囚われの公爵令嬢~浮気者の婚約者は……ただのヤンデレでした。邪魔するものは許さないよ?~

しましまにゃんこ

第1話 囚われの公爵令嬢

 ◇◇◇


「またですの、アレクシス様」


 ユーリは放課後の教室で、令嬢に抱き付かれているアレクシスを見て、重い溜め息を吐いた。忘れ物を取りに戻っただけなのに、こんな場面に出くわすとは……面倒臭い。


「わ、私……し、失礼しますっ!」


 アレクシスに耳元で何か囁かれた令嬢は、顔を真っ青にしてバタバタと逃げ出してしまった。確かあれはアレクシスの取り巻きの一人。今年貴族学園に入学したばかりの子爵令嬢だ。可哀想に。まだ、アレクシスの悪評を知らないのだろう。


「ごめんね、ユーリ。怒ってる?」


 へらりと笑うこの男はアレクシス=ダイトル。一応この国の第三王子だ。


 金髪にルビーの瞳を持ち、薔薇の貴公子などと大層な渾名あだながついているが、ようするに頭の中がお花畑で、年がら年中発情している下半身ゆるゆる男に過ぎない。


 王子様然としたこの見た目に騙される令嬢は多いが、全く愚かなことだ。ぜひ、三年前の自分にもこんこんと説教してやりたい。アイツだけは止めておけと。


 そう。非常に、非常に残念なことに、この男は公爵令嬢であるユーリの婚約者なのだ。


 三年前正式に婚約を結んでから、もう何度こうした浮気現場に遭遇したことだろう。わざとか?わざとやっているのか?と思うほど、ユーリは何度となく煮え湯を飲まされてきた。


 最初のうちは、浮気相手の令嬢を憎みもした。ユーリという婚約者がいることを知っていながら、アレクシスにすり寄ってくる浅ましい女だと。


 だが、二度三度と続くうちに気が付いたのだ。


 ああ、これは病気なんだと。


 毎日毎日沢山の女性に囲まれて、ちやほやされていたい。一人の女性では満足できない。たちの悪い病に違いない。


 だからもう、ユーリはこの男のことをいちいち気にするのは止めた。残念なことに、これは不治の病らしい。相手にするだけ無駄なのだ。


「殿下のご病気は相変わらずですのね。でもせめて、わたくしの見えないところでやってちょうだい」


「病気だなんて酷いな」


「あら。病気以外になんて言えば良いのかしら。社会勉強とでも?」


「ははは、相変わらずユーリは手厳しいな。でも、そこが好きだよ」


 止めて欲しい。もうこの男のことなど、好きでも何でもないのだ。ユーリは今更こんな甘い言葉にときめくほど、安い女ではない。


「ねぇユーリ。最近僕の顔を見ないのはなぜ?」


 そんなの決まってる。その無駄に整った綺麗な顔に騙されないためだ。


「ねえ、こっちにおいでよ」


 悪魔のように美しい顔で、艶然と微笑みながらじりじりと近づいてくるアレクシスに、ユーリもまた、じりじりと後ずさる。


「どうして逃げるのかな?」


「べ、べ、べ、別にっ!?逃げてなんていませんけどっ!?」


 ああ、どうしてこう意地を張ってしまうのか。本当は今すぐダッシュで逃げだしたいのに。


「ふふ。捕まえた♪」


 腕のなかに閉じ込められて、ユーリの心臓が跳ねる。


「は、離してっ!こんなところ誰かに見られたらっ」


「別にいいよ。僕たち婚約者同士だから」


「わたくしは殿下みたいにふしだらな人間じゃないんです!」


「酷いな。僕はいつだってユーリのことだけを愛してるよ」


「嘘ばっかり……」


 いつだってそうなのだ。こうして甘い言葉でユーリを騙そうとするのだ。浮気を見付けるたび、ユーリは婚約破棄しようと心に誓うのに。そのたびこうしてユーリの心を堕落させようとするのだ。


 一番愚かなのは、こんなろくでもない男をそれでも愛しているユーリにほかならない。


「本当だよ。僕が愛してるのは、後にも先にも君だけ」


 アレクシスは愛おしげにユーリに囁く。


 実際アレクシスが愛しているのはユーリだけだし、浮気などしたこともない。何しろ、ユーリ以外に興味など無いからだ。


 集まってくる頭の軽そうな女たちも、ユーリに害を与えないため見張っているだけ。


 少しでもおかしな素振りをみせれば、容赦なく破滅させる。


 あの子爵令嬢も、わざとユーリの持ち物を盗み出し、ユーリが教室に探しに来るのを見計らってアレクシスに迫ってきた。


 だから言ってやったのだ。


「触るな。殺すぞ?」


 と。ユーリ以外に触れられるなんて虫酸が走る。


「ねえ、ユーリ。怒ってるの?」


 アレクシスは愛しいユーリを抱き締める。


「怒ってなんかいません!呆れてるだけです!」


 可愛い可愛いユーリ。意地っ張りなところも可愛い。


 三年前、真っ赤な顔で震えながら、「私をアレクシス様のお嫁さんにしてくださいっ」と言ってきたユーリに、アレクシスは一目で恋におちた。


 でも、素直に想いを伝えてきてくれた少女は、最近溜め息ばかり吐くようになってしまった。


 アレクシスのせいで。


 勝手に誤解して焼きもちを焼いているのも、興味のないふりをして瞳を潤ませているのも、堪らない。


 でも、あまり虐めすぎても、この愛しい人は逃げ出してしまうから。


 アレクシスはきちんと愛を囁くことも忘れない。


「愛してるよ。ユーリ」


 そうしてユーリは今日もアレクシスに囚われている。浮気男とヤンデレは一体どちらがたちが悪いのか。


 考えても仕方ないのだ。どうせ逃げられないのだから。


 二人の恋の行方は神のみぞ知る……ということにしておこう。



 おしまい

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