かれつつプレイ時間の多寡で成果に開きが出る、いうなれば廃人製造機。
いまにして思えばあの時間で何か勉強するなりしてスキルを身に着けていれば、もう少しましな暮らしができたのではないか――そんな後悔の念がなくもない。
だが、様々なコンテンツの攻略法や金策を模索して没頭し、ネットの掲示板などで情報を集め、ゲーム内で出来た友人たちと成果を分かち合う――あの体験こそ、俺にとって最も充実した時間、人生で最高の数年だった。
月額課金だったせいで、次第にログインできなくなって離れざるを得なくなったのはこの上なく残念で寂しい事だったが。あの世界を味わえる? もう一度?
流石に当時のプレイヤー仲間と会うようなことは叶うまいが――それでも、あの続きだと感じられる生活ができるのなら。
「行きます?」
「行きます!」
貴方に多くの幸があらんことを――そんな言葉と共に俺は女神の背後にあったドアへと促され、その向こうへ足を踏み入れた。
瞬間、頬に触れるひんやりとした風と、耳をうつ何かの鳥の声――あまり心地よくはないタイプの。
目を開くと、そこには黄色みがかった雲を通して、見知った物より一回り小さな太陽が弱々しい光を投げかける、薄暗い荒野だった。
俺はちょうど崩れた石畳が残る街道の三叉路に立っていて、そばには風化したペンキの色がわずかに残る、銀灰色に干からびた木製の標識柱があった。
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レヴァリングまで5キロメートル
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書かれた文字とその内容には心当たりがあった。サクソニア・オンラインでプレイヤーが最初に目指す拠点、ゲーム中では王宮やギルドホール、教会などが存在した、王都の名だ。
どうやら、ここはサクソニアで間違いないらしい。そういえば街道の石畳の組み方、丘の稜線や街道のカーブにもどことなく覚えがある。だが、俺は同時に重要なことを思い出していた。
確かサクソニア・オンラインは、俺が接続しなくなって数年後に、惜しまれつつサービスを終了したはずなのだ――
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