宿での再会
黄昏は沈み、死霊が盛んになる夜の刻。
外は帰宅途中なのか雑多している人達でいっぱいだ。
店頭や電灯によって世界は光に彩られる。
見上げた空に浮かぶ星や月は陰でしかない。
道行く人は前だけを見て進んでいる。
それこそファンタジー世界なのに日本の都市部とほぼほぼ変わらない景色だ。
占いができるほど綺麗な星々が散らばっているのに。
違いがあるとすれば横断歩道がなく、大体の車が馬車に置き換わっている位だと思う。
……息苦しいな、なんか。
まっ、生粋の現代人だから過ごしやすいのは確か。
……。
「ここで……いいはず……」
宿? だよな。
おれの目には随分とボロイアパートっぽい建物が見えるんだけど。
入り口すぐ上に【牡丹宿】って看板が立てかけられている。
多分間違いない?
流石は安宿だなと扉を開けた先は、これまた素朴な作りであった。
必要最低限の、飾らないインテリア。
フロントと食堂が繋がっているのか、夕飯時なのもあって良い匂いが漂ってくる。
そしてもうひとつどこかで嗅いだ記憶のあるにおいが鼻に届く。
料理とは違う。
けど確かに知っている。
この世界に来てからなのは間違いないんだけど。
近づいてくる?
「きみは――」
「ああ! フードの人!」
ゴブリンを狩ってたフードの人だ!
暖簾を潜り抜けたフードの人は、大勢を低くして口を開く。
「……捕まったよね?」
「結界の誤作動らしいです」
あらかじめ妹にくぎを刺された言い訳だ。
おれはカウンター近くに置かれたベルを、数センチ程度距離を離して弾く。
おっ、いい音。
もう少し放しても大丈夫そうだな。
……へこんでいるような気がするけど。
「はい! 今参りますッ!」
数秒足らずで町娘風の衣装を着た仲居さんがはたはたとやってきた。
おれを全身に捉えて数秒。
小さく口を震わせて「……バリルちゃんだ」と呟き、すぐに申し訳なさそうに頭を下げてくる。
……地獄耳が過ぎるぞおれの聴覚。
「す、すいません。現在満室でして」
マジかいな。
となるとどうするか。
城は現在アンデッドダメだし。
妹の部屋に侵入……。
ダメだ、間違いなく殺される。
せっかくできるのに。
「では、ここ以外の宿はどれくらいかかります? エルって意味で」
「えと、そうですね。大体七百くらいかと」
聖国だと仮定すれば安い方なのか?
そういや一応ここ大国だったな。
観光人とかいるし、そりゃ高いか。
「ちなみにこの宿は?」
「五百ピッタリです!」
すぐ埋まるわけだ。
安いってのは強みだからな。
どうしようかと思考を巡らせていると、不意に背後から神の後光が差し込んだ。
「あの……一緒する?」
フードの人だ! フードの人が申し出てくれた!
「マジで!?」
「宿側が許可を出してくれれば」
この人は神か。
見ず知らずではないといえ、こんな誰かも分からない人と相部屋を組んでくれるなんて。
おれは振り返り頭を下げる。
「ここしか泊まる場所ないんです! お願いします!」
「本来ひとり部屋ですので、二人で泊まるとなると少々手狭になると思いますが、それでもよろしいでしょうか?」
もう一度フードの人に確認を取ると、頷いて同意の意を示してくれた。
その場合、食事付きなので同じく五百貰うとのこと。
おれは速攻、カウンターに麻袋をひっくり返した。
いやー助かった助かった。
「では鍵を」
「あ、大丈夫です。開けてもらうので」
ここで弁償とか起こったら洒落にならんし。
おれは改めてお礼を言うためにフードの人へ振り向いた。
「助かりました。えーっと、ラナ。おれの冒険者名はラナ。あなたは?」
「私はリーフ。うん。同じ冒険者だよ」
リーフか。
リーフね。
忘れないよう心の核に刻み付けておこう。
しかし勢いで泊まれるようになったとはいえ……喋り方的に女の子だよな?
男女ひとつ屋根の下……。
今のおれの体は女の子……だからなんの問題もないんだよ な?
リーフから手を差し出された。
これも今おれは女の子だから、女の子の手を握り返しても大丈夫なんだよな。
大丈夫だよな?
おれの手汚くないよな?
心臓がバクバクと暴れまわってうるさい。
リーフは気づいていないようだし。
とりあえず見えないようにスカートの裏に手を回す。
拭ってからおれはリーフの手を力なく握り返した。
晩御飯は腹が減ってないからと食べるのを拒否した。
まぁ、本当に空いていないからな。
色々ありすぎた。
リーフに連れられて、扉の部屋を開けてもらう。
その先の部屋はやはり素朴な物であった。
ベッドと机。
後は少スペース。
確かにこれは少々手狭だ。
壁は無機質な暗い木で囲まれ、風呂兼用の酷く寒々しい雰囲気。
……何だろう。
アンデッド関係なく居心地良いわ。
ひとりだったら軽くヒーローポーズを取れる雰囲気あるわぁ。
「ベッドは何とかなるね」
広さ的には 1.5 人分だからなぁ。
流石に一緒に寝るのは躊躇われるけど。
リーフは深く被っていたフードを取り払う。
脱ぎ終わると少し畳んで椅子の背もたれに掛けていた。
頭の上にぴょこんと伸びる二つの耳。
おれの視線は自然と吸い寄せられていた。
「ネコミミ!?」
あれはそうだ……。
リーフの頭上にあるのはまごうことなきネコミミ!
リーフはかの有名な猫耳少女だったのか!
万物を引き寄せる恐ろしい吸引力を秘めし超弩級スーパーセル!
その名もネコミミ!
やべぇまさかこんなところにいるとは。
幼さの残る童顔。
濡羽色のストレート。
夜闇に輝く金色の瞳!
もしおれから理性が失われていたら間違いなく触りに行っていたことだろう。
やっぱ人外って最高ですわ。
思わずまじまじと見つめていたら、リーフは恥ずかしそうに耳を手で押さえつけた。
「あまり見ないでほしい」
若干大人びているように見えるリーフの反応はどことなくこう来るものがあって。
おれは冷静を何度も頭の中で反復させる。
「それはすいません……。しかし……エン・ケット族か」
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